第十七章──秘宝Ⅱ
秘宝Ⅱ
Ⅰ
錫にとって今年の年末の慌ただしさは格別だった。学生の頃は、年末の大掃除を手伝えと言われても〝ほれ補習授業だ〟〝やれ先約があるから無理だ〟と断り続けていたが、とうとうそんな作戦も通用しなくなったからだ。一つ用事を済ませると、また新しい用事を言いつけられてヘトヘトだ。正直我が家がこんなに広いと感じたことはなかった。
加えて龍門の聖霊の助手も務めなければならない。幸いここのところ、本当に憑物に取り憑かれてやって来る人はほとんどいなかった。大半は精神を患った人達が勘違いして龍門のもとを訪れる。それを見抜けない龍門は、そんな依頼人にも晶晶白露を用いて聖霊を施す。ところが依頼人もそれで元気になるから不思議だ。〝龍門に聖霊してもらったと思っただけで精神的な病でも治ってしまう。人は気の持ちようである程度元気になるのだと錫は学習した。
稀に本当に憑物を背負ってやって来る人もいる。しかしこれも幸いなことに、錫と対面すると恐がって逃げ出す低級な憑物ばかりだった。ゆえに龍門が聖霊するときには、もう依頼人から憑物はとっとといなくなっている。龍門も依頼人もそんなこととは知らず聖霊の儀式を行い、終わってみれば依頼人はすっかり元気を取り戻しているので、いかにも龍門が憑物を取り祓ったように映る──といった具合だ。
錫はそんな龍門の〝良いとこ取り〟に不満は無かったが、もし本当に聖霊が必要な憑物が現れたらどうしようかと、それが心配でならなかった。
そんな多忙な錫も、精神の統一を向上させるロウソクの炎消しは怠らなかった。この鍛錬は地味な割には極めて効果があった。実際に試みたことはないが、今では百本のロウソクの炎でも一度に消せる自信があった。
霊力のバロメーター──チャクラも半分開くようになった。ただ、ちょっと油断をすると見たくないモノまで見えてしまうデメリットは免れなかった。
それよりも何よりも、錫が一番驚いたのは晶晶白露の変化だ。姿形は変わりなかったが、錫の霊力が高まるとともに、その輝きはさらに冴え、刃の根本は仄かに赤みを帯びた光を放つようになっていた。晶晶白露の真の力を知らない錫は、ただその輝きに目を奪われるだけだった。
いしもまた、余計な口出しをすることなく、錫の側で黙ってそれを見守っていた。
いよいよ大掃除も大詰めだ。錫は聖霊の儀式を行う広間に来るよう龍門に言われた。ジャージ姿で天井のすす払いをしていた龍門に、錫は面倒臭そうに言葉をかけた。
「香神錫ただいま参上しましたぁ~」
「なんちゅう情けない声だ…見習い聖霊師…」
「だってぇ、もうヘトヘトなのらよぉ~」錫はわざと倒れこんでゴロゴロと転がって見せた。
「まず正面の八足台を拭いてくれ。それが終わったら、いよいよ神前を拭き上げて今年の大掃除は終了だ」龍門は容赦なく命令した。
「その終了という言葉を糧に頑張るわ…」
「真面目に掃除をすると寒くても汗をかくだろう?フハハ…」
「いっつも真面目にしてますよ~だ」錫は桧で設えた八足台を丁寧に拭き上げると、〝ふ~〟っとため息を吐いてへたり込んだ。最後の砦となる神前は、その中央に約一㍍四方の御扉が設えられてある。観音開きの二枚扉になっていて、左右の扉を挟んだ真ん中には真鍮に金のメッキを施した丸型の錺金具が付けられている。この錺金具に向かって右側には、軸を中心にくるりと回る細長い留め具が鍵代わりに付いていて、左側にはその留め具を受けるための出っ張りがあった。
「ねぇパパ…ここはなんの神様を祀ってあるの?」
「…知らん。開けたこともない…。聖霊の儀式をそれらしく見せるための飾りかもな…」
──「…おじいちゃんにそんな演出は必要なかったはず…」あれこれ考えながら、これで最後だと張り切って掃除をする錫だった。
Ⅱ
新たな年を迎えた錫が正月気分を堪能できたのは元旦だけだった。みんなで新年の挨拶をし、鈴子特製のおせち料理をたらふく食べた後〝今年が最後だよ〟と釘をさされながらも、諦めていたお年玉を両親とミツから貰った錫は〝棚ぼた棚ぼた〟と大喜びした。
そのあと『初笑い!今年は三時間ぶっとおし笑わせます──超天然で腸ネンテン』を観て大笑いした錫は、元旦から店を開けている良心的な喫茶店『リンネ』で信枝と浩子に会ったまでは良かったが、信枝はまだ錫雅様病が治っておらず、始終〝愛しの錫雅様に会いたい〟の一点張りだった。
錫は元旦の夜も、集中力を鍛えることだけは怠らなかった。新年を迎えたこともあって、この日はイヤホンで音楽を聴きながら炎を消す新技に挑戦してみた。これが身につけば、どんな状況下でも精神を集中できると考えてのことだった。思いどおりにはならなかったものの、鍛練次第で成功する手応えは感じた。こうしたやる気の背景には、祖父虎を助け出したいという錫の強い願いがあった。
翌朝、浩子が取り乱して、〝大事な話があるからすぐに行く〟と電話してきた。間もなく息も絶え絶えに部屋に入ったきた浩子が堰を切ったように話し始めた内容に錫の正月気分は吹っ飛んだ。
「もう一度話を整理するね…。白の国に今までとは比べものにならないほど多勢の狡狗が攻め入ってきた…。おそらくは白の国への抜け穴が大きくなったため…。今は力のある霊神が手薄になっているため白の国は危険な状態だ…と天甦霊主様から報告を受けた──そうよね?」浩子は大きく頷いた。「それともう一つ、おじいちゃんが囚われていることを天甦霊主様に伝えたら、もう限界かもしれないということね?──一刻を争うと…」
「良くできました。分かったなら三日後に行きましょう!」
「い、行くって?白の国に…?行ってどうするの?」
「退治するのよ…狡狗を…」
「退治って………私、まだ秘宝も見つけてないんだよ」
「言ったでしょ!?今は一刻を争うの」
「そ、そうだけど…」
「今白の国を助けられるのは私達だけ…。いいわね、三日後よ!それまで少しでも霊力を高めておいてね」浩子の稀に見る押しの強さにイヤとは言えない錫だった。
それから三日間、錫は暇さえあればロウソクを相手に集中力を養った。長時間やり過ぎると逆に集中力を欠いてしまうが、それでも諦めず続けていると、音楽を聴きながらロウソクを消すコツが朧気ながら掴めてきた。正直もう少し時間がほしかったが、白の国のことや、ましてや虎の危機を思うと、そんな悠長なことを言ってはいられない。今夜浩子はその体を抜け出し、智信枝栄之命となって錫の家を訪れることになっている。できればそれまでに秘宝を見つけだしたいところだ。
老いたる身 支えし足は頼りなく
孫と娘で力みなぎる
「ダメだ…いくら目をとおしても答えは見つからない…。ねぇ、いし…あんたの強い霊力で秘宝を探せない?」今頃こんなことを聞いている錫だ。
「それは無理ですけん。二つに分けられてしまった秘宝の霊気はゼロですから、たとえご主人様の目の前に秘宝があっても気づきませんです」
「う~ん………自力で見つけだせってことかぁ…」
「ご主人様、短歌も大事ですが、夢のことも考えないといけませんです」
「…これがまた難問なんだぁ。同じなぞなぞ問題。解決したはずの扉の夢…おじいちゃんがお母さんを呼んで去っていくお決まりのエンディング…」
「この際、登場人物のお母さんに直接尋ねてみてはいかがですか?」
「ナイスアイデアね!」錫はさっさとお尻を上げてキッチンへ向かった。
「お母さん…ちょっといい?…あのね、以前夢で見た扉の話をしたわよねぇ?あの時お母さんには詳しく話さなかったんだけど、実は夢には続きがあるの…」鈴子は口を挟まず夢の話を最後まで聞いて、ニッコリ笑うと即座に答えた。
「ウフフフ…なぞなぞで、年を取って必要な物は〝杖〟。お父さんが部屋から出て行く時、私に渡した物も〝杖〟。そして私が杖代わりなったのね──持っているわよ…お父さんの〝杖〟」鈴子はあっさりと答えた。
「え~~!?持ってるの?」
「えぇ…この杖はもう必要ないからお前が持っててくれって。亡くなる少し前にね…」
「わっ、夢と一緒…。そんな大事な預かり物があるなら、どうしてもっと早く言ってくれなかったの!?」
「あなたが先に聞かないからでしょ!?大事な物かどうか知らないし…」
「まあまあ、お二人とも…まあまあ…」夫婦げんかは犬も食わないが、親子げんかなら狛犬が食うようだ。
「……それで…杖はどこに?」
「私の部屋よ。一緒にいらっしゃい」鈴子は部屋の押し入れの奥に置いてあった杖を錫に差し出した。
「うわ~っ…やった~!…なんだかあっさり見つかったわね…秘宝の片割れ」
「…錫──本当に大丈夫?危ないことに首を突っ込まないでよ…」
「うん…大丈夫よ!無茶はしません」
──「ごめんねお母さん…心配かけて…」心の中で鈴子に詫びた錫は、杖を受け取って自分の部屋に戻り、普段は掛けないドアの鍵をガチャリと掛けた。
Ⅲ
智信枝栄が来たのは、時間厳守の浩子と同じ約束の五分前だった。錫を驚かせないよう〝入っていいか〟とドア越しに声をかけ、錫が〝どうぞ〟と返事をすると、ドアを開けずにスーッっと部屋に入ってきた。もともとそうなのか、それとも浩子に感化されたのかは定かでないが、智信枝栄の行動が浩子によく似ているので錫はおかしかった。まして今はまだ浩子の姿のままだ。別の幽霊だとはとても思えなかった。
「スン、急ぎましょ…白の国へ!」
「えっ!今来たばっかりなのに?」
「のんびりしていられないわ。さぁ、ベッドに寝て!」智信枝栄の強い口調に、錫は言われるままベッドに仰向けに寝転がった。智信枝栄はおもむろに錫の足首を掴むと、スルスルッと魂を手前に引っ張った。自分の魂が肉体から離れると、忽ち無重力感を覚えた。
「そうこの感じ。体も軽いし肩こりもない。悪くないわぁ~これ!」
「喜んでいる場合じゃないわよ…。スンは私と違って一つしかない魂を抜いてしまってるんですからね。ほんの少し体に霊気を残しているから完全に死んではいないけど、明日の朝までには戻らないと…。起きてこなかったら家の人が心配するから…」
「はいはい、よく分かっております。で…白龍ちゃんは?」智信枝栄は部屋の真ん中を指さした。そこに丸形の蛍光灯サイズに納まった白龍が、とぐろを巻いて退屈そうに出番を待っていた。
「わっ、ちっちゃくってかぁわいぃ~。いし、行くわよ」
「はいご主人様!」いしは手の平に乗るほど小さくなった。どうやら錫が白龍を見て可愛いと言ったのが羨ましかったようだ。
「あら…いしまでマスコットサイズになっちゃって…可愛い…うふふ」智信枝栄に褒められてニッコリ微笑んだいしだが、本当は錫に褒めてもらいたかった。
智信枝栄が一声かけると、白龍はたちまち錫の部屋よりも大きくなった。
「向こうに着く前に浩子に話しておくことがあるの」智信枝栄は首をかしげて錫の目を見た。「とうとう見つけたのよ、秘宝の一つを!」錫は得意気に伝えた。
「ほ…本当に!?」
「間違いないと思うわ」錫は杖を手に入れた経緯を詳しく説明した。
「なぞなぞの〝夜は三本足〟は晩年のおじい様だったのね。そして最後の場面で、お母様がおじい様の杖代わりになったことで杖は必要なくなった。その夢のとおり──現実にお母様はおじい様から杖を預かっていた…」
「うん!そういうこと」
「そして、あの短歌も違う意味で杖を示していたのかもね…」
「えっ!?どういうこと?」
「だんだんと年老いて足が弱ってゆく我が身を、娘や孫が支えてくれて力がみなぎる……即ち二人が杖代わりってことでしょう?」
「わっ、ホントね!じゃ、前に浩子が言ったとおり、短歌が秘宝の在処を握る鍵だったってことね?」
「だとすると、もう一つの秘宝を見つけ出す鍵も短歌に隠されているかも…。スン…頼んだわよ。天と地が揃わないと秘宝は完成しないからね」
──「秘宝の一つが見つかったというものの、それは私が知恵を働かせて見つけたというより、お母さんがたまたま杖を持っていただけのことだ。私自身が謎を解いて、もう一つの秘宝を見つけ出せるんだろうか?」錫には全く自信がなかった──。
Ⅳ
「スン、間もなく到着よ。向こうに着いたら油断しないようにね。何が起こっているのか私も見当がつかないから…」
「了解!…あれ?…私もう錫雅になってるわ」
「意識の問題よ。国を守ろうとするスンの気持ちが形に表れたのね」
「私こっちではスーパーヒーローってやつ!?」かっこよくポーズを決めてみたが、内心は恐い気持でいっぱいだった。
白の国に以前のような穏やかさは無く、邪な悪気が漂っていた。
「浩子…これは狡狗の仕業?」
「えぇ、間違いなく…。もう少し先は大変なことになっているかも…」白の国を奥へ奥へと進んで行くと、智信枝栄の言うとおり、狡狗の姿が目立ち始めた。
獣のような顔、ギラついた飢えた狼のような目、体つきは人間に近いが、全身は野獣の毛で覆われている。その体から放たれるどす黒いオーラが、この辺りを漂っている邪な悪気の元凶だとすぐに分かった。
「何度見てもあれは虫酸が走るわ…」
「スン分かってる?私達は今からあの狡狗を退治するのよ…」
「存じております…智信枝栄殿」
「恐かったら精神を集中させてね。それだけでほとんどの狡狗はスンを恐れて寄りつかないはずよ」錫は戯けて恐さを隠していたつもりだったが、智信枝栄にはすっかりバレていた。
「じゃ、行きましょう!」浩子の姿が、本来の智信枝栄之命の姿に変わった。「いし、ご主人様をお願いね!?」
「はいですけん!智信枝栄殿」いしは凛々しくピンピンと尻尾を振った。
錫は晶晶白露を出現させてしっかりと握ると、智信枝栄の後について狡狗の蔓延る真っ直中に飛び込んで行った──。
★
「醜長様、奴らが白の国に来たようです」
「なんだと!?……鬱陶しい奴らめが…」
「大丈夫でしょうかね…?特に奴には痛い目に合ってますぜ…」
「心配はいらん、どうせ勝ち目はない。多勢に無勢だ!」
「だといいんですが…」
「とにかくどんどん送り出せ。手を休めるな…」
「承知しました醜長様」




