王都を臨む山の上から
王都の東にタカマ山という名の孤峰があった。王都から半日の距離にあり、三時間もあれば登り降りできる控えめな大きさの山だ。
タカマ山は秋の紅葉や、頂上から王都を一望できる景色を求めて人々が集まる景勝地だった。 その頂上付近に木造りの小屋があった。
山を登る人達の休憩所であり、飲食が可能な茶店だ。
「花言葉を教えてくれなんていう登山者は、アンアが初めてだよ」
茶店の店主の中年女は、甘ダレをつけた餅が乗せられた皿をテーブルに置き、呆れた口調で僕にそういった。
運動不足の生活が祟ったのか、僕は慣れない登山で全身が疲労困憊だった。気力を振り絞り、僕は花言葉を集める理由を店主に誠心誠意伝える。
「表面的な言葉だけじゃ相手に伝わらないから、ねえ。なんだか自分の言葉足らずを理由にしてて私は気に入らないね」
意中の相手に想いを伝える為に、魔法の言葉に頼る軟弱男。女店主の顔にはそう書かれているように僕には感じられた。
春の陽気に誘われたのか、茶店には団体客が押し寄せてきた。女店主は僕に構っている暇などなくなっていた。
「ちょいとお兄さん。暇なら接客を手伝ってくれるかい?」
「手伝ったら、花言葉を教えてもらえますか?」
「そういう損得勘定で動く輩は好きじゃないね」
女店主は素っ気なく言い捨てると、厨房の中に消えて行った。僕は選択の余地もなく、お盆に飲み物と餅を乗せて客達に運ぶ。
団体客のあとも、客足が途切れることはなかった。忙しなく接客を続ける僕の足腰は、限界に近づいていた。
「アズーラル? あなたここで何をしているの?」
「ラ、ラナン!?」
同僚のラナンの姿を見た時、僕の声は裏返ってしまった。彼女は一人ではなく、隣には長身の男性が立っていた。
僕はラナンに適当な言い訳を話したが、この長身の男とラナンとの関係が気になり、接客どころではなくなった。
テーブルの後片付けの際、皿を落として割ってしまい、女店主に一喝される。
「しっかりしな! 仕事一つできないで、プロポーズなんて上手くいきっこないよ!!」
その怒鳴り声に、僕は頬を殴られたような気がした。僕は必死に心を落ち着かせ、この山に登った目的を思い出す。
頭の中からラナンを消し去り、僕はひたすら接客に励んだ。ラナン達が退店する際、一瞬だけ彼女と視線が合った。
なぜだかラナンは沈んだ目をしていたような気がした。そして、昼が終わり客足が落ち着いてきた頃には、僕は椅子にもたれかかるように座り込んでしまった。
「お疲れ、お兄さん。まあ、助かったよ」
女店主は僕の前にお茶を置いてくれた。そして向かいの椅子に座る。
「さっきの黄色い髪の女の子だね? お兄さんがプロポーズしようとしている相手は?」
女店主は全てを見破ったような顔をして僕を見て薄ら笑いを浮かべる。一方、僕は疲労から言葉も発せられず赤面するだけだった。
「心を込めて言葉を伝える。それは、魔法の言葉に劣ってしまうのかい?」
意地が悪い表情から一変し、女店主は諭すような穏やかな顔つきになる。
「······劣るとは思いません。でも、僕は怖いんです。自分の中にある想いの大きさと、口から発する言葉が対等に釣り合ってくれるのかと」
「一生続けるのかい?」
「え?」
「お兄さんがあの彼女に大切なことを伝えるたびに、魔法の言葉に頼ってそれを使い続けるのかい?」
「······そ、それは。今は求婚するときに使うことしか考えていません」
「連れ合いと過ごす時間は長いよ。添い遂げるのなら尚更だ。魔法の言葉に頼り続けるには、ちょっとしんどい期間だよ」
女店主は一段落した店内を見回し、テーブルに残された器を片付け始める。僕はといえば何も反論できず項垂れるばかりだった。
「ブルースターの花言葉は「信じ合う心」、だよ」
女店主は大きな背中を僕に向けながら、どうしても僕が知りたかった花言葉を口にした。
「迷って、悩んで、たくさん後悔して。自分という人間の形を作っていくんだ。若いアンタには時間がたっぷりとある。焦らずゆっくりとやんな」
女店主はお盆に山積みにされた器を乗せ、厨房へ去っていく。僕は無言で頭を下げ、心から感謝した。
茶店を出ると、僕の求婚すべき相手が住む王都の街並みが眼下に見えた。




