トンガリ帽子の少年
「······君が、この家の当主なのかい?」
僕は年季が入った屋敷の前で、トンガリ帽子をかぶった少年に間の抜けた声をかけてしまった。
「つい半月前にね。最後の血縁者の祖父が死んで、俺が一族の最後の生き残りだよ」
十五歳前後に見える少年は、門扉の周囲に伸びた雑草を抜き取り、後ろに放り投げた。広い庭は手入れが行き届いておらず、雑草の天国と化していた。
「······じゃ、じゃあ、この家が守ってきた花言葉は?」
「残念だけど俺は聞いていないね。花言葉の継承については断絶ってところかな?」
少年の無慈悲な宣告に、僕は愕然としてその場に座り込んでしまった。
「花言葉なんて集めて、アンタは一体何をしようっての?」
「······プロポーズしたい相手がいるんだ。だから八つの花言葉を集めて、魔法の言葉に変えて彼女に伝えたいんだ」
か細い僕の声を聞いた若すぎる当主は、途端に僕を軽蔑するような目つきになる。
「私利私欲の為か。しかも魔法の言葉で相手の心を思うがままにする。アンタ最低だな」
少年当主の侮蔑の言葉に、僕は自分の名誉を守る為に猛然と立ち上がる。
「違う! 僕は決して相手の心を支配しようなんて考えていない 僕が使う魔法の言葉は、僕の想いを相手の心に直接届けるものだ!」
「なんでそんな面倒なことの為に花言葉を集めるんだ? 普通に結婚してください、でいいじゃないか」
「伝わらないだろう! 言葉はただの言葉だ! 相手を想う気持ちがどれだけ大きくても伝わらなかったら意味がない! 僕は絶対に失敗したくないんだ! だから魔法の言葉で確実に相手に気持ちを届けたい、それだけなんだ!」
八つの花言葉の収集が途切れてしまった悔しさから、僕はうっすらと涙を浮かべていた。
「······そういえば爺ちゃんから聞いたことがあったな。花言葉を悪用する者への戒めの罰の呪文があると」
少年当主の話は、僕が初めて耳にする内容だった。
「花言葉を代々継承する俺達一族には、魔法が使えなくてもその罰の呪文を行使する力があるそうだ。つまり、アンタが花言葉を悪用したら、アンタを罰する力が俺にはあるということだ」
「何度でも言うぞ! 僕は決して花言葉を悪用したりしない!」
僕と少年当主は、睨み合うように顔を突き合わせていた。春の強い風が少年のトンガリ帽子を飛ばそうとした時、少年は口笛を吹いた。
すると屋敷の扉の中から大型の犬が飛び出し、俊敏な動きで僕達の元へ走ってきた。犬は封筒を口に咥えていた。
少年当主は犬の頭を撫でながら封筒を手に取り、中の書類に無言で目を通していた。
「カーネーションの花言葉は、「無垢なる深い愛」、だそうだ」
少年当主の突然の花言葉に、僕は口を開けて呆然とする。その書類は、少年当主の祖父の遺言だという。
「······爺ちゃんの死を受け入れるようで、この遺言は見る気が起きなかったんだ。でもアンタのおかげでようやく見る気になったよ。花言葉はその礼代わりだ」
少年当主は沈んだ瞳で遺言を見つめ、主人を見上げる犬の頭に手を乗せる。
「······ありがとう! 必ず誓うよ。君が教えてくれた花言葉を悪用したりしないと」
「そうしてくれ。悪用したら俺がアンタを罰しないといけなくなるからな」
少年当主がそういうと、犬が唸りながら僕を睨む。僕は冷や汗を流しながら、若き当主と一匹の犬に誓いを立てた。




