花言葉を守る家
「また何か妙なことを企んでいるの? アズーラル」
国立図書館の職員用休憩室で、僕は分厚い歴史書を何冊も読み漁っていた。古書を優しく閉じて、休憩を終え椅子から立つ同僚を僕は見上げる。
「企むとは穏やかじゃないね。僕はそんな人間じゃないよ、ラナン」
「国立図書館内の一般閲覧禁止蔵書を公開させる為に、裏で暗躍した人の言葉とは思えないわ」
ラナンはため息混じりに両手を広げる。
「あれは! 忌むべき歴史も、僕達人類共通の記憶であり学ぶ必要がある知識だ。今でも僕は公開するべきだと思っているよ」
「はいはい。あんまりやりすぎないでね。同期が失職する光景を見るのは忍びないから」
ラナンはフクジュソウのような黄色い髪を揺らし、仕事に戻っていく。彼女が休憩室に残した微かな甘い香りを、僕は両目を閉じて全身で感じていた。
「······本当に不思議だ。なぜラナンからこの香りがするんだろう」
以前、ラナンに聞いたことがあるが、彼女は香水も付けていないし、自宅の部屋に香りの強い花も飾っていないらしい。
僕は古書を読むことも忘れ、休憩時間が過ぎるまで残り香に胸を高鳴らせ呆けていた。
「花言葉かい? よくウチが花言葉を授けられた家だと分かったね」
「はい。四方手を尽くして調べました。双子のあなた方の家は、ひまわりとガーベラの花言葉を守る家系だと」
国立図書館を散歩場所として利用する高齢の双子の姉妹に、僕は頼み込んでいた。二人ともまるで二輪草のようにそっくりだ。
「まあ、花言葉を口外するのは禁じられているけど、大昔の決まりだからね。そうだよね? ニラ?」
「ああ。そうだよメラ。魔法が廃れたこの世の中じゃあ、花言葉はただの言葉さ。まあ、教えても実害は無いんじゃないかい? ねえ、ニラ?」
「ただし、司書のお兄さん。アンタが魔法を使えるのなら話は別さ。そうだろう? ニラ?」
「ああ、そうさメラ。花言葉の意味を理解し、それを魔法の言葉に変えれば、人の心を自在に手に入れることが可能だからね。だから大賢者様達が大昔に花言葉の意味を隠し、使うことを禁じたのさ。だったよね? メラ?」
「心配しないで下さい、お二人とも! 僕は魔法が使えますが、決して悪用はしません! 誓います! 何なら血判状でも書きます!」
僕は決して、双子の永遠に終わらない会話のキャッチボールにイライラしたわけではなかった。やましい心がないことを二人に必死に伝えたかっただけだ。
「······まあ、魔法が使えても、悪人に花言葉の意味を理解するのは難しいからね。教えてもいいかね? ニラ?」
「いいんじゃない? メラ。このお兄さんにはよく本を探してきてもらったし。腰が痛いとき、家まで付き添ってもらったこともあるしね。悪い人じゃないだろうて」
「ひまわりの花言葉は「あなただけを見つめる」、だよ。細身のお兄さん」
「ガーベラの花言葉は「前向き」、だよ。茶色い髪のお兄さん」
一気に二つの花言葉を手に入れた僕は、嬉しさのあまりに声を上げてしまった。
「図書館内ではお静かにしてくださいね。司書のお兄さん」
両腕を組みながら僕を睨むラナンの声に、僕は赤面しながら立ち尽くしていた。




