花言葉の欠片達
昔からせっかちな性格とよく言われた。あまり気分がいいものではないが、否定できない自分もいた。そう、人間は自分のことすら完全には理解しきっていない。
他人なら尚更だ。外見、雰囲気、ちょっとした仕草や表情、交わした言葉。ジグソーパズルの欠片を断片的に集めて不確かな結論を出す。
この人はこういう人間なのだと。決めつけられた当人は心外に思うかもしれない。だから僕も不確かな他人の評価など気にしていない。全然気にしていない。少しも。ごく僅かにもだ。
「アズーラル、何をそんなに焦っているんだ?」
「別に。僕が焦っているように見えた? だったら親父さんの誤解だよ。僕は少しも急いでいないけど?」
僕は行きつけの酒場のカウンターで立ったままビールを飲んでいた。マスターの親父さんはカウンターから身を乗り出して僕の足元を覗く。
「アズーラル。さっきから右足のつま先が落ち着かない様子でパタパタと音を立てているぞ?」
口の悪い友人達は、僕のこの状態を貧乏ゆすりとのたまうが、僕なりに集中力を研ぎ澄ましている時に出る身体的行動だ。
「魔法使いなんて近頃じゃ天然記念物扱いだからな。その血を引くお前さんは幸運だよ」
親父さんは肉付きのいい頬を緩めながら、僕の前にフィッシュ&チップスが盛られた皿を置く。
「それで親父さん、チューリップの花言葉は?」
「······アズーラル。お前さんを応援したいが、まだそんなに焦らなくてもいいんじゃないか? この前二十歳になったばかりだろう? 人生は他に楽しいことが星の数ほどあふれているぞ?」
僕は薄く揚げられたジャガイモを掴み、乱暴に口の中に放り込む。
「星の数ほどある花言葉が、特定の人間達に独占されていなかったら、僕もこんな苦労はしていないよ。独占されているから知識として勉強もできない。これって誰のせいかな?」
「さあな。二千年前にそのしきたりをつくった大賢者様達の仕業かもな」
親父さんは飄飄とグラスを布巾で拭き上げる。僕は両手をカウンターに叩きつけた。
「頼むよ親父さん! 親父さんの家に与えられ、守ってきたチューリップの花言葉を僕に教えて欲しいんだ」
僕の剣幕にも親父さんは微塵も動じず、他の客へ果実酒を差し出す。
「アズーラル。お前さんは十六の頃からこの店に通ってくれている常連だ。人となりは俺も分かっているつもりだ。信頼できるお前なら教えてもいい。ただ、花言葉はただの言葉だ。それだけでは何の効力もないぞ?」
「もちろん分かっているよ親父さん! 花言葉の真の意味を理解し、言葉の力を魔法に変える。それができるかどうかは僕次第だ」
「······人の心が弄ばれないために、口外するのは禁じられているんだがなあ」
親父さんは小さくため息をつくと、僕を呼ぶように太い人差し指を動かす。僕は急いでカウンター内に入り、耳を親父さんに近づける。
「チューリップの花言葉は「思いやり」、だ」
親父さんの小声を聞いた瞬間、僕はお礼もそこそこに酒場を飛び出した。
花言葉の一つをやっと手に入れることができた僕は、足取りも軽やかに王都の街中を駆けていく。
「あと七つ、必要な花言葉はあと七つだ!」
建物の隙間から飛び出してきた黒猫を、僕は軽快に飛び越えて走っていった。




