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第91話 8月22日 見ていてくれる(夏織)

 縁側に並んで腰かけると、庭の草が風に揺れていた。


 腰かけた板のぬくもりが、スカートごしに伝わってくる。昼をすこし過ぎた日ざしが、庭の半分まで届いていた。


「縁側のある家っていいですよね」

「ばあちゃんちにもあったわ。夏はスイカ食うのが楽しみやったな」

「わかります」

「一回だけ飛ばしとった種が芽出したことあったな」

「いいですね、それ」

「枯らしてしもて大泣きした記憶あるわ」


 二人で思い出を話し合える。そのことがわたしの胸を温かくしてくれた。

 庭の木は、覚えているより太くなっていた。その根元のあたりを、指さす。


「あそこで、転んだんです。誕生日の前の日に」

「七つの誕生日でした。手を切ってしまって、けっこう血が出て」


 転んだ場所は、いまは草の中だ。あのときは、砂の地面だった。傷の痛さよりも、明日の誕生日が台無しになると思って泣いたのを覚えている。


 懐からハンカチを出して、膝の上で四つ折りをひらいていく。その感触は、いつもよりやわらかく感じた。


「誕生日プレゼントだったのに包みを開いて、真っ先にわたしの傷にあててくれた」


 端の薄茶けた染みを指でなぞる。


「箱から出したばかりの、真っ白なハンカチで」


 もう、何の匂いもしない。それでも、なぞるたびに同じ日に戻ることができる。


「せっかくの贈り物より、わたしを選んでくれた。それが、何より嬉しかったんです」


 その隣の、もっと薄い染みを指さした。


「こっちは、祐太郎さんの」

「……落とせへんかったやつか」

「うん。わたしの、大切な思い出」


 ハンカチをたたんで、胸に当てた。心臓の音が、布ごしに手へ返ってくる。


「絆創膏、もう取れたんですね」

「ん? ……ああ」


 祐太郎さんが左手の人差し指を、親指でなぞった。傷は、もうどこにもない。

 その手の先の左腕に、古い火傷の跡があった。


「そういえば、その火傷……」

「ああ、これか?」


 祐太郎さんは自分の腕を見た。


「小学生の時にキャンプファイヤーでやってしもてな。小さい頃は、よう馬鹿にされとった」


 火傷の跡を手のひらでなでる。

 腕を隠して歩く小学生の祐太郎さんを思うと、胸のどこかがきゅっとした。


「佐和子さんがな。隠さんでええ、火傷するほどけいちゃん練習したんや言うたら箔つくで、って」


 祐太郎さんは笑った。


「こんなとこ火傷するわけないのにな」


 その言葉を口にする佐和子さんが、まるでそこにいるかのように想像できた。


「佐和子さん、優しいですよね」

「やで俺もな、こういう人になりたい思たんや」

「……知ってました」

「なにをや」

「祐太郎さんが、そういう人だってこと」


 祐太郎さんは何か言いかけて、やめた。何と言いかけたのかは、訊かないでおいた。

 かわりに紙袋へ手を入れて、鮎菓子をひとつわたしへ差し出す。


「いつの間に買ってたんですか?」

「佐和子さんがな。食後のおやつもいるやろ、て」


 受け取ると、鮎菓子は手の中であたたかかった。

 わたしは鮎菓子を、両手でそっと二つにちぎった。中の餅が、すこし伸びて切れる。


 頭のほうを、祐太郎さんへ差し出した。


「頭のほうが、甘いんですよね」

「……知っとる」


 一口ずつ、かじった。

 たしかに、頭のほうが甘かった気がする。

 食べ終わっても、しばらくどちらも立たなかった。

 庭の草の影が、すこし長くなっていた。

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