第66話 8月19日 深まる傷口
柳ケ瀬庵の奥の間に、朝から蝉の声が入っていた。
布団の夏織は、目を覚まさない。ガーゼは頬の半ばまで伸びていた。取り替えるたびに、当てる場所が広がっていく。
枕元で、祐太郎が座ったまま動かない。
「犯人……捕まったんですよね」
祐太郎が言った。顔は夏織のほうを向いたままだった。
「ええ。一昨日、逮捕されました」
「ほんなら、なんでまだ広がるんですか」
畳の上に、週刊誌が一冊置いてある。
表紙には、ぼかしの入った部屋の写真が載っていた。
「噂が、まだ収まっていません」
「事件は解決したはずやないんですか」
「遠藤茂の狂気が、口裂け女の噂を広めてしまっています」
祐太郎が悔しそうに拳を握り締める。
美琴の視線の先には、畳の上に置かれた週刊誌があった。
表紙には、ぼかしの入った部屋の写真が載っている。
「怖がる人が増えるほど、呪いは深まる……」
声が小さくなって、最後は聞き取れなかった。
「そんなん、どうしようもないやないですか」
祐太郎が嘆くように言った。それでも太郎は、何も言えなかった。
布団からかすかな声が聞こえてくる。
「夏織さん!」
祐太郎が気づき、そばへと寄る。
夏織のまぶたが動いた。
目は開かなかった。まぶたが一度だけ震えて、それきりになる。
「今は……そばにいてあげてください」
太郎は祐太郎へ、力なく言葉をかけることしかできなかった。
*
店のインターフォンが鳴ったのは、日が傾いてからだった。
太郎が店先へ出ると、紙袋を提げた佐和子が立っていた。
「これ、みんなの分。夏織ちゃんにも、目ぇ覚ましたら食べさせたって」
受け取った紙袋の中に、まだ温かさの残ったけいちゃん弁当が四つ入っていた。
「ありがとうございます」
太郎は頭を下げた。
佐和子は心配そうに、開いた戸の内側へ目をやった。
「祐ちゃん、寝とらんのやろ」
「一昨日から、ずっとあそこです」
「そう」
佐和子は、それ以上中へ入ろうとしなかった。
「柳ケ瀬さん」
「はい」
「あの子らのこと、よろしくお願いします」
そう言って佐和子が深々と頭を下げる。
太郎が返事をする前に、佐和子はもう背中を向けていた。夕方の商店街を、いつもの早足で戻っていく。
その背中が角を曲がるまで、太郎は紙袋を提げたまま立っていた。




