第58話 8月16日 芸術的なプレー
翌朝のゲートボール場は、白線も土も、夏の光に灼けていた。
吾妻門球クラブの練習試合に、東雲が混ざっている。アロハシャツに麦わら帽子。スティックだけは、どこから調達したのか自前らしい艶があった。
「東雲さん、今日はうちに入ってもらえんか」
「敵に回る非情を、お許しいただきたい」
矢内のチームからの勧誘を、東雲は芝居がかった一礼で断った。
「エースの矢内氏と戦えないのでは、来た意味がない」
保護されて八日目の矢内は、敵チームの先頭で、いつもの帽子をかぶっている。
コートの外に、太郎と美琴が立っていた。
東雲がスティックを構える。
場が静かになった。老人たちの本気の静けさだ。
乾いた音がして、白い球が転がる。一つ目のゲートを抜け、緩む気配のないまま、二つ目のゲートも抜けた。
「見ろ、この角度。幾何学的だ」
誰も聞いていない東雲の解説が、コートに響く。
歓声が上がった。
ベンチの五十鈴が麦茶を片手に拍手をしている。膝の上には、スケッチブックが開いたままだった。
「……いつも、ああなんですか」
「うん。多分今日は勝つまで帰らない」
太郎の問いに、姪は麦茶を飲みながら答えた。
敵陣の矢内が帽子のつばを握って悔しがる。
「もういっぺんや、東雲さん!」
悔しがり方に年季が入っていた。声もよく出ている。
「受けて立とう。先日のようにはいかんことを見せつけてやる」
ヒートアップした東雲が給水に戻ってくる。
「見たか、私の芸術的なプレーを。矢内氏もあの通りだ」
「目的を忘れないでくださいよ」
「今の目的は勝利のみ。茶会のセッティングはその後だ」
勢いよく水筒を飲み干して、東雲はコートへ戻っていった。呼び止める間もなかった。
「……あの人、何しに来てるんでしょう」
美琴が真顔で言う。
「勝ちに、だと思う」
太郎も、真顔で返すしかなかった。
結局試合は、東雲のチームの連勝で幕を閉じた。
整列の挨拶のあと、東雲は矢内の肩を叩き、何ごとかを短く言った。矢内がこちらを見る。帽子のつばの下の目が、太郎の上で一度止まり、それから小さくうなずいた。
五十鈴がスケッチブックをにらみながらうなっている。
開いているページには、球を打つアロハシャツの背中が描かれていた。




