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第55話 8月8日 未決の一件

 昼過ぎの捜査一課で、漣の机の電話が鳴った。


「はい、捜査一課」

「泣いて喜べ漣馨! 珍しく私からお前に頼み事だ」


 漣は受話器を耳から少し離した。離しても声量の変わらない幼馴染からの連絡。


「……切るぞ」

「46年前の行方不明者を探している」


 切りかけた手が、止まった。


「1978年の12月から翌79年の1月。岐阜市周辺で出た行方不明の届けを、全部洗ってほしい」

「なんでまた、そんな昔を」

「事件として記録されていない殺しなら、遺体は見つかっていない。だったら書類に残っているのは、行方不明の届けだ」

「殺し……? おい、何の話をしとる」

「明日まとめて話す。今日は手だけ貸せ」

「朝は拝み屋に叩き起こされて、46年前の手口やら逮捕やら調べさせられたんや。今度はお前か。……今日はなんの日や」

「私がお前に頼み事なんて珍しいだろう。自慢してもいいぞ」

「なるか、あほ。……調べた資料はどうしたらええ」

「胡散臭い拝み屋に渡すといい」


 愉快そうな声だけ残して、電話は切れた。

 漣は受話器を置き、こめかみを揉んだ。


「長屋。資料庫行くぞ」

「何を探します?」

「78年の12月から79年の1月。行方不明の届出、全部や」

「……またずいぶん、昔ですね」

「文句はアロハシャツのポンコツ探偵に言え」


 長屋は意味がわからないという顔のまま、それでも立ち上がった。


 *


 資料庫から長屋が、古い捜査資料の束を抱えて戻った。日に焼けた表紙、手書きの索引。一枚めくるたび、46年前のホコリの匂いが立った。


「漣さん。その冬の行方不明の届出、周辺署も合わせて六件です」


 長屋は付箋を挟んだ束を机に並べていく。


「五件は、年明けまでに所在確認。帰宅か、転居先の判明です。……ただ一件だけ、未決のままでした」


 読み上げる長屋の指先が、ホコリで黒くなっている。


「中身は」


 長屋が付箋のページを開いた。


「女子大生の行方不明。八百津町からの届出です。担当は当時の八百津の駐在で……篠崎卓」


 漣の手が、書類の上で止まった。


「篠崎さん、まだ達者やったな」

「ご存じなんですか」

「駐在上がりの、生き字引や。俺が新米のころ、道案内から説教までしてもろた」


 漣は未決の一件の捜査資料を引き寄せ、最初のページをめくった。

 間に捜索範囲の手書き地図が畳まれていた。八百津の山に、鉛筆の線が何重にも引かれている。


 届出の日付、受理番号、担当者印。捜索の範囲も、聞き込みの先も、几帳面な字で残っていた。どのページにも、手を抜いた跡がない。


「長屋。明日、拝み屋に電話や」

「なんて伝えます?」

「篠崎さんを紹介したる、て言うたれ」

「いいんですか」

「46年前の初動を知っとるんは、もう篠崎さんくらいや。……あのアホ探偵も拝み屋も、追っとるもんは一つや」


 窓の外で、夏の日が長く暮れ残っていた。

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