↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
53/96

第53話 8月7日 誰もいない路地(夏織)

 商店街の角で、祐太郎さんと別れた。


 ここからは一本道ですから、と言うと、祐太郎さんは何度も振り返りながら帰っていった。振り返るたびに、わたしは小さく頭を下げた。三度目のお辞儀で、祐太郎さんは角の向こうに見えなくなった。


 なんかあったら、夜中でも店に電話してくださいね。別れ際にそう言って、番号を書いたメモを持たせてくれた。


 夜道を、一人で歩く。ポケットの中にしまったメモは温かかった。

 口元には、借りたままの手ぬぐい。マスクは鞄の中だ。血のにじんだものを、また着ける気になれなかった。


 約束してください、と太郎さんは言った。


 これから何を見ても、恐れないこと。

 変な約束だと思う。何を見るのかを教えてくれないまま、恐れるなという。それなのに、あの部屋を出るとき、わたしの足は来たときより軽くなっていた。守れるかどうかより先に、守りたいと思える約束だったからだ。


 街灯が一つずつ近づいては、後ろへ流れていく。

 白木町の夜は静かだった。昼間はあんなことがあったのに、夜はいつもどおりの顔をしている。マスクが落ちて、みんなに見られて、川べりで傷が開いて血まで出た。一日ぶんの出来事を、順番に胸から下ろしながら歩いた。


 雑居ビルとビルの隙間に、細い路地が口を開けていた。

 のぞくともなく目をやると、積まれたビールケースと室外機の唸りがあるだけで、誰もいない。わたしは足を止めずに、その前を通り過ぎた。


 アパートの階段を上がる。二階の一番手前。鍵を開けて、電気をつけて、いつもの部屋。

 布団に入る前に、借りた手ぬぐいを丁寧に畳んだ。洗って、アイロンをかけて、柳ケ瀬庵へ返しに行こう。明日のことを一つ決めると、今日の残りがやっと軽くなった。

 今夜は、眠れる気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。