第45話 8月21日 追走
漣の運転する覆面パトカーは、夕方の国道を西へ走っていた。
助手席には太郎。後部座席で、美琴が膝に地図を広げている。左手はハンカチごと地図の端を押さえ、右手からペンデュラムが垂れていた。庵を飛び出してから、まだ10分もたっていない。
西日が低く入って、漣がサンバイザーを下ろした。
「振り子が止まっただけでよう車出したわ、俺も」
「感謝しています」
「礼はいらん。……当たっとってくれよ」
少しの間をおいて、漣が続けた。
「おい、もうちょい頭下げとけ」
漣が、美琴に呼びかける。
「ダウジングも続けてるのに、これ以上は無理ですって……!」
「もし見つかったら、この件の重要参考人やと言い張る。そのあとの取り調べは覚悟せえよ」
顔を引きつらせながら、美琴は体勢を変えて頭の位置を下げた。
漣は美琴を確認して、それきり何も言わなかった。
助手席の太郎は美琴のスマホを耳に当てたままでいる。
やがて、電話を耳から離した。
「出ません」
「石橋祐太郎か」
「朝から、一度も」
アクセルが踏み込まれた。
シートに背中が押しつけられ、カーブのたびに滑る地図を、ハンカチを握った左手で美琴が押さえ直す。その指が、汗で湿っていた。
振り子の先は、走り出してからも同じ町を指し続けていた。
「八百津のどこや」
「……集落のはずれ、としか」
答えた声が小さくなった。町の名前までは出せた。その先が、出せない。
「上等や。駐在に回してもらう」
漣が無線に手を伸ばした。所轄、空き家、集落のはずれ。短い言葉が雑音の向こうへ飛んでいく。了解、の声が返るまでの数秒が長かった。
無線を飛ばし終えて漣はまた前を向き、ミラーごしに美琴と一度だけ目が合った。
「つかまっとけ」
「はい」
窓の外を暮れかけた山が流れ、緑の色が一枚ずつ濃くなっていった。
美琴は左手のハンカチを見た。大切なものを預かっているのだと思うと、握る指の力が自然とゆるんだ。
誰も、何も言わなかった。
対向車のライトがときどき車内を照らし出す。カーブを一つ曲がるたび、山の影が濃くなった。
道の先に、八百津の灯りがぽつりぽつりと見え始める。
ペンデュラムは、まだ同じ町を指していた。




