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第43話 8月21日 問いかけの意味

 柳ケ瀬庵の畳に、岐阜県の地図が広げられている。


 その上で、美琴のペンデュラムが円を描いていた。左手には二つ折りのハンカチ、ちゃぶ台に調書の束が置かれていた。

 祐太郎が出ていってから2時間がたつ。店には太郎と美琴の二人きりだった。


 美琴は、ダウジングを続けている。

 円を描き、ほどけ、また円に戻る。ハンカチを握り直しても、同じことのくり返しだった。


「だめです。大まかな位置も絞れません」

「相手が、動いているんだね」

「はい。……夏織さん、いまもどこかを歩き続けてるんだと思います」


 太郎は調書から顔を上げた。


「みこちゃん、探しながらでいい。少し、聞いてくれる?」

「……はい」

「ゆうべ、口裂け女は遠藤を殺した。なぜ、遠藤だったんだろう」


 ペンデュラムを回したまま、美琴がちゃぶ台のほうへ膝を回す。


「遠藤の動機は、口裂け女への愛情だった。調書のどのページでも、あの男は口裂け女の話ばかりしている。生んだ。育てた。親として誇らしい。……殺しの理由を聞かれて、憎しみを一度も口にしていないんだ」

「……気持ち悪い」


 吐き捨てて、美琴はすぐに、ごめんなさい、と小さく足した。


「いいよ。僕もそう思う。……そして殺されたのは、その遠藤だ。あの妄執じみた愛に、殺意が向いたように見える」

「じゃあ、矢内さんは?」


 美琴の問いに、太郎は開いたページの角に指を置いた。今朝つけた折り目がある。


「接点なら一つある。二人は大学の同窓なんだ。矢内さんが先輩で、遠藤が後輩にあたる」

「46年前に、知り合いだった……」

「事件のあった年に、矢内さんと遠藤の間に何かがあったのかもしれない」

「それが二人が狙われた理由ってことですか」

「ただ、その何かがわからない」


 太郎は調書を閉じた。


「みこちゃん。46年前の事件の動機が『遠藤の歪んだ愛』だったとするなら、口裂け女の怨念の矛先は彼女を愛した人に向かう。……これは筋が通ると思う?」


 美琴はすぐには答えなかった。やがて、口を開く。


「……通る、と思います」


 美琴の顔が上がる。


「それなら、『ワタシ、キレイ?』の質問に説明がつきます」

「どういうこと?」

「伝承だと、キレイと答えても、違うと答えても殺されるんです。答えで結果が変わらないなら、あれは、単純にきれいかどうかを訊いてるんじゃありません」


 美琴の声に、芯が戻っていた。


「確かめてるんだと思います。……あなたも、私に愛を向けるのか、って」


 昼の店の空気が冷えた気がした。


「……殺意の対象は、彼女に愛を向けた人」


 太郎の言葉に、美琴の顔から血の気が引いた。


「太郎さん。愛を向けた人って」


 美琴の手から、ペンデュラムが落ちた。


「祐太郎さんっ……!」


 太郎は立ち上がっていた。

 膝が調書の角を蹴って、ページが畳に散る。拾わずに、土間へと出て祐太郎の番号に電話をかける。

 呼び出しの音だけが、続いた。一回。二回。三回。四回。出ない。留守番電話にも切り替わらない。朝、振り返らずに出ていったあの背中が、目に浮かんでくる。


 美琴がハンカチを拾って、握り直した。

 再びペンデュラムが、円を描く。

 そして描いた円がゆっくりと縮んで、ある一点で止まる。

 振り子の先が指す文字を、美琴が読む。


 八百津町。


 2日前、夏織の傷がいちばん深く刻まれた町だった。


「太郎さん!」


 呼び出しの音は、まだ鳴り続けていた。


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