第25話 8月17日 古い地図
盆が明けても、この仕事に休みはない。
三件目から4日。窓の外はまだ明るいのに、捜査一課の蛍光灯はもう点いている。ホワイトボードには三件の現場写真が並び、赤いマグネットが三つ、市内地図の上で黙っていた。
漣は、机に帽子の写真を放った。美琴の撮ったものが、皮肉なことに鑑識の記録写真より角度がいい。
鑑識から戻ってきた報告書は、読み終えるのに時間もかからなかった。
「周辺住民からは帽子の男の目撃証言はゼロ。毛髪でも残っとったら照会するって手もあったんやけどな」
聞き込みは3日、範囲を二度広げた。夜の商店街には、シャッターの目しかない。三件目の被害者の筋からも恨みの線は出ず、三人をつなぐ糸は口元のほかに一本もなかった。
帽子は、一度洗われていた。汗の輪だけを残して、毛髪も指紋も出ない。物を残さない癖のある人間だった。几帳面な人殺し。据わりの悪い組み合わせほど、現実にはよくある。
癖のある人間は、癖で捕まる。今回はまだ、その尻尾しか見えていない。
そこへ、長屋が来た。
両腕に、古い資料の束を抱えている。資料室の埃の匂いが、束と一緒に机まで運ばれてきた。頬についた埃の筋に、本人は気づいてなさそうだった。
「なんや、これ」
「漣さん、見てください。46年前に起こった連続殺人事件なんですけど」
「昨日、被疑者の資料を出せて言うたはずやが」
「そっちは請求中です。先に、こっちが出てきました」
長屋が束をほどく。変色したコピー用紙に、1979年の日付が並んでいた。
「被害者三人とも口元を、耳まで裂かれてます」
当時の現場写真の複写は粗い白黒で、それでも口元の裂け方は見て取れた。見慣れたはずの手口が、46年前の紙の上にもう並んでいる。報告書の言葉数の少なさが、かえって現場の寒さを伝えてきた。
「三人とも、女です」
「……三人ともか」
「はい。しかも全員二十代の若い女性です」
「ただ、そうなると二件目のじいさんの殺しだけが不可解やな」
「何か理由があったのかもしれません。あと、これを見てください」
長屋は、当時の市内地図を広げた。
三か所に、黒い丸。その上へ、赤いペンで新しい丸が書き込まれていく。一つ。二つ。三つ。
「発見場所も、今回とほとんど同じ範囲です」
黒の上に、赤がほとんど重なっている。
「お前、捜査資料に」
「全部コピーです! それより……見てください」
叱られる準備までして、持ってきたらしい。
差し出された地図を、漣は受け取った。
46年をはさんで、同じ街の同じあたりに、同じ印が二重に並んでいる。偶然と呼ぶには、重なり方が素直すぎた。
「46年越しに、同じ場所で同じことをやっとるんか」
「偶然にしては、と思いませんか」
「思うけどな、それだけで捕まえられたら苦労せん」
「じゃあ、どこから当たりますか」
「当時の犯人や。照会すれば居所くらいわかるやろ」
長屋の目は、もう怖がっていなかった。許せないだけです、と言った夜の目のまま、この子は資料室に潜っていたらしい。ここまで来させたのは三人の死体で、喜んでいいことではない。それでも悪くない、とは思った。
模倣犯。
その言葉が、まず浮かぶ。46年前の事件は当時、新聞にもテレビにも出た。手口を知る人間は、いくらでもいる。この街の年寄りは、あの冬の話をまだ覚えていた。
ただ、発見場所までなぞる模倣が、あるだろうか。
なぞっているのか。続けているのか。
当時の資料は、この埃の下に眠っていた。場所まで正確になぞれるのは、事件を知っている人間だからなのか。46年という数字が、頭の隅を通り過ぎていく。
黒い丸と、赤い丸。
46年前の犯人は、どうなった。いまどこにいる。
署内の電話が、また一つ鳴り出した。
漣は地図を見つめたまま、長いあいだ動かなかった。




