第18話 8月13日 三件目の夜
夜の更けた児童公園に、街灯は一本も点いていなかった。
切れたままの電球が、支柱の先で夜より黒い。昼間は子どもの声で埋まる場所も、この時間はただの暗がりだった。
公園の前の道を、酔った会社員の男が歩いてきた。
革靴の底が、アスファルトをぺたぺたと鳴らしていく。上着を肩にかけて、ネクタイは緩みきっている。二軒目の帰りらしく、鼻歌は途中から歌詞を失っていた。
その足が、公園の入り口で止まる。
ベンチに、女の人が座っていた。
うつむき加減で、動かない。明るい色の服が、暗がりの中でそこだけ薄く浮いている。
「あら? どうしたんですかー?」
男は上機嫌のまま、公園へ入っていった。返事はない。
「なんかつらいことでもあったんですかー? どうですか、一杯行きますか!」
女からの返答がないまま、男は近づいていく。
「奢りますよ。おっちゃん、今日臨時収入があったんや」
遊技台のハンドルを回す手つきを見せて、男はなおも何か話しかけている。酔った夜の親切は、相手を選ばなかった。
ベンチの横に腰を下ろして、男は肩へ手を回そうとした。
女の人の身体が、かたむいた。
支えを失った人形のように、そのまま男のほうへ倒れてくる。巻き込まれて、男もベンチから転げ落ちた。
「いったいな……。どうしたんで」
言いかけた声が、途切れた。
抱き起こそうとした顔を、月明かりが薄く照らしていた。
男は短い悲鳴を上げて、飛びのいた。四つん這いのまま後ずさり、立ち上がって公園から走り出ていく。
走る足音が遠ざかって、公園はまた静かになった。
悲鳴を聞いた近くの家の住民が、警察に電話をかけたのは、その数分後のことだった。
*
1時間もしないうちに、暗かった公園は光で満ちた。
規制線が張られ、投光器が白い光を投げている。規制線の外には、パジャマにサンダルの住民が遠巻きに立っている。スマホの画面の光が、暗がりに二つ三つ浮いていた。
鑑識がベンチのまわりにかがみこみ、ブランコの鎖に番号の札が下げられていく。
シートの脇には、漣が立っている。夜勤明けからそのまま、日付をまたいで二日目になる。
二件目からは、まだ5日しかたっていない。犯行の間隔が縮んでいる。
しゃがんで、シートの端をつまんでめくる。
被害者は若く20代ほどに見える。これまでと同様、口元には裂かれたような傷があった。
「三件目や」
「手口は、前の二件と同じです」
シートを戻す漣の後ろで長屋の声がした。手帳を持つ手が、細かく震えている。
「長屋。びびっとるんか」
漣は、見ないままで言った。
「……許せないだけです」
返ってきた声は、怒りがにじんでいた。
「五日で三人目か」
「何の意味があってこんな……」
「その理由も調べるのと、事件を止めるんが俺らの仕事や」
漣は、長屋の顔を初めてちゃんと見た。怖がっていた新人の目に、別の色が入り始めている。
所持品は、ハンドバッグごと残っていた。今度も、物盗りではない。
人の仕業とは思えない。
恨みの線でも金の線でもない通り魔的な犯行。頭で振り払おうとしても、あの噂がよぎってしまう。
口裂け女。
新聞は、朝には三件目を書き立てるだろう。そしてそのぶんだけ、町がまた騒がしくなる。
漣は嫌な予感だけを追い払った。
時計は、23時を回っている。それでも、あのうさん臭い拝み屋の店主は起きている気がした。
漣は短く息をついて、携帯を取り出した。




