元・病棟5人衆の、あくなき同窓会作戦
あの「プレミアムプリン奪還作戦」から、2ヶ月が経った。
季節はすっかり変わり、初夏の風が街を吹き抜けている。
あのあと、胃腸炎だったシンジを皮切りに、ユウカ、レイジ、マイ、そして最後に骨折のタカシが、それぞれ無事に病院を退院していった。
退院の時期がバラバラだったため、病院ではろくに最後のお別れも言えなかった5人だが、実はあの夜、ユウカが「本当に繋がらないトランシーバー」の裏に、全員の連絡先(親のスマホや、自分のLINEなど)を無理やりメモさせていたのだ。
そして今日、日曜日。とある駅前のハンバーガーショップの2階席に、あの5人の姿があった。
「お前ら、よくぞ集まってくれた! 元・病棟5人衆、ここに堂々の再結成だ!」
相変わらず声が大きいのは、元・天才策士のタカシだ。足のギプスはすっかり外れ、今は自前の足で仁王立ちしている。
ただ、手には松葉杖の代わりに、なぜか「フライドポテト(Lサイズ)」が握られていた。
「タカシ、だから声が大きいって。ここ病院の面会室じゃないんだから、周りのお客さんの迷惑でしょ」
すかさずピシャリと言い放ったのは、相変わらずの常識人、ユウカだ。
私服のTシャツ姿だが、あの頃の鋭いツッコミのキレは全く鈍っていない。
お腹の傷もすっかり癒え、今は大好きなメロンソーダを美味しそうに飲んでいる。
「いやあ、それにしても全員私服だと、なんか変な感じだな。制服とも違うし、パジャマ姿の印象が強すぎてさ」
頭をかきながら笑うのは、元・点滴スタンドの相棒、レイジだ。
喘息の調子も良いらしく、健康的な日焼け顔をしている。
「えー? みんな私服もすごく似合ってて可愛いよ! ほら見て、シンジくんなんて、なんかちょっと都会の中学生って感じ!」
目を輝かせてシンジの服を指差すのは、相変わらずポジティブ全開のマイだ。
肺炎だった面影は微塵もなく、誰よりも元気にハンバーガーを頬張っている。
「デ、デザインがシンプルなだけだよ……。っていうか、みんなが私服だと、僕、緊張してまたお腹痛くなりそう……」
お馴染みのセリフを吐きながら、おどおどしているのはシンジだ。
でも、その表情は入院中よりもずっと明るく、みんなに会えた嬉しさが隠しきれていない。
5人は久しぶりの再会を喜び、それぞれの「シャバ(学校)での生活」について語り合った。
タカシは部活に復帰したものの最初の練習で派手に転んで先生に怒られた話、レイジは体育の授業で点滴スタンドがないと走るタイミングが狂うと言い訳した話、マイは学校の怪談を調査しすぎて担任に呼び出された話など、相変わらずのドタバタぶりだった。
ひとしきり盛り上がったところで、タカシがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「さて、近況報告はこのくらいにしよう。僕たちが今日集まったのは、単に思い出話に花を咲かせるためじゃない。……そうだろう?」
タカシはポケットから、1枚の折りたたまれた紙を取り出し、テーブルの中央に広げた。
それは、あの総合病院の周辺地図だった。
「おい、まさかまた病院に忍び込もうってんじゃないでしょうね?」
ユウカが怪しむように目を細める。
「まさか! 僕は天才策士だぞ、同じ手は二度使わない。それに、もう僕たちは健康体だ。ナースステーションに忍び込む大義名分がない」
タカシは地図のある一点を、ポテトで指し示した。
「僕たちの目的はここだ。病院の裏手にある、あの『大島看護師長と佐藤看護師がよく行くというウワサの洋菓子店』!」
一同が「おお!」と声をあげる。
「僕たちの作戦を見逃してくれた3階の佐藤看護師、そして、結局プリンを食べ損ねて激怒したであろう大島師長……。僕たちはあの病院に、大きな『借り』と『笑い』を残してきた。そこでだ!」
タカシが熱弁を振るう。
「あの洋菓子店で、最高級のプリンを5個購入する。そして、それを病院の受付を通じて、佐藤さんと大島師長宛てに差し入れとして届けるんだ! 名付けて『プレミアムプリン恩返し作戦』!」
「わあ、それ素敵! 絶対やろう!」
マイが真っ先に賛成して拍手する。
「まあ……恩返しっていうか、ただの謝罪な気もするけど、悪くない提案ね。私もあの時、熊谷先生にものすごく雑な嘘ついちゃったし、お礼言いたかったし」
ユウカも少し照れくさそうに笑った。
「よし、じゃあ決まりだ。予算は一人数百円ってところだな。シンジ、お前も行くぞ!」
レイジがシンジの肩を組む。
「う、うん! 病院に行くのはちょっとドキドキするけど……佐藤さんにお礼言いたいし、大島師長さんにも、あの時はごめんなさいって伝えたいな」
こうして、元・病棟5人衆の新たな作戦が幕を開けた。
5人はハンバーガーショップを飛び出し、初夏の陽気の中を歩いて、あの思い出の総合病院へと向かった。
まずは裏手にある小さな洋菓子店に滑り込む。
ショーケースの中に並ぶ、あの夜見たものと同じ「プレミアム濃厚カスタードプリン」を見つけた瞬間、5人のテンションは最高潮に達した。
「これです! これを5個、いえ、佐藤さんと師長さんの分で2個……いや、せっかくだから熊谷先生の分も入れて3個ください!」
ユウカがしっかりとお金をまとめ、店員さんに注文する。
綺麗にラッピングされたプリンの箱を受け取ると、なんだか重大な任務を帯びたスパイのような気分になった。
そして、5人はついに、見慣れた大病院の正面玄関へと足を踏み入れた。
自動ドアが開くと、ツンとした消毒液の匂いと、独特の静けさが広がっている。
つい数ヶ月前まで自分たちが住んでいた場所なのに、私服で来ると、まるで違う世界に迷い込んだようだ。
「よし、受付のスタッフさんに、この手紙と一緒にプリンを託すぞ。手紙には『4階小児病棟の元・プリン泥棒より』って書いてある」
タカシが自慢げに封筒を振る。
「ちょっと、それじゃ不審物として捨てられるでしょ! ちゃんと名前書きなさいよ!」
ユウカが突っ込んだ、その時だった。
「――あら? あなたたち、何してるの?」
背後から、聞き覚えのある、やけにドスの利いた、しかし温かみのある声が響いた。
5人が恐る恐る振り返ると、そこには、紺色のカーディガンを羽織った大島看護師長が立っていた。手にはカルテの束を持っている。
「ひえっ! 要塞……じゃなくて、大島師長さん!」
シンジが反射的にタカシの後ろに隠れる。
大島師長は5人の顔を一人一人見つめ、驚いたように目を見開いた。
それから、全員の服装(特にタカシのちゃんと動く足と、レイジのスタンドなしの姿)を見て、ふっと表情を緩めた。
「なんだ、みんなすっかり元気になって。学校はちゃんと行ってるの?」
「は、はい! おかげさまで全員ピンピンしてます!」
タカシが珍しく直立不動で答える。
「そう、よかったわ。……で、その手に持っている箱はなに? また何か良からぬことを企んでいるんじゃないでしょうね?」
師長がニヤリと意地悪く笑う。
「あ、あの!これ!」
マイが元気よく、プリンの箱を師長に差し出した。
「これ、あの時の恩返しです! 佐藤さんと、師長さんに! あと熊谷先生にも!」
大島師長は箱を受け取り、中身が例の洋菓子店のプリンだと気づくと、ぽかんとしたあと、声を立てて笑い出した。
「なーんだ、あの夜の犯人はやっぱりあなたたちだったのね。佐藤さんから『幽霊のフリをして子供たちを助けちゃいました』って翌朝白状された時は、もう呆れて物も言えなかったわよ」
「えっ、やっぱり怒ってました……?」
シンジが恐る恐る顔を出す。
「怒るわけないじゃない。あのプリン、実は熊谷先生が私の誕生日にって、間違えてナースステーションの冷蔵庫に入れたものだったのよ。私はダイエット中だから、誰か食べてくれないかしらって思ってたところだったの」
5人は顔を見合わせた。
まさかの事実に、タカシの天才的脳細胞もフリーズしている。
「じゃあ、僕たちのあの命がけの作戦は……」とレイジ。
「最初から、食べても怒られなかったってこと……?」とユウカ。
「ふふ、でもね」
大島師長はプリンの箱を大切そうに抱え、5人に微笑んだ。
「夜中にドタバタ走り回ったのは減点だけど……こうして元気になった姿を見せに来てくれたのは、満点、いえ、200点満点よ。ありがとう。佐藤さんと熊谷先生と一緒に、今日の休憩時間に美味しくいただくわね」
その言葉に、5人の胸にじわ行くと温かいものが広がった。
「じゃあ、私たちはまだ仕事があるから。あなたたち、もうここには入院しちゃダメよ。健康が一番なんだからね」
師長は優しく手を振り、ナースステーションの方へと歩いて行った。
その背中は、あの夜よりも少し小さく、そしてやっぱり、とても頼もしかった。
病院のロビーに取り残された5人は、しばらく無言だったが、やがて誰からともなくクスクスと笑い出した。
「なんだよー! 命がけの潜入作戦だったのに、最初からウェルカムだったのかよ!」
タカシが頭を抱える。
「でも、師長さん嬉しそうだったね。作戦は大成功だよ!」
マイが飛び跳ねる。
「うん。なんか、ちゃんと退院できたんだなって、今になって実感がわいてきた」
シンジがしみじみと呟いた。
5人は再び自動ドアをくぐり、病院の外へと出た。見上げた初夏の空は、抜けるように青い。
「よし! 作戦も無事に完了したことだし、これからどうする?」
レイジがみんなを見渡す。
「決まってるだろ!」
タカシが青空に向かって、ポテトの入った袋を突き上げた。
「今度は僕たちの分のプリンを買いに行くんだ! 今度は大堂々と、お天道様の下で味わうぞ!」
「「おー!!」」
5人の元気な声が、初夏の街に響き渡る。
パジャマを脱ぎ捨て、それぞれの日常に戻った彼らだが、あの4階小児病棟ではぐくまれた絆は、これからも形を変えながら、ずっと続いていくに違いない。
だって彼らは、あの退屈な夜を共に戦い抜いた、最高の「病棟5人衆」なのだから。




