小児病棟の七不思議と、僕らのあくなき作戦会議
小児病棟に入院中の5人の中学生のお話です。少しでもクスッと笑っていただけたら嬉しいです。
「いいかお前ら、作戦のキモは『いかに看護師長のレーダーを潜り抜けるか』だ。これは単なるお遊びじゃない。僕たちの尊厳をかけた聖戦なんだよ!」
消灯時間をとっくに過ぎた夜の21時30分。小児病棟(といっても、中学生までが含まれる)の奥にある面会室に、パジャマ姿の男女5人が集まっていた。
中心で熱弁を振るうのは、骨折で入院中の自称・天才策士、タカシだ。松葉杖をまるで指揮棒のように振り回している。
「あのさ、タカシ。毎回言うけど声が大きい。あとその松葉杖、床に当たってカツカツうるさい」
呆れたように突っ込んだのは、虫垂炎(盲腸)の術後で、お腹をさすりながらパイプ椅子に座るユウカ。彼女はこの5人の中で唯一の常識人であり、ツッコミ役だった。
「ふふん、ユウカちゃんはビビってるのさ。男なら、たとえ点滴の針が刺さっていようとも、ロマンのために進むべきだろ?」
鼻をこすりながら胸を張るのは、喘息の経過観察で入院中のレイジ。片手にはしっかりと、相棒である点滴スタンド(通称・相棒一号)を握りしめている。
「私、男じゃないけど……でも、面白そう!夜の学校探検みたいでワクワクする!」
そう言って目を輝かせているのは、軽度の肺炎で入院中のマイ。彼女はいつでもポジティブで、トラブルメーカーの素質がある。
「……ねえ、早く帰って寝ようよ。見つかったら、また師長さんの『無限説教タイム』だよ……?」
一番後ろで、掛け布団をマントのように羽織ってガタガタ震えているのは、胃腸炎で入院中のシンジ。彼は極度の怖がりだった。
この5人、学校も学年もバラバラだが、ここ総合病院の「4階小児病棟」で出会い、退屈な入院生活を共にするうちに、なぜか固い結束で結ばれた「病棟5人衆」である。
彼らが今、何を企んでいるのか。それは、この病院に伝わるという『深夜のナースステーション、消えた特製プリンの怪』の真相究明――もとい、ただの「夜食のプリン奪還作戦」だった。
事の始まりは昼間、マイが聞きつけた噂だった。なんでも、今日の夜勤担当である鬼の看護師長・大島さんが、差し入れの「プレミアム濃厚カスタードプリン」をナースステーションの冷蔵庫に隠し持っているというのだ。
病院食の薄味に飽き飽きし、甘いものに飢えていた中学生たちにとって、それは砂漠で見つけたオアシスのような情報だった。
「計画を説明する」と、タカシが面会室のホワイトボードに、下手くそな病院の地図を描く。
「まず、第一波としてレイジとマイがナースステーションの前を通る。レイジはわざと点滴スタンドをガラガラと大きく鳴らせ。師長が『こら、夜中に何してるの!』と注意しに席を立ったら作戦開始だ。誘い出し役だな」
「任せとけ。俺と相棒一号のコンビネーションを見せてやる」とレイジ。
「はーい!私、思いっきり足音立てて走るね!」とマイ。
「走るな、マイ。お前は病み上がりだ」
ユウカがすかさずシートベルトを締めるように釘を刺す。
「そして第二波」タカシが不敵に笑う。
「師長が二人を追いかけて視線を逸らした隙に、僕とシンジがナースステーションの裏口から潜入。冷蔵庫からプリンを奪取する!」
「えええっ!?僕も行くの!?無理無理、僕、緊張するとすぐお腹痛くなるもん!」
シンジが情けない声を出すが、タカシは容赦なくその肩を叩いた。
「シンジ、お前は影が薄い。隠密行動には最適なんだ。大丈夫、僕の完璧な指示に従えば、1分で終わる」
「あのさ、タカシ」
ユウカが手を挙げた。
「私の役割は? ちなみに私はお腹の傷が響くから、走ったり潜入したりはパスね」
「フッ、ユウカには最も重要な『司令塔』をやってもらう」
タカシはポケットから、おもちゃのトランシーバーを取り出した。
「これで僕たちに師長の動きを実況してくれ。ナースステーションの向かいにある給湯室に隠れれば、すべてが見渡せる」
「……これ、おもちゃじゃん。電波届くの?」
「試したら3メートルが限界だった」
「意味ないじゃん!」
ユウカの冷静なツッコミを無視して、タカシは「作戦開始だ!」と低く宣言した。
21時45分。静まり返った廊下に、作戦第一波の音が響いた。
――ガラガラガラガラ!!!
「おいレイジ、音が大きすぎるぞ!」
「いや、マイちゃんがスタンドを強めに押せって言うからさ!」
廊下の向こうから、明らかに不自然な大音量と話し声が聞こえてくる。
ナースステーションの主、大島看護師長(通称・要塞)がピクリと眉を動かした。
彼女は伊達に20年もこの病院の夜を守っていない。
「もう、あの子たちは……。消灯時間を過ぎて何してるの!」
師長は席を立ち、足早に廊下の奥へと向かった。引っかかった!
「よし、今だ。行くぞ、シンジ!」
給湯室の陰からタカシが合図する。
松葉杖をつきながらも、驚異的なステップでナースステーションの裏口へと滑り込んだ。
シンジも半泣きになりながら、その後ろを小走りで追う。
ナースステーションの中は、書類や医療モニターの光で青白く照らされていた。
「あった、あの白い冷蔵庫だ!」
タカシが指差す。
二人は抜き足差し足(一人は松葉杖)で冷蔵庫に接近した。
その頃、給湯室にいるユウカは、おもちゃのトランシーバーを耳に当てていた。
当然、何も聞こえない。ただのプラスチックの塊である。
「……何やってるんだろ、私」
ふと我に返ってため息をついた瞬間、ユウカは廊下の曲がり角から「別の影」が近づいてくるのに気づいた。白い巨体。いや、白衣を着た、やたらとガタイの良い男。
「あ、主治医の熊谷先生……!」
夜間の見回り(兼、夜食の買い出し帰り)の医師だ。
しかも、先生が歩いているルートは、まっすぐナースステーションに向かっている。
「大変、タカシたちがハサミ打ちにされる!」
ユウカは慌てて給湯室を飛び出し、痛むお腹を抑えながら、熊谷先生の前に立ちはだかった。
「おや、ユウカちゃん。こんな夜中にどうしたの? お腹痛む?」
「あ、いえ!あの!先生!……あ、星が綺麗ですね!」
「……え? ここ、窓ないけど」
「心の窓を開けるんです!それより先生、私、将来お医者さんになりたくて!先生の素晴らしい回診のコツを今すぐここで10分くらい熱弁してください!」
「ええっ!? 今、ここで!?」
ユウカ決死の、ものすごく雑な足止め作戦だった。
しかし、お調子者の熊谷先生は「いやあ、僕のファンかい? 参ったな、じゃあ特別に……」と嬉しそうに話し始めてしまった。作戦成功である。
一方、ナースステーション内。
「シンジ、早く開けろ!」
「開けたよ!……あ、あった!『プレミアム濃厚カスタードプリン』、ちゃんと5個ある!」
「よし、回収だ!」
シンジがプリンを掴み取ったその時、ナースステーションの自動ドアが『ウィーン』と開いた。
「ひえっ!?」
シンジの心臓が飛び出そうになる。
入ってきたのは――大島師長だった。
レイジとマイを捕まえ、自室に戻るように厳重注意したあと、予想以上のスピードで戻ってきたのだ。
「あら? 誰もいないわね。気のせいかしら」
師長は首を傾げ、デスクに戻った。
実はその時、タカシとシンジは、カウンターの真下にある「車椅子置き場」の隙間に、文字通り身を縮めて隠れていた。
タカシは松葉杖を脇に抱え、息を止めている。
シンジは恐怖のあまり、タカシのパジャマの裾をちぎれんばかりに握りしめていた。
プリンを入れた袋を抱えたまま、二人とも完全に石化している。
師長が書類をめくる音が、やけに大きく響く。
(まずい、これじゃあ一歩も動けない。完全に詰んだ……!)
タカシの額から冷や汗が流れる。天才策士の脳細胞がフル回転するが、この状況を打開するアイデアは浮かばない。
その時だった。
ナースステーションの受付電話が、けたたましく鳴り響いた。リーン! リーン!
「はい、ナースステーションです」
師長が受話器を取る。
「ええ、はい……えっ? 3階のラウンジに『白い服を着た髪の長い女の人』が立っている!? ナースコールが鳴ったから見に行ったけど誰もいない!?」
電話の向こうから聞こえるのは、3階の新人看護師の怯えた声(のフリをした、やけにハスキーな声)だった。
「ちょっと、落ち着きなさい! 今すぐ行くわ!」
師長は受話器を置くと、血相を変えてナースステーションを飛び出していった。
病院の怪談には、さすがの師長も弱いらしい。
「助かった……!」
タカシとシンジは、這うようにして車椅子置き場から這い出した。
「今の電話、一体誰が……?」
不思議に思いながらも、二人はプリンを死守し、命からがら面会室へと退却した。
10分後。面会室には、無事に脱出を遂げた5人が再び集まっていた。テーブルの上には、奪還に成功した5つのプレミアムプリンが並んでいる。
「いやー、一時はどうなるかと思ったよ! シンジ、お前よくプリンを離さなかったな!」
タカシが笑いながらシンジの背中を叩く。
「もう本当に死ぬかと思った……。僕、明日退院なのに、前日に強制退院させられるかと思ったよ……」
シンジはぐったりしながらも、プリンを見て少し目を輝かせている。
「それにしてもさ」
スプーンを配りながら、レイジが言った。
「あの師長を追い払ったナイスな電話、誰がかけたんだ? 俺とマイは自分のベッドに戻らされてたから、電話なんて使えなかったし」
「私でもないよ。私は熊谷先生の『僕と医学の歩み』っていう長い話をずっと聞いてたから」
ユウカが疲れた顔で首を振る。全員の視線が自然とタカシに集まる。
「え? 僕じゃないぞ。僕とシンジはカウンターの下で信楽焼のタヌキみたいに固まってたんだから」
全員が顔を見合わせた。
じゃあ、あの絶妙なタイミングで、3階の幽霊の噂を流して師長を呼び出したのは、一体誰だったのか?
「……ねえ、この病院の七不思議に『夜中にイタズラ電話をかける、お菓子好きの子供の幽霊』ってなかったっけ?」
マイがのんきに指をあごに当てて言う。
「ひ、ひえええええ!! やっぱり本物の幽霊じゃん!!」
シンジが飛び上がって叫んだ。
「待て、お前ら」
タカシが、プリンの袋の底に一枚の「紙切れ」が入っているのを見つけた。
そこには、殴り書きでこう書かれていた。『作戦丸聞こえ。おもちゃのトランシーバー、意外と音漏れするから気をつけなさい。プリンは今回だけ見逃してあげるから、食べたら早く寝ること! 3階夜勤・佐藤より』
「あ……」
全員が声を失った。どうやら、最初の作戦会議の段階で、近くを通りかかった3階の看護師の佐藤さんに計画が筒抜けだったらしい。
そして、哀れな師長を騙して彼らを助けてくれたのは、その優しい(そして少し悪ノリが好きな)看護師さんだったのだ。
「……ま、結果オーライだな!」
タカシがバツが悪そうに笑い、スプーンを掲げた。
「僕たちの勝利と、優しい佐藤さんに、乾杯!」
「「乾杯!!」」
5人は声を潜めてスプーンをぶつけ合い、念願のプリンを口に運んだ。
口いっぱいに広がる濃厚な甘さは、間違いなく、退屈な入院生活の中で一番特別な味がした。窓の外では、夜の病院が静かに佇んでいる。
明日シンジが退院すれば、この5人組は4人になる。でも、ここで過ごしたスリリングで馬鹿げた夜の記憶は、きっといつまでも、彼らの心に特別なカスタード色の思い出として残り続けるはずだ。
えっ、作中に登場する熊谷先生は、あの熊谷(雨竜)君かって!? さぁ、どうなんでしょうねぇ。




