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第1話 整備士というのは



 ラグナートの廃鉄区に足を踏み入れて、俺が最初に思ったことはひとつだった。


 ああ、ここ、絶対に靴底が汚れる場所だ。


 濡れた石畳の上には黒い油染みが広がり、その油染みの上に鉄粉が混じり、さらに誰かが落としたらしい銅色のワッシャーや、用途不明の小さな歯車や、欠けた魔石の破片が散らばっている。普通の観光客なら一歩目で顔をしかめるだろうし、綺麗好きな貴族様なら馬車の窓を閉めて通り過ぎるだろう。俺はというと、足元を見ただけで少し嬉しくなった。


 油がある。


 鉄がある。


 部品が転がっている。


 つまり、ここには機械がある。


 廃鉄区の入り口から伸びる大通りは、街道区のきちんと整備された道とは別物だった。幅は広いのに、あちこちに解体待ちの車両や魔導機関の残骸が置かれていて、実際に通れる部分は思ったより狭い。右手には錆びた車輪ばかり積み上げた店があり、左手には壊れた魔導ランプを山のように吊るした露店がある。奥の方では巨大な腕のようなクレーンがぎしぎし音を立てながら、半壊した貨物車両を持ち上げていた。


 クレーンの先端には、青白く光る魔石がはめ込まれている。


 吊り上げられた車両は、俺の知っているトラックに少し似ていた。運転席らしき箱、後部の荷台、太い車軸、鉄の補強が入った木製の床板。形は無骨で、空力なんて言葉とは一生縁がなさそうな四角さをしている。車体下部には大きな円筒形の機関が収まっていて、その横に配管と小さな歯車が複雑に絡んでいた。


 おそらく、魔導機関。


 燃料は魔石。


 圧力か、魔力変換か、あるいはその両方で駆動力を作って、ギアを通して車輪へ伝えているのだろう。見たところ、前輪の切れ角はかなり少ない。小回りは苦手そうだ。ブレーキ機構も外から見える限りでは単純で、摩擦板を押し当てる形式に近い。下り坂で荷を満載したら、運転手の腕と祈りが必要になるタイプである。


「うわ、怖いなあれ。よく公道走らせてるな」


 思わず口に出た。


 隣を歩いていた作業服の若い男が、俺をちらっと見たあと、やけに真面目な顔で言った。


「あれでも三年前の新型っすよ、旦那」


「三年前であれか」


「まあ、廃鉄区に流れてきた時点で新型も旧型もないっすけどね。動けば勝ち、止まれば負けっす」


「整備士としては聞き捨てならない価値観だな」


「整備士なんすか?」


「たぶん」


「たぶん?」


 若い男は困惑した顔をした。


 俺も困惑している。


 前世では間違いなく整備士だった。こちらの世界では、身体の持ち主であるガルドはハンターらしい。つまり今の俺は、元自動車整備士の記憶を持つ、たぶん凄腕のハンターという、職業欄に何を書けば役所の人が首をひねる存在である。転生初日から履歴書で詰むとは思わなかった。


「まあ、車両を見るのは好きだ」


「廃鉄区じゃ、そういう奴は大歓迎っすよ。財布の中身が残ってる間は」


 若い男はそう言って笑い、部品箱を抱え直して走っていった。


 財布の中身。


 大事な問題だ。


 俺は懐の革財布を軽く叩いた。硬貨はそれなりに入っている。ガルドという男がどれほどの財産を持っていたのかは分からない。路上で目覚めた時点で身ぐるみを剥がされていなかったのは幸運だった。さらに財布まで残っているのだから、この街の治安は思ったより悪くないのか、この身体の顔が物騒すぎて誰も手を出せなかったのか、そのどちらかだろう。


 廃鉄区を少し歩いただけで、この世界の機械文化がなんとなく見えてくる。


 まず感じたのは、この街では物というのは壊れるまで使い潰すものではなく、壊れてからが本番だという感覚で回っているらしい、ということだった。


 通りを歩いているだけでも、それは何となく分かる。


 工房の軒先には刃こぼれした工具が無造作に積まれ、その横では職人が砥石を回して刃を立て直している。荷車の車輪は継ぎ接ぎだらけで、新しい木材より古い補修跡の方が多いくらいだ。蒸気配管なんかもそうで、漏れた箇所だけ金属板を当てて留め、さらに駄目になれば別の継ぎ手を噛ませて延命している。見た目は正直あまり綺麗じゃないが、不思議と雑な感じはしなかった。


 むしろ、「まだ使えるものを捨てる方が惜しい」という空気がある。


 削れた歯車は削り直し、曲がった軸は熱して叩き、割れた外装は板を当てて補強する。それでも駄目なら今度は部品単位で解体して、使える箇所だけ別の機械へ回す。そういう循環が、ごく当たり前の顔で街に根付いていた。


 考えてみれば当然だ。魔導車の値段はまだ分からないが、通りを走っている台数を見る限り、庶民が気軽に乗り回せる代物ではなさそうだった。車体ひとつ組むだけでも、鉄材、魔石、圧力機関、配管、制御部品と金が飛ぶ。だったら、使える部品を何度も再利用する方が現実的だ。


 店先に並んでいるのも、ほとんどが使い込まれた中古部品だった。


 磨かれて鈍く光っている歯車もあれば、昨日まで泥の中に埋まっていたみたいな車輪もある。連結軸、蒸気配管、圧力弁、魔石固定具、魔導灯、座席、操作桿、工具、用途不明の計器類。形を見ただけでは何に使うのか分からない部品まで雑多に積み上げられていて、その光景は解体屋というより機械の臓物置き場に近かった。


 客もまた、慣れたものだった。


 棚に積まれた部品を無造作に掴んだかと思えば、まずは手のひらで重さを量り、次に指先で角をなぞり、欠けや歪みを確かめる。小さな歯車を爪で弾いて澄んだ音がするか聞く者もいれば、軸受けを耳元で転がし、内側に砂を噛んでいないか探る者もいる。魔石灯の青白い光に透かして、金属の表面に走る細かな亀裂を見ている者もいた。油の焼けた匂いを嗅いで顔をしかめるあたりなど、前世の中古パーツ屋で見たおっさんたちと大差ない。


 中には、腰の工具袋から小さな測定具を取り出し、ネジ山の間隔や軸径を真剣な顔で測っている職人もいた。前世で言うならノギス片手にジャンク箱を漁る人間である。場所が異世界の廃鉄区でも、やっていることはだいぶ馴染み深い。いい部品は目で見て、手で触って、音を聞いて選ぶ。そこまでは俺にも分かる。


 ただし、この世界ではそこにもう一工程加わるらしい。


 魔力確認だ。


 買い手の何人かは、気になった部品に指先を当て、目を閉じるようにして静かに魔力を流していた。するとくすんだ金属の表面に、細い血管のような淡い光がすっと走る。魔石回路が生きている部品は、その光の流れが滑らかで、途中で引っかかることなく端子から端子へ抜けていく。反対に死にかけた部品は光が途中でちらつき、息切れした蛍みたいに弱く明滅した。完全に駄目なものに至っては、いくら指を当てても沈黙したままで、ただの重い金属塊にしか見えない。


 なるほど、テスター代わりか。


 理屈はまだ分からない。魔力が電気みたいなものなのか、それともまったく別の現象なのかも判断できない。だが、やっていること自体は案外整備士的だった。導通を見る。反応を見る。負荷をかけた時に落ちるかどうかを見る。前世では電圧や抵抗値を測っていた人間が、今は魔力の通りを目で追っている。表示される数字がないぶん職人の勘がものを言うのだろうが、根っこの発想は同じだ。


 面白い。


 世界が変わっても、機械屋のやることは大して変わらないのかもしれない。


 ある店先では、初老の男が小型の魔石機関を分解していた。


 年季の入った革エプロンを着た職人で、袖を肘までまくった腕は油と煤で黒く汚れている。指は太く、節くれ立ち、爪の間には金属粉が入り込んでいた。綺麗な手ではないが、いい手だった。毎日何かを掴み、締め、叩き、削り、直してきた人間の手だ。俺はその手を見ただけで、少し信用したくなった。こういう手をした人間は、口が悪くても仕事はごまかさないことが多い。


 男は分解した機関の中から親指ほどの魔石を取り出し、金属製の小さな台座へ嵌め込んだ。台座には細い溝がいくつも刻まれていて、そこから銀色の配線めいたものが羽根車の軸へ伸びている。男が親指で魔石を軽く押さえると、石の奥に眠っていた火が起きるように、ぼうっと青白い光が灯った。


 同時に、台座の内部で小さな回転軸が低く唸った。


 接続された羽根車が、最初は遠慮がちに、やがて勢いを増してくるくると回り始める。回転は一見滑らかだった。だが、音にほんの少し濁りがある。耳を澄ませば、一定の唸りの中にかすかに引っかかるような間が混じっていた。羽根の軸も完全な円を描いていない。ほんのわずかだが、左右に振れている。


 ああ、これは気持ち悪い。


 前世で傷んだベアリングを見た時の感覚に近い。放っておけば今すぐ壊れるほどではない。けれど、負荷をかけて長く回せば、どこかで熱を持ち、音が大きくなり、最後には周りの部品まで巻き込んで駄目にする。そういう種類の不調だった。


 男も同じものを見ていたらしい。


 しばらく羽根車の揺れを睨んだあと、ふん、と鼻を鳴らした。


「……駄目だな。芯が死にかけてやがる」


 そう言って、男はためらいなく魔石を外した。惜しむ様子はない。使えるものと使えないものの境目を、仕事の中で何千回も見てきた顔だった。次に別の部品を持ち上げ、同じように台座へ合わせる。その動きに無駄はなく、客に見せるための派手さもない。ただ、確認し、判断し、次へ進む。それだけだ。


 俺は思わず足を止めて見入っていた。


 軸ブレの見方も、回転音の聞き方も、駄目な部品を切り捨てる時の顔も、妙に見覚えがある。異世界だろうが、魔石だろうが、蒸気だろうが、工房にいる職人という生き物は案外変わらないらしい。工具の形や動力の名前が違うだけで、壊れるものを前にした時の目つきは、どこの世界でも同じなのだ。


 なんだか少し安心した。


「軸が歪んでる。二割引きだな」


「冗談じゃねぇ、そいつは南鉱山の風石だぞ。回りが悪いのは台座の方だ」


「台座のせいにするなら台座も売れ。まとめて買ってやる」


「買う気あるのか、喧嘩売ってんのか、はっきりしろ!」


 いい。


 すごくいい。


 見た目は異世界、会話は完全に工具市の値切り合いである。前世で中古パーツ屋を回っていた時の空気に近い。売り手は強気、買い手は疑り深い。お互いに相手が嘘をつく前提で会話をしているくせに、部品が良ければ妙に敬意を払う。こういう場所では、肩書きより目利きが大事になる。


 俺は露店のひとつに足を止めた。


 そこには、魔導車両用と思われる小型の機関部品が並んでいた。円筒形の筒、内部に羽根車、外側に魔石を固定するための爪、圧力を逃がす弁、熱を逃がすためのフィン。小型のタービンに似ている。燃焼ガスではなく、魔石から取り出した魔力を圧縮風か蒸気に変えて羽根を回す仕組みだろうか。


「おい、そこの大きい旦那。見る目あるねぇ」


 店主が声をかけてきた。丸い腹をした中年で、額にゴーグルを乗せている。


「これは何だ?」


「風圧補助機だよ。荷車用の魔導車に後付けするやつだ。坂道で踏ん張りが効く。古いけどまだ使える」


「後付けターボみたいなものか」


「たーぼ?」


「こっちの話だ」


 俺は部品を手に取った。重量はそれなりにある。外装は鋳物、加工精度は悪くない。ボルトの頭は六角ではなく、星形に近い。前世の工具は使えない。専用工具が必要になる。軸を指で回すと、わずかに引っかかりがあった。ベアリングに相当する部分が傷んでいるのか、内部に異物が噛んでいるのか。


「回りが渋いな」


「古いからな」


「古いだけなら、もっと均一に重い。これは一か所だけ引っかかる。中で欠けた羽根の破片が噛んでるか、軸受けの片側が削れてる」


 店主の目が少し細くなった。


「旦那、機関屋か?」


「車屋だ」


「車屋? どこの組合だ?」


「……まだ未加入だな」


 自分で言って、少し変な気分になった。


 この世界に整備士の組合があるなら、登録した方がいいのだろう。資格制度があるのか、師弟制なのか、勝手に触ると怒られるのか。分からないことだらけである。車を触りたいだけなのに、制度が壁になる可能性がある。まあ、前世でも認証工場だの指定工場だの車検制度だの、面倒な手続きは山ほどあったので、書類仕事から逃げられない運命なのかもしれない。


 店主は俺の顔をまじまじと見た。


「未加入で、その目利きかい。妙な旦那だな。ま、廃鉄区に普通の奴なんざ来ねぇけどよ」


「普通じゃないのは自覚してる」


「買うか?」


「今は見てるだけだ。こっちの車両構造を知りたい」


「勉強熱心なこった。なら、もっと奥へ行きな。解体場の裏に機関屋が集まってる。半端な知識で行くと財布ごと分解されるけどな」


「部品取りされないよう気をつける」


 店主に礼を言い、さらに奥へ進んだ。


 廃鉄区の奥は、入り口付近よりずっと濃かった。


 何が濃いかと言えば、匂いと音と人相である。


 積み上がった鉄骨の間に細い通路が伸び、その左右に半地下の工房が並んでいる。どの工房も入口を大きく開け放ち、中では職人たちが機械をばらし、磨き、叩き、組み直していた。火花が散り、魔石が光り、蒸気が噴き、怒鳴り声が飛ぶ。看板には「歪み軸修正」「魔石炉心再封入」「車輪組み替え」「違法品お断り、ただし相談可」などと書かれている。


 最後の看板はお断りする気がない。


 道の端には、解体された魔導車のフレームが横たわっていた。俺はしゃがみ込み、下回りを覗き込んだ。


 構造はかなり興味深い。


 まず、車体骨格は思ったよりまともだった。


 いや、異世界に来たばかりの俺が「まとも」と判断するのもどうかと思うが、少なくとも見た目だけの張りぼてではない。左右に太い縦桁が通り、そのあいだを何本もの横桁でつないだ、いわゆる梯子型フレームに近い構造をしている。材質は鉄そのものというより、鋼に近い合金だろう。表面は黒く焼けたような色をしていて、ところどころに青白い細線が走っている。溶接跡のようにも見えるが、指でなぞるとわずかに魔力の気配がある。補強と魔力伝導を兼ねた導線を、フレームの表層に焼き込んでいるらしい。


 フレーム中央には、大きな魔石炉を固定するための台座があった。かなり頑丈な造りで、四方を太いブラケットで抱え込み、さらに振動を逃がすための緩衝材が挟まれている。ここが心臓部だ。魔石炉で発生した力を回転に変え、そこから前後へ太いシャフトを伸ばしている。シャフトの先には歯車箱があり、左右の車輪へ駆動力を分ける仕組みになっていた。


 デフに相当する機構も、一応ある。


 一応、というのが大事だ。左右の回転差を吸収する発想はあるのだが、作りはかなり力任せだった。歯車の噛み合わせは太く、丈夫そうではあるものの、精度はあまり高くない。旋回時に内輪と外輪の回転差を完全には逃がしきれないはずで、低速ならまだしも、荷を積んで無理に曲がれば駆動系にかなり負担がかかる。車輪側の外輪材も早く減るだろうし、最悪の場合、軸受けから先に悲鳴を上げる。


 実際、右後ろのハブ周りには嫌な擦れ跡があった。


 あれは見覚えがある。前世でも、整備を後回しにされた車がよくああいう顔をしていた。持ち主は「まだ走るから大丈夫」と言う。たしかに走るには走るのだが、全然大丈夫ではない。走ることと壊れていないことは、似ているようで別物なのである。


 車輪も興味深かった。


 俺の知っているゴムタイヤではない。金属製の円盤に近いホイールの外周へ、黒い樹脂質の外輪材が厚く巻かれている。その外側を、細い金属帯が何本か押さえていた。触ってみると、完全な硬質素材ではなく、わずかに沈み込む。弾性はある。ただし、空気入りタイヤのように衝撃をふわりと受け止めるものではない。どちらかと言えば、硬いウレタン車輪に近い感触だ。


 石畳の上を走れば、振動はかなり来るだろう。


 それでも鉄輪よりはずっとましだ。馬車より速度を出せて、荷物も積めて、整備さえしていれば長距離にも耐える。そう考えれば、この世界の技術水準としては悪くない。空気入りタイヤがまだ一般化していないのか、それとも魔導車の重量や魔力熱に耐えられる素材がないのか。どちらにしても、ここは改良の余地が山ほどある。


 サスペンションは板バネに近かった。


 重ねた金属板で車軸を吊り、荷重を受ける。構造としては古典的だが、信頼性は高い。問題は、その板バネにも例の青白い細線が入っていることだった。どうやら荷重がかかったとき、魔力で反発を補助する仕組みらしい。発想としては面白い。重い荷を積んだときだけ補助が入るなら、乗り心地と積載性能を両立できる。


 ただ、壊れたときが怖い。


 機械式だけなら、折れる、曲がる、外れる、で済む。いや、済んではいないのだが、少なくとも目で見ればだいたい分かる。ところが魔導式が絡むと、話が一気にややこしくなる。魔力の流れが悪いのか、導線が切れかけているのか、魔石の出力が落ちているのか、それとも制御側が馬鹿になっているのか。症状は同じでも原因が違う。前世で言えば、足回りの異音を追っていたら、最後に電子制御ダンパーのエラーにたどり着くようなものだ。


 整備士泣かせである。


 面白いけど。


「……うーん、基本構造は分かる。分かるけど、魔力系統が混ざると一気に面倒だな」


 俺は独り言をつぶやきながら、魔石炉から伸びる配管と導線の束を覗き込んだ。


 配管の取り回しは、かなり荒い。蒸気圧を逃がす管、冷却用らしき管、魔力を伝える導線、それに油を回すための細い管が、狭い空間にぎゅうぎゅう押し込まれている。整備性はあまり考えられていない。たぶん設計した奴は、組み上げたあとに自分で手を突っ込む気がなかったのだろう。そういう設計者は前世にもいた。会ったことはないが、何度か心の中で工具を投げたことがある。


 さらに厄介なのは、ネジ規格だった。


 統一されていない。


 ある部分は細目、別の部分は粗目、さらに別の場所では六角でも四角でもない妙な締結具が使われている。古い工房の部品を流用したのか、途中で別メーカーの機関に載せ替えたのか、修理のたびに現物合わせで延命してきたのか。たぶん全部だ。こういう車両は、履歴がそのまま身体に残る。人間の傷跡みたいなものだ。


 これは現場が地獄だ。


 専用工具がなければ外せない部品があり、外したところで同じ規格の交換品が見つかる保証もない。新品を注文して済む世界ではないのだろう。廃鉄区に部品取りの残骸が山ほど積まれている理由が、少し分かった。ここでは図面どおりに直す職人より、目の前の壊れた機械を見て、使える部品を探し、削り、合わせ、なんとか走らせる職人の方が重宝される。


 なるほど。


 いいじゃないか。


 面倒で癖が強くて、油断すると指を挟みそうで、しかも規格がぐちゃぐちゃ。


 だが、走る。


 直せば、まだ走る。


 そういう機械を前にすると、どうにも胸の奥が落ち着かなくなる。整備士というのは厄介な生き物だ。壊れているものを見ると困るくせに、直せそうな壊れ方をしていると、少しだけ嬉しくなってしまう。


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