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第2話 廃鉄区の匂いと、ドワーフ技師



「おい、そこのでけぇの」


 背後から、金属を削るヤスリみたいに低くざらついた声が飛んできた。


 俺は魔導車の下回りから顔を上げ、ゆっくり振り返った。


 そこに立っていたのは、横に広い男だった。


 いや、背丈だけ見れば低い。俺の今の身体と比べれば、せいぜい胸元くらいまでしかない。だが、そんな感想は一歩近づいた瞬間に吹き飛ぶ。分厚い胸板、異様に張った肩、短い首、鍛冶用ハンマーでも片手で振り回しそうな前腕。全体的な密度が違う。人間を圧縮して、そのまま鉄床の上で鍛え直したみたいな体格をしていた。


 ひげは赤銅色で、胸元まで編み込まれている。その先には小さな金具がいくつも留められていて、歩くたびにかちゃりと乾いた音を立てた。革の作業着は煤と油で黒ずみ、腕まくりした袖口には古い火傷跡がいくつも走っている。胸当て代わりに着けている分厚い革エプロンには、鉄粉が銀色にこびりついていた。どう見ても現場の人間だ。それも、机の上で図面だけ引くタイプではない。熱した金属と怒鳴り声の中で生きてきた職人の顔だった。


 額には分厚いゴーグルが押し上げられている。煤で曇ったレンズの端には細かな傷が無数についていて、長年使い込まれているのが分かった。腰には工具がずらりと吊られていた。レンチ、ハンマー、刻印棒、測定具らしき金属棒、それに見たことのない魔導工具まで混ざっている。歩く工具箱である。


 そして、右手には巨大なスパナ。


 工具というより鈍器に近いサイズだった。前世なら工場の壁に飾ってありそうな代物を、この男は片手でぶら下げている。しかも重そうに見えない。握り込んだ前腕の筋肉が、革手袋の上からでも盛り上がっていた。


 身長だけなら低い。


 なのに、妙な威圧感がある。


 大型肉食獣というより、小型の重機に睨まれている感じだ。たぶんこの男、怒鳴るだけで新人職人を三人くらい泣かせられる。


 ドワーフ。


 たぶんドワーフ。


 前世のファンタジー知識が、頭の中で静かに鐘を鳴らしていた。


 鍛冶。酒。ひげ。頑丈。職人気質。


 うん、だいぶテンプレ通りだ。


 ただし、実物を前にすると「ファンタジー種族だなあ」みたいな感想より先に、「握手したら指の骨をやられそうだな」が来るあたり、俺もだいぶ現場寄りの感性になっている気がする。


「そいつは売り物じゃねぇ。見るなら触るな。触るなら買え。買うなら値切るな」


「三つ目だけ急に店に有利すぎないか」


「当たり前だ。こっちは飯を食うために商売してる」


「それは分かる」


「分かるなら、勝手に下回りを覗き込むな。お前みたいな顔の奴がしゃがんでると、周りが事故車でも出たのかと思う」


 顔で事故扱いされた。


 ガルドの顔、どれだけ物騒なんだ。


 俺は立ち上がり、軽く頭を下げた。


「悪い。構造が気になった」


「構造ぉ?」


 ドワーフは目を細め、俺の顔から手元、そして車両の下回りへ視線を移した。


「何が分かった」


 低い声だった。


 怒鳴っているわけではないが、腹に響く。工房の騒音の中でも通る声だ。俺はしゃがんだまま、車体下の配管を指で示した。


「まず、基本構造は梯子型フレーム寄りだな。縦桁と横桁で組んでる。材質は鋼系の合金っぽいけど、表面に魔力導線を焼き込んで補強してる。中央炉式で、魔石炉の回転をシャフトで後ろへ送ってる構造だ。駆動は後輪寄り。前輪は操舵専用に近い」


 俺は指先で、車軸の接続部を軽く叩いた。


「ただ、前輪操舵の遊びが大きい。たぶんラック側じゃなく連結棒側が摩耗してる。切り始めに遅れが出るはずだ。速度が乗った状態で急に避けようとすると、半拍遅れて鼻先が流れる」


 ドワーフの眉がわずかに動く。


 図星らしい。


「左右輪の差動機構も一応あるけど、かなり粗いな。噛み合わせが大味だ。低速だと問題ないが、積載状態で石畳を曲がると駆動側に負荷が残る。だから右後輪の外輪材だけ減りが早い」


 俺は車輪の縁を指でなぞった。


 黒い樹脂外輪の表面には、片側だけ細かな亀裂が集中している。さらに、金属帯の押さえ方にもわずかな偏りがあった。


「外輪材は樹脂系だな。弾性はあるけど、空気圧で支える構造じゃない。衝撃吸収は材質任せだ。だから荷重を積むと、どうしても接地側から潰れていく。長距離走るなら定期的に向きを変えた方がいい」


 危うく「前世のタイヤなら」と言いかけて、俺は少しだけ言葉を飲み込んだ。


 異世界転生しました、なんて話を初対面の職人にしても、頭のおかしい奴扱いされるのがオチだろう。いや、この世界なら「呪われたか?」くらいで済むかもしれないが、それはそれで面倒だ。


「サスペンションは板バネ式に近い。ただ、金属板の間に魔力補助線が入ってる。荷重がかかったとき反発を補助してるんだろうが、これ、導線が片側だけ死んだら挙動が狂うぞ。段差を踏んだ瞬間、片輪だけ妙に跳ねるはずだ」


 そこまで言ってから、俺は魔石炉脇の固定具を見上げた。


「あと整備性が悪い」


「ほう?」


「ネジ規格が統一されてない。こっちは細目、こっちは粗目、こっちは頭の形そのものが違う。たぶん工房ごとに規格が違うんだろうが、修理のたびに混ざってる。現場の職人、泣いてるだろこれ」


 言い終えてから、俺は「あ」と思った。


 少ししゃべりすぎた。


 知らない世界で、知らない技術を前にして、どうにも頭の回転が勝手に上がっていたらしい。機械の前に立つと口数が増えるのは、前世からの悪い癖だった。


 店でもそうだった。


 客に「最近ちょっと変な音がして」と言われ、最初は「まあ簡単に説明するとですね」と穏やかに始める。そこから足回りの荷重変化がどうとか、ベアリングの摩耗がどうとか、最終的には「この年代のメーカーはここが弱いんですよ」と熱弁し、気づけば三十分経っている。


 その頃には、客はだいたい目が死んでいた。


 俺としては楽しかったのだが、世の中の全員が機械の話を好むわけではないらしい。


 工房の熱気の中、ドワーフはしばらく黙っていた。


 周囲では鉄を叩く音が響き、どこかで蒸気が吹き、誰かが怒鳴っている。油と煤の匂いが鼻に残る。その騒がしさの中で、妙にその沈黙だけが重かった。


 やがて、ひげの奥の口元がゆっくり歪む。


 笑った。


 獲物を見つけた鍛冶屋みたいな、実にろくでもない笑い方だった。


「ほう」


 その一言には、面白がる響きがあった。


「お前、どこの工房の者だ」


「工房には所属していない。少なくとも、今は」


「今は、ねぇ。妙な言い方しやがる」


「こっちにも事情がある」


「廃鉄区に事情のない奴なんざいねぇよ。名前は」


「ガルド……らしい」


「らしい?」


「記憶が少し曖昧でな」


「酒か、呪いか、頭を打ったか、女か」


「最後だけ分類がおかしい」


「女で記憶を飛ばす奴は珍しくねぇ」


「俺は違うと思いたい」


 ドワーフは短く笑った。


「俺はボルツ。ボルツ・ガラン。廃鉄区で機関屋をやってる」


「片桐……いや、ガルドだ」


 前世の名を言いかけて、飲み込んだ。


 まだ、片桐修司という名をこちらでどう扱えばいいのか分からない。俺にとっては本名だ。こちらの世界では、誰も知らない音でしかない。ただ今はガルドとして動くしかないのだろう。どうにも他人の作業着を着ているような感覚があるけれど、そのうち馴染むのかもしれない。


 ボルツは俺をじろじろ眺めた。


「…どっかで見覚えがあるなとは思ったが、黒狼のガルドってのは、お前か」


「あちこちでそう呼ばれる。どうやら、そうらしい」


「自分の二つ名に自信がねぇ奴を初めて見たぞ」


「俺も二つ名を持つのは初めてだ」


「昔から持ってただろうが」


「その辺りの記憶が怪しい」


「本当に頭でも打ったのか」


 ボルツは呆れたように鼻を鳴らしたあと、俺が見ていた車体をスパナの先で軽く叩いた。


「こいつを見て、整備性が悪いと言ったな」


「言った」


「なぜ悪いと思う」


「同じ目的の締結部品に複数の規格が混在してる。配管の取り回しも後付けが多すぎる。炉心から補助機までの魔力線が熱源の近くを通っている。冷却を考えるなら、せめて隔壁を入れるか、取り回しを変えたい。あと、点検口が狭い。これだと奥の弁を外すのに周辺部品を三つ以上外す必要がある」


 ボルツはさらに黙った。


 怒らせたかと思った。


 職人の前で、その職人が扱っている機械にあれこれ言うのは危険だ。前世でも、自作車を持ち込んできた客に「これ、配線が燃えます」と言うと、相手が不機嫌になることがあった。燃えるものは燃えるので言うしかないのだが、言い方には気をつける必要がある。


 ボルツは、急に大きな声で笑った。


「がははははっ! おもしれぇ! 黒狼が車の下を覗いて整備性に文句つける時代が来るとはな!」


「笑うところか?」


「笑うところだろ。お前、昔は依頼帰りに車両を蹴って壊すと評判だったぞ」


「最悪じゃないか、昔の俺」


「蹴ったのは魔物に半分食われた護送車だ。動かねぇから腹が立ったんだろうよ」


「動かないから蹴るのは整備士として許しがたい」


「整備士じゃねぇだろ」


「魂は整備士だ」


「何言ってんだ、お前」


 ボルツは笑いながら、俺に手招きした。


「来い。面白ぇもんを見せてやる」


「金はあまり使えないぞ」


「いきなり買わせるほど俺は親切じゃねぇ」


「親切の意味を確認したい」


「見るだけなら銅貨一枚、質問するなら銀貨一枚、手を出すなら覚悟を出せ」


「最後の支払い方法が物騒だな」


「廃鉄区じゃ一番確実な通貨だ」


 そう言って、ボルツは狭い路地へ入っていった。


 俺は少しだけ迷い、それから結局、ボルツの背中を追った。


 知らない土地で、初対面の相手についていくのは本来なら避けるべきだ。しかも相手はドワーフである。身長こそ俺より低いが、横幅と密度が尋常じゃない。腕なんて、俺の太ももくらいありそうだった。作業着の袖がぱんぱんに張っていて、その腕で巨大なスパナを肩に担いでいる。もし殴られたら、人間の頭くらいなら工具箱みたいにへこみそうだ。


 普通なら警戒する。


 前世でも、「うまい話には裏がある」は嫌というほど見てきた。中古車売買なんて特にそうだ。妙に愛想のいい営業、都合の悪い部分だけ説明をぼかす業者、開けたら中身が別物だったエンジン。人間、金と機械が絡むと平気で嘘をつく。


 けれど、ボルツの目は違った。


 あれは詐欺師の目じゃない。


 機械を前にした職人の目だ。


 壊れているものを見ると放っておけず、知らない構造を見ると腹の底がむず痒くなり、とりあえず一回分解して中身を見たくなる類の人間――いや、ドワーフの目だった。


 たぶん信用できる。


 たぶん。


 この「たぶん」が多いのは、俺が異世界一日目だからである。慎重なのか雑なのか、自分でもよく分からない。


 ボルツは振り返りもせず、ずんずん歩いていく。俺はその後ろをついていった。


 路地の奥へ進むほど、廃鉄区の空気は濃くなっていった。


 頭上には何本もの配管が蜘蛛の巣みたいに走り、継ぎ目から白い蒸気を細く漏らしている。配管の太さも材質もばらばらで、新しいものの横に、何十年使われているのか分からない錆びた管が平然と混ざっていた。ところどころで圧力弁が鳴り、小さな蒸気音が断続的に響く。その音が妙に生き物じみていて、街全体が巨大な機関の内側みたいだった。


 壁には古い魔石灯が埋め込まれている。


 青白い光は均一ではなく、時折わずかに明滅した。魔力供給が不安定なのか、それとも灯具そのものが寿命なのか。前世なら「蛍光灯替えろ」で済む話だが、こっちは魔石である。整備方法も違うのだろう。油に濡れた石畳へその光が反射し、路地全体を薄暗く照らしていた。


 鼻をつく匂いも複雑だった。


 鉄の焼ける匂い、油、煤、湿った石、酒、香辛料、それに魔石特有なのか、ほんの少し金属臭に似た刺激臭が混ざっている。空気は決して綺麗じゃない。むしろ工場地帯そのものだ。なのに、不思議と嫌な感じはしなかった。


 横道には、様々な店が肩を寄せ合うように並んでいた。


 古い歯車や軸受けを山積みにした部品屋。赤熱した金属を叩き続ける鋳造屋。怪しい色の魔石を並べた鑑定屋。壁一面にスパナやハンマーが吊られた工具屋。解体請負所と書かれた看板の前では、半分ほどバラされた魔導車が逆さ吊りにされている。


 さらに奥には食堂があり、昼間から酒場では怒鳴り声が飛び交い、二階の窓には洗濯物が干されていた。宿らしい建物の入口では、煤だらけの作業着を着た男が椅子に座ったまま眠っている。


 子供たちまで、遊び方がこの街仕様だった。


 小さな車輪を棒で転がして走り回る子供。壊れた歯車を組み合わせて何かを作っている子供。片輪の荷車に乗って坂を滑り降り、後ろで大人に怒鳴られている馬鹿ガキまでいる。


 その横を、作業用らしい小型魔導車が低い機関音を鳴らしながらのろのろ通り過ぎていく。運転しているのは若い女で、片手でハンドルを握りながら、もう片方の手で工具袋を押さえていた。荷台には鉄材と配管が無造作に積まれている。


 生活がある。


 俺はぼんやりそう思った。


 ここは単なる廃棄場じゃない。


 壊れたものを集め、直し、削り、継ぎ足し、売って、飯を食って、酒を飲んで、眠って、翌日また機械を叩く場所だ。


 新品だけで回る世界ではない。


 誰かが壊し、誰かが拾い、誰かが直すことで、この街は動いている。


 前世の整備工場にも、少し似ていた。


 最新の新車だけ触って生きていける店なんて、一握りだ。現実には、古い車を騙し騙し延命し、部品がなければ探し、なければ削って合わせ、どうにか走らせる。客は「あと二年だけ乗りたい」と言い、整備士は頭を抱えながらも、結局なんとかしてしまう。


 そういう現場の匂いが、この廃鉄区には満ちていた。


 俺は気づかないうちに、少し笑っていたらしい。


 前を歩いていたボルツがちらりと振り返り、ひげを揺らして鼻を鳴らした。


「なんだ、小僧みてぇな顔しやがって」


「いや……なんつーか、いい街だなと思って」


「はっ。変わった野郎だ」


 そう言いながら、ボルツの声は少しだけ嬉しそうだった。

 


 ボルツの工房は、廃鉄区のさらに奥――配管と煙突が空を覆い始めるあたりにあった。


 表通りから何本も路地を折れ、解体屋の山積みになった残骸の横を抜け、蒸気漏れで白く霞んだ通路を進んだ先だ。周囲には似たような工房がいくつも並んでいるが、その中でもひときわ音が大きい。


 金属を叩く音。


 回転工具が火花を散らす音。


 どこかで蒸気弁が鳴き、低い機関音が腹に響いている。


 工房というより、小型の工場に近かった。


 入口の上には、煤で黒ずんだ看板がぶら下がっている。


『ガラン機関工房』


 文字の端は熱で焼けたみたいに焦げ、片側には金属板で雑に補修した跡があった。古い看板だ。だが、長く使われている工房ほど、看板は大抵こういう顔になる。


 入口は分厚い鉄扉になっていて、その片側だけが開いている。


 開いた隙間から熱気が流れ出してきた。


 油と鉄と煤、それに焼けた金属の匂い。


 前世で何百回も嗅いだ、工場特有の空気だ。


「おう、戻ったぞ!」


 ボルツが工房に入るなり叫ぶと、中で作業していた数人が顔を上げた。


 ドワーフが二人。人間の若者が一人。獣人らしき耳のある少女が一人。皆、作業着姿で、顔や手が油で汚れている。工房の奥には解体中の魔導車が一台、中央の整備台に載せられていた。壁には工具がずらりと並び、天井からはチェーンブロックのような吊り具が下がっている。床にはレールがあり、車両を奥の作業区へ移動できるようになっていた。


 俺は入口で立ち止まった。


 これは、いい工房だ。


 広さは前世の俺の店より大きい。設備も多い。床は汚れているが、工具の配置はきちんとしている。雑然としているようで、使うものは手の届くところにある。魔石を保管する棚には防護板があり、危険な薬剤らしき瓶には印がついている。職人が本気で働く場所の匂いがした。


「親方、そのでかい人は?」


 獣人の少女が耳をぴんと立てて尋ねた。猫系だろうか。手には油まみれの布を持っている。


「拾った」


「またですか」


「今回は部品じゃねぇ。生き物だ」


「生き物を拾ってこないでください」


「黒狼のガルドだぞ」


 工房内の空気が、ぴたりと止まった。


 獣人少女の耳がさらに立ち、人間の若者が持っていたレンチを落とし、奥のドワーフが「は?」という顔でこちらを見た。俺は居心地が悪くなり、軽く手を上げた。


「どうも。黒狼かどうかは本人にもよく分かってないガルドです」


「本人が一番分かってない挨拶って何ですか」


 獣人少女のツッコミは鋭かった。


 ボルツは楽しそうに笑い、俺を整備台の前へ連れていった。


「こいつが今うちで見てる車両だ。ラグナート東門の穀物商会が使ってた中型魔導貨物車。三日前に坂で止まって、煙を吐いて、最後は運転手が泣きながら馬で引いて帰ってきた」


「症状だけ聞くと、燃料系か冷却系か駆動伝達系か、全部ありそうで嫌だな」


「お前、本当に何者だ」


「だから車屋だ」


 俺は整備台の上に載せられた魔導貨物車へ近づいた。


 外で見かけた商会用の大型車両より一回り小さいが、そのぶん造りは丁寧だった。荷台付きの中型輸送車といったところだろう。長距離輸送というより、市街区と工業区を往復しながら荷を運ぶ用途に見える。


 車体は鋼製の梯子型フレームを基礎に、その上へ荷台と外装を載せている。荷台部分には厚い繊維板と金属補強材が組み合わされ、角には鋲打ちされた補強帯が回されていた。見た目は無骨だが、実用品としては理にかなっている。多少ぶつけても歪みが局所で済み、修理もしやすい。現場で酷使される車というのは、こういう顔になる。


 運転席はかなり簡素だった。


 半密閉式ですらなく、前方に小さな風防板が立っているだけだ。雨の日は悲惨だろうし、冬は確実に寒い。だが視界は広い。狭い路地や荷運びの現場では、その方が都合がいいのかもしれない。


 正面には丸い魔石灯が二つ並んでいた。レンズは分厚く、内部に淡青色の魔石片が埋め込まれている。配線ではなく、細い魔力導線が灯体の奥へ伸びていた。どうやら炉心から直接補助出力を回しているらしい。電球というより、小型魔導炉をそのまま照明化した感じだ。


 運転席へ身を乗り出す。


 足元にはペダルが三つ。


 左は動力遮断、中央は制動、右が出力制御だろう。配置自体は前世の車と近いが、踏み込みの重さが妙に硬い。油圧というより、機械式リンクを直接引いている感触だ。整備不良で渋くなっている可能性もある。


 右手側には長いレバーが二本伸びていた。


 一つは変速用。歯車比を切り替えるためのものだろう。もう一つは、おそらく魔力出力の調整か炉心圧の制御だ。根元に焼け跡のような変色があり、頻繁に操作されているのが分かる。荷物の重量や坂道に応じて、細かく出力を調整しているのかもしれない。


 ハンドルは大きかった。


 円形の外周に、金属製の握り球が取り付けられている。片手で回し込むための補助具だ。なるほど、前輪操舵の遊びが大きい車体なら、切り返しには相当力が要る。長時間運転したら腕と肩が先に悲鳴を上げそうだ。前世でも、パワステなしの古いトラックを動かした翌日は肩が妙に重かった記憶がある。


「ほれ」


 ボルツが工具を突っ込み、運転席後方の固定具を外した。


 金属板が重い音を立てて持ち上がる。


 内部が見えた瞬間、俺は思わず息を止めた。


 中央に炉心。


 それは前世のエンジンブロックとはまるで違うのに、不思議と“機関”だと理解できる姿をしていた。


 黒銀色の円筒容器がフレーム中央へ沈み込むように固定され、その周囲をリング状の保持機構が取り囲んでいる。保持機構には拳大の魔石が等間隔で収められており、それぞれから細い青白い導線が伸びていた。導線は脈打つ血管みたいに淡く光りながら、側面の変換器へ集まっている。


 変換器は箱型だった。


 内部で何をしているのかはまだ分からないが、魔力をそのまま駆動へ使っているわけではなさそうだ。一度ここで流量と圧力を制御し、安定化させているのだろう。前世で言えば、燃料噴射制御とターボ制御をまとめてやっているような位置だ。


 そこから先は、さらに興味深かった。


 変換器から伸びた魔力導線と圧力管が、後方の圧力室へ接続されている。圧力室は厚い鋼板で囲まれ、安全弁らしきものが何重にも付いていた。つまり、この世界の魔導車は純粋な魔力機関ではない。


 蒸気圧を併用している。


 魔石炉で生んだ力を、一度圧力として蓄積し、それを回転力へ変えているのだ。


 圧力室からは二本の太い管が伸び、その先で回転機関へ繋がっていた。


 回転機関は、多段式の羽根車と歯車群の集合体だった。蒸気と魔力圧を受けた羽根車が回転し、その回転を減速歯車でトルクへ変換している。さらに出力軸を介して後輪へ動力を送る構造だ。


 なるほど。


 だからあの独特な駆動音になるのか。


 内燃機関の爆発的な脈動ではなく、圧力と回転を滑らかに繋いでいる音だった。蒸気機関に近いが、反応速度はもっと速い。魔力制御で圧力変動を補正しているのだろう。


 かなり複雑だ。


 しかも、無茶な複雑さではない。


 現場で修理しながら進化してきた機械特有の、“生き残った複雑さ”をしている。理論だけで組んだ机上の機械ではない。壊れて、直されて、改良されて、現場の職人が怒鳴りながら継ぎ足してきた構造だ。


 だから面白い。


 実に面白い。


 俺は炉心脇へ顔を近づけ、熱を帯びた配管を見つめた。


 …うん、どこか懐かしい。


 異世界の機械なのに、工具を持てば理解できそうな気がする。油の匂いがあって、熱があって、振動があって、回転するものがある。それだけで、整備士の頭は勝手に動き始める。


 ああ、駄目だ。


 これはたぶん、かなり楽しい。



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