契約の正体
荒い息を吐き、汗を拭いながら俺は走る。
見上げると、天を突きさすかのような塔の姿が見えた。
どこまでもどこまでも高くそびえ立ち、その突端を見通すことはできない。
目指す売店まで、まだまだかかる。
足下では、蒼の騎士団がソリスの軍団やルドー改と刃を交える音が聞こえた。
彼らは後どれくらい、時間を稼げるだろうか。
そう考えながら石段を踏み上がっていた俺は、塔全体が振動するのを感じた。
どうぅぅぅん。
同時に、耳障りな音が響き渡る。
「……今のは、何だ」
俺はつぶやいた。
「主、どうも何らかのシステムがダウンした時の音のように思えます」
エミルの言葉に眉をひそめる。
「何だと?」
悪い予感しかしない。この辺りで“システム”らしきものなんか、そうたくさんあるわけじゃない。
「エミル、何がダウンしたのか、調べることはできないのか?」
「やってみます。しばしお待ちを」
エミルが沈黙した。周囲をスキャンしているのだ。
俺は歯を食いしばって、命がけのマラソンを続ける。
足下で、派手な爆音が響き渡った。
俺は足を止めないようにしながらも、階段から下を見下ろした。
「うげっ!」
見たくない光景が広がっていた。地面に手足をバラバラにされたルドー改が転がり、それを蒼の騎士団が輪になって取り囲んで勝どきを上げている。
ファイナルファンタジーの戦闘勝利の音楽が聞こえてきそうな風景だ。
「ルドー改がやられた!」
俺は見たままの事を口にした。ソリスの軍勢もあらかた蹴散らされ、もはや蒼の騎士団に向かっていく者の姿は見当たらない。
勝どきを上げていた蒼の騎士団がピタリと手を止め、一斉に塔の方を見上げた。
俺と目が合う。
目深にかぶった兜の向こうで、奴らがニヤリと笑ったような気がした。
「やばいぞやばいぞ、やばいって!」
俺は無意識のうちに出川哲郎と同じトーンで口走っていた。蒼の騎士団たちは剣を鞘に収めると、一斉に塔に向かって駆け出す。
いよいよ、追って来るのだ。
俺は汗に加えて鼻水をまき散らしながら、再び塔を駆け上り始めた。
どうしよう、もう打つ手は残されていない。
絶対に、追いつかれる。
心臓は割れんばかりに激しく鼓動し、足の筋肉は悲鳴を上げている。もう頼れるものはいない。このクソ雑魚ナメクジニートである高坂ソータローの肉体以外に、何もないのだ。
「ソータロー!」
声がして、俺は顔を上げた。
こちらに手を差し伸べるビスコの顔が目に入った。
「行くよ、ソータロー。塔のてっぺんに辿り着くんでしょ」
「無理だよ、ビスコ」
俺はかぶりを振った。
「しんがりがやられた。蒼の騎士団はすぐ俺たちに追いつくし、そうなったら打つ手はない」
俺が言うと、ビスコはしばらく何かを考えた末に口を開く。
「そうなったら、ソータローは私を守ってね」
前にも同じようなことがあった。
俺はふと思い出していた。この王国に到着した直後のことだ。なぜだか知らないが、ビスコは俺が彼女を守る事を当然だと思っている。
そうだ、確か“契約”だとか言っていただろうか。
それが何なのか、どういう意味を持つのかを考えようとしたが、そんな暇はなかった。
下の方から、鎧を着こんだ一団が接近するガチャガチャという音が聞こえて来たからだ。
ついに来た、蒼の騎士団が。
※※
あの頃、子供たちは“契約”という言葉の意味をちゃんとは理解していなかった。
だが、大人の社会ではそれがひどく重々しく、人生を一変させるほどの力を持っているのだということだけは理解していた。
契約。
西園寺家と丘田家の間で巻き起こった争いは、その“契約”という名の呪いによって動かされているようだった。
やがてその争いと呪縛が、子供たちの日々を冷たく悲しいものに塗り替えた。
最上ビスコは子供心に思ったのだ。それほど強い力なら、争いのためではなく平和のために使うべきだと。
だから契約を望んだ。幼い頃から自らを庇護してくれた高坂ソータローに対して。
仲間を守るのだと。
みんなの哀しみや涙を許さない、どんなことがあっても守るのだという契約を求めた。
ソータローはそれに応えた。
そしてその日から、高坂ソータローは最上ビスコにとって絶対の守護者となった。
※※
間近で見る蒼の騎士団は、想像していたよりも血なまぐさく、禍々しい印象だった。
青光りする甲冑にはあちこち黒い血糊が飛び散っており、手にかけてきた命の数を物語っている。鞘に収めた刀剣は、幅の広い直剣から反り返った曲剣までさまざまだったが、いずれも刃渡り二メートル近い大刀であることが共通していた。
これがいわゆる、蒼の神器だった。宇宙広しといえど、邪神に傷をつけられたのは彼らのあの武器が初めてだ。
それを担いだ騎士団が、石段を飛ぶように駆け上がって来る。
俺はビスコの手をギュッと握りしめた。
奴らの刃が一閃されれば、防ぐ手だてはない。俺も、隣にいるビスコも一緒に首を切り落とされて終わるだろう。
交渉も、懐柔も、懇願も無意味だ。
列の先頭を行く騎士が、俺の目と鼻の先に到達し、そして─。
俺たちの前を風のように駆け抜けて行った。
一人、二人、三人……全部で十人。
立ち去った相手の人数を数え終わると、俺はゆっくりと立ち上がった。
「……行ったの?」
ビスコが不思議そうに言った。
「ああ、まさかこの局面で作者がこのアイテムを思い出してくれるとは思わなかったぜ」
俺はそう言うと、透明になれる魔法のマントを握りしめた。
「蒼の騎士団をやり過ごすことができた」
騎士団は恐るべき勢いで塔を登っている。俺の仕掛けたこのからくりに、奴らはいつ気付くだろうか? だがいずれにせよ、今のうちに距離を稼ぐ他ない。
俺は再び走り出した。
そして少し先に見える“おでん”ののぼりに気が付いた。
つづく




