立ち塞がる勇気
「くそ、こんな近くに潜んでやがったのか、蒼の騎士団め」
俺は歯噛みした。
ペテルギウス星人の宇宙船に姿を現した蒼の騎士団。完全武装をした十人の騎士が、和平を申し出ようとしたペテルギウス星人の代表団を惨殺したのだ。
「しかも例の回復魔法で、奴らの闘争本能を反転させることはできなかったみたいだな」
「青の騎士団は、一定の確率で高次元魔法を無効化する能力を持っています。三の付く日は、その確率が倍になるとか」
エミルの解説に俺はうなずいた。
「じゃあ、あそこにいる十人は、運よく俺の魔法を回避できた面子ってことだな?」
「そうですね。そして気を付けてください、青の騎士団の戦闘力は桁外れです。たった十人でも、地球を何回終わらせることができるかわかりません」
「対決するのは得策じゃないと言いたいのか? 高坂ソータローの力が覚醒したわけで、何かこのまま戦う展開な気もするが……」
「いいえ、ここは“逃げる”一択です。そもそも高坂ソータローの能力は回復に全振りです。支援要員だけでボスキャラ攻略に向かう馬鹿はいません」
俺は蒼の騎士団に目を戻した。ゆっくりと降下する宇宙船の上で、こちらをじっと睨みつけている。
「逃げる、か」
続いて塔の上へと目を向けた。
ビスコと目が合う。
「いくよ、ソータロー」
当然、というような口調でビスコは言った。
だが目指すべき塔の最上階まで、まだまだまだまだ距離がある。途中でショートカットを可能にするエレベーターが設置された売店まで、全力で昇っても二時間はかかるだろう。
蒼の騎士団は、地表に降りた後に塔を登って来るはず。
とんでない追いかけっこだ。相手は鎧を着こんでいるものの、こちらはクソ雑魚ナメクジニートの肉体だった。途中で追いつかれる可能性は高い。
だが。
他に選択肢はない。俺は拳を握りしめ、ビスコとともに塔を登り始めた。
<ようやく、理解したよ>
昇り始めた俺の耳元で、誰かの声がする。
<すべては自らの中にある醜さが引き起こした。お前が私を操ったのではない、私がお前を招き寄せたのだ>
それは宰相ソリスの声だった。
俺は立ち止まるわけにもいかず、何が起きているのか確かめるため目だけで探ったが、ソリスの声がどこから聞こえているのかは分からなかった。
以前にそうしたように、遠隔で会話ができる魔法を使っているのだろう。
<もしも時間を巻き戻せるなら、お前と出会った瞬間に戻りたい。そして毅然とした態度で、お前の誘惑を跳ね除けたい>
「男の繰り言は女々しいぜ……」
息が上がるのを承知で、そう言い返す。耳元で笑い声が聞こえた。
嫌な感じではない、さわやかな笑いだった。
<耳が痛いな、アンゴルモア大王>
俺の中に、アンゴルモア大王としてソリスを操っていた時代の記憶が蘇りつつあった。それを思い出すことによって、このヴィシュラ王国と、現代日本で起きている相互干渉について理解が進んだ。
俺は蘇って来た記憶をたどる。
ソリスとはつまり、丘田ソージローなのだ。
そして王妃が西園寺かの子。
二人には複雑な因縁があった。
それはイヲンの総帥であるソージローの祖父と、かの子の祖母が若かった頃にまで遡る。同じ町で生まれた幼馴染の二人は恋仲に落ちたが、名家である西園寺家側が難色を示し、二人は引き離された。
しかし時が経ち、イヲンを創業した丘田家は財産家として町に凱旋した。その頃、かつての名家だった西園寺家は時代の波に乗れず斜陽となっていた。
そしてやがて、ソージローとかの子があの洋館で再会し、再び恋をはぐくみ、引き離される。
それはすなわち、ここヴィシュラ王国でのソリスと王妃の関係と酷似していた。
同じ一族に生まれ、幼い頃から婚約者として育てられたが、ヴィシュラ王国の侵攻によって二人は引き離されてしまったのだ。
俺はつぶやいた。
「ながながと引っ張て来た伏線も、要約すれば短いな……」
<お前は塔の頂上で何をしようとしている>
ソリスの問いに俺は少し考えた。単に時空を越える、と伝えても理解はしてもらえないだろう。
「そうだな、とにかくこの国から立ち去ろうとしてる。全てを正しい場所に戻したうえでね」
<正しい場所? 驚いたな、お前が秩序に言及するとは。破壊と混沌だけが存在意義だと思っていたが>
「例外というのは、常にあるもんだ」
<なるほど、だとすれば私のこの決断も例外ということになるかな>
耳元の声が消えた。
俺はふとペテルギウス星人の宇宙船に目をやった。
予想通りのものが目に入った。
宇宙船に向かう二足竜の一団。
その背には、甲冑に身を包んだ竜騎兵たちを乗せている。
「あれは……」
俺の独り言に、エミルが答える。
「ソリスとその親衛隊ですね」
何をしようとしているかは、一目瞭然だった。
雄たけびを上げながら、ソリスたちが蒼の騎士団に斬りかかる。
「くそ! ソリス、何をやってんだ」
俺は塔を昇るのをやめるわけにもいかず、ぐるぐると階段を駆け上がりながらつぶやいた。
塔の向こう側にソリス達の姿が消える。
「主のために、時間を稼ごうとしているのです」
エミルが言った。
「そんなことは分かってる!」
俺は言い返した。
問題は、なぜソリスたちがそんなことをするかだ。
「優しさに触れたからではないでしょうか」
表情は見えないが、エミルがほほ笑むのを感じた。
「高坂ソータローの優しさを、チートな邪神である主の力で増幅した。その桁外れの力が、彼の心を変えたのではないのかと」
「そんなことが……」
可能なのか? と言いかけた俺の目の前に、再びソリスたちの姿が目に映る。
二足竜に乗った竜騎兵たちは、半分に減っていた。
蒼の騎士団の戦闘力は桁外れだ、またたく間に叩き落とされたに違いない。
「くそ、ソリス。あんたらじゃ歯が立たない。退くんだ」
俺はつぶやいた。
いずれにせよ、ペテルギウス星人の宇宙船はどんどんと高度を下げ、地表に到達しようとしている。
蒼の騎士団の一人が、手にした刃を一閃した。
二足竜の首が落ち、竜騎兵が落下する。
もう、後が無い。
その時。
「……あれは、何だ?」
俺は足元から響き渡る、地鳴りのような音を耳にした。
「あれは……再起動音です」
エミルが言った。
俺は階段の縁から身を乗り出し、塔の一階付近へと目をむける。
「おお……あれは!」
塔の玄関口にあった鉄製の巨大な扉が吹き飛んだ。
中から姿を現したのは、ルドー改だ。
その肩にはシャトレーゼを乗せている。
「主の回復魔法によって、回線が復旧したようです。問題はエリクソン製の中継部品だったみたいですね。IPO直前だと言うのに、とんでもない障害が発生したものです」
エミルが何を言ってるか分からなかったが、俺は拳を握りしめた。
「よし、いいぞ。蒼の騎士団をぶっ潰せ!」
いよいよペテルギウス星人の宇宙船が着陸し、蒼の騎士団が次々に地表へ飛び降りる。
手にした刃をくるくると回転させるように振り回す。
刃渡り二メートル近い長剣だというのに、まるで演武用の模造刀のように軽々と扱うのだ。
対するルドー改は二つの拳を打ち付けた。
そして咆哮する。
「主、今の内に距離を稼がないと」
エミルの声に俺は我に返った。
上を見上げる。
売店まではまだ千メートルはあるだろう。
ビスコがふんと鼻を鳴らした。
「ねえ、ソータロー。長々と一人で呟いてたみたいだけど、悲劇のヒーローごっこはそろそろ終わりでいいかしら?」
俺は小さく頷いた。
「そうだな、そろそろ本気を出すぜ」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、走り出した。
※※
一心不乱に塔を昇る俺の足元から、凄まじい音が聞こえた。
シャトレーゼの魔法と、ルドー改の拳。
そしてまたソリスの軍勢が一気に蒼の騎士団に襲い掛かったのだ。
「先鋒をつとめるオーガの一団が蒼の騎士団に襲い掛かりました」
エミルが地上の様子を中継をしてくれる。
「蒼の騎士団の一人が振るった刀剣が、オーガの手足や首を次々と切り落としていきます。それはもう、熱したナイフでバターを切るがごとく」
「そうか」
俺はその様子を想像しながら塔を登る。
地表で戦っているソリスの軍勢では、蒼の騎士団にかなわないだろう。唯一の希望はルドー改だけだ。ヴィシュラ王国の七神将の一人。桁外れの戦闘力を持つ魔導人形。
だがいくらルドー改といえど、一対十という多勢を相手に勝利は困難だ。どれほど雄々しく立ち塞がったとしても、いずれは倒されてしまう。
悪いが、所詮は時間稼ぎに過ぎない。
俺は先を行くビスコのケツを見ながら、そのことについて考えていた。
塔のてっぺんに着くのが先か、追いつかれるのが先か。
これは命がけの鬼ごっこなのだ。
つづく




