主人公覚醒
周囲を飛び交うプラズマ球はさらに数を増す。
頭上で、ひと際大きな音がした。象牙の塔の上階に直撃したのだ。
ぐらり、と塔が揺れた。
俺はとっさにコマンドを開き、ステータスを確認する。かろうじて、本当に紙一重の差で塔はその一撃を耐えきった。一階で回復を続けるシャトレーゼによって、耐久度はまた回復しようとしている。
だが。
次に一発、直撃ではなく掠っただけでも崩壊するレベルで塔は痛んでいる。シャトレーゼの回復が追いついていないのだ。
そんな状況で、視野の片隅にヤバいものが見えた。
他の艦船とは明らかに異なる、超巨大な宇宙戦艦。
あれはペテルギウス船団の旗艦に違いない。
葉巻型の船体前部に取りつけられた巨大な砲門。あの規格外の大きさを誇る光子力キャノンを撃ち込まれれば、塔が持ちこたえるとか、こたえないどころの騒ぎではない。
この辺り一帯が、一瞬で蒸発するだろう。
「くそ、やばい、やばいぞエミル」
俺は喚き散らした。
「一時的にでも、邪神の力を復活させる手はないのか。これは緊急回避措置だ。俺が作ったルールなら、俺が曲げてもおかしくないだろう!」
邪神の力を使えば、旗艦の光子力キャノンだろうが弾き返せる。
「前にも同じことを聞かれた時、ごまかしてしまったのですが……。実は以前はそれが可能でした」
エミルの冷たい声が響き渡った。
「どういうことだ?」
「モンテザーロ渓谷で宇宙海賊しねしね団と対決した時、そこそこピンチに陥った主は、今と同じように邪神の力を解放して難局を乗り切りました。しかし後になって“あれはあまりにも安易なやり方だった”とおっしゃられたのです」
「ん? どういうことだ」
「つまり、転生の儀の途中、ご自身の意思で邪神の力を復活させることをOKにしてしまうと、それはもはや転生の儀ではなくなる。そう言って、ご自分で再起動装置の線を切ってしまわれたのです」
「……へ?」
「つまり、再び、ここではっきりと否定させていただきますが、邪神オーの力が都合よく蘇り、主人公パワーで危機を脱するという展開は、この小説の中では起きません」
「お゛お゛お゛お゛お゛……ぢ、ぢぐしぃよぉお゛お゛お゛お゛」
俺は藤原竜也の物真似をする芸人によく似た嗚咽を漏らした。
「ねぇ、ソータロー!」
ビスコの声がしたので、俺はそちらに顔を向けた。
「何だ、ビスコ」
「だからさ、そんなの当たり前じゃない。高坂ソータローはそういう男よ」
腰に両手を当てて胸を張るビスコの姿。
俺はポカンと口を開けた。
そうか、前話がこのくだりで終わったことを忘れていた。
更新まで三カ月間が空いたから。
高坂ソータローという男のことが分からない。他人の罪を引っかぶって自分の人生が狂わされても、そのことを恨んだりしない男。
だがビスコは、それこそが高坂ソータローだと言う。
「世界中を敵に回しても、ソータローだけは私を守ってくれる」
そう言うと、ビスコがほほ笑んだ。
「だから私はあんたのことが大好きよ」
その言葉と同時に、超巨大光子力キャノンが放たれた。
※※
「ンゴフガ、アイ、コトバ、ヒツヨウ」
耳元で再びモグモグモグ太郎の言葉が蘇った。
俺はどうやら勘違いしていたようだ。必要なのは合言葉ではなかった。
必要なのは、愛の言葉なのだ。
※※
高坂ソータローの心臓が止まった。
血流が止まり、体の隅々まで酸素を届けるヘモグロビンの供給が途絶えた。筋繊維は活動のエネルギーを失い、体から力が抜ける。
やばい。
俺は脳内にかろうじて残されたエネルギーでそう考えた。人間の体は、心肺停止からそう長くは持たない。
だが、次の瞬間、張り裂けそうな勢いで心臓が脈打ち始めた。
塔の上から転げ落ちそうになっていた俺はすんでのところで踏みとどまる。
その間、どれほどの時間を擁したのだろうか?
視線を上げると、眼前に超巨大光子力キャノンが放った超巨大プラズマ球が迫っている。
空気がビリビリと震え、まるで太陽のように巨大なエネルギーが象牙の塔もろともこちらを呑み込もうとした、その瞬間。
俺は叫んだ。
自分でも何と言ったか分からなかったが、それは魔法の詠唱となった。
自分を中心として、
七色の光の輪が、
解き放たれていく。
「七色彩光爆裂全属性防御貫通威力継続的…………回復!(オール・ヒーリング)」
七色の輪に触れた瞬間、全てを包み込み蒸発させてしまう破壊兵器である光子力キャノンが放ったプラズマ球が反転し、ピンク色の靄となって霧散した。
絶対絶命の瞬間に、俺は何かを繰り出したのだ。
「これは……何だ」
自分が何をやったのか理解できず、茫然と辺りを見回す。
まさしく“俺また何かやっちゃいました?”状態。
だがペテルギウス星人の船団は未だ健在で、空中に浮遊したままこちらに船首を向けている。
「……奴らを倒したわけではないのか」
「主、今のはおそらく……」
エミルが何かを言いかけたが、その前に俺は重大な事実に気が付いた。
象牙の塔が完全に修復しているのだ。
「なんだこりゃ。もしかして今の魔法は……」
「そうです、主。回復魔法です。それも圧倒的な高次元の……」
「でも、飛んでくる光子力キャノンを無効化したのは?」
「ダメージを与える存在そのものに、回復の効果をぶつけることで存在を反転させたのではないかと」
「まじか、そんなのがOKなら最大ヒットポイントも防御力も上げる必要ないな。攻撃力とMPにステータス全振りだぜ。それに……」
俺は自らの体を見下ろした。
「これはいったい、どういうことだ」
「はい、主のお考えの通り、おかしなことが起きています」
超巨大光子力キャノンを無効化してしまうほどの回復魔法。おそらくこのヴィシュラ王国中を探しても、これほどハイレベルな魔法の使い手はいないはずだ。
そして邪神の力の中にも、この手の善良な魔法は見当たらない。
だとしたら、誰が?
「だから言ったじゃない!」
再び俺の耳に、ビスコの声が聞こえる。
「それでこそ高坂ソータローだって!」
この頭の悪い巨乳女子高生の言動には、幾度となく混乱させられてきた。だが、俺は確信した。今回だけはビスコが正しい。
そうか、そうだったのか。
「これは高坂ソータローの力だったんだ……」
「主、いったい何を……」
「つまり、レベル十九のクソ雑魚ナメクジニートでしかない高坂ソータローの、たった一つの能力。それが邪神の力と混じりあうことで、極限まで増大されて魔法として発動した」
「主、高坂ソータローの能力とは……」
「優しさだよ」
そうだ。それこそ、この俺様には一ミリも備わっていない能力。
全宇宙の中で、唯一絶対の“破壊”を司る邪神オーにとって“優しさ”など不要。俺という存在の中に、そんな要素は皆無だった。
その一方、高坂ソータローには人並み外れた巨大な優しさが備わっていた。
友達を守るため、自らを犠牲にすることを厭わない精神。
血まみれになりながらガラスを割り、かの子を火事から救い出したソータローの記憶を思い出す。
あんなことは、俺にはできない。
能力の問題を言ってるのではない。精神の問題だ。
邪神オーにぽっかりと空いた穴に、高坂ソータローの能力がすっぽりと嵌まり込み、そして。
奇跡が起きたのだ。
「主……あれを見てください。ペテルギウス星人の船団が……」
俺は視線を上げた。未消化のコーンをまとったウンコ型の船団が、ゆっくりと降下を始めている。そして船体を包み込むように、青色の照明を明滅させはじめた。
「あれは……何だ。青い光に包まれて、ナウシカで荒ぶる王蟲の群れが静まるシーンに似てないか?」
「まさしくその通りかと。ペテルギウス星において青は平和の色です。彼らは休戦を申し出てるでしょう」
正面に位置したペテルギウス星人の旗艦の上部がぱっくりと開いた。せり上がるようにステージが上がって来て、ペテルギウス星人の代表団らしき人影が姿を現す。
「おい……あれ……」
俺はあんぐりと口を開ける。
姿を現した代表団たちは、俺の知っている赤い毛の生えた猿の姿では無かった。全身を真っ青な:毛が包んでいる。
「主と高坂ソータローの魔法が彼らの戦闘態勢を解除し、我らを和平に導いたのです」
俺はほっと胸を撫でおろした。これでようやく、邪魔されることなくビスコを連れて象牙の塔を登り切り、王妃と会ってこの世界をおさらばできる。
さぁ、行こう。
そう思った次の瞬間、俺は異変に気付いた。
優しそうな表情で手を振る、ペテルギウス星人の代表団。先頭に立った長老のようなその猿の口が、ぱっくりと割けた。
「えっ!?」
続いて、他の連中の口も、ぱっくりと耳まで裂ける。
何が起きたのか、理解できない。
だが次の瞬間、代表団の全員の頭部が首の上から転げ落ちた。
「しまった、主!」
エミルの警告が、耳に入らない。
崩れ落ちるペテルギウス星人の代表団の背後から姿を現したのは、鎧に身を包んだ十人の騎士たち。
青光りする甲冑に身を包み、禍々しく反り返った刃を手にしている。
あれこそが、蒼の神器。
蒼の騎士団。
危機を脱したと思った直後、最大級の困難が懐に飛び込んできた。
つづく




