高坂ソータロー
「そうか…」
俺は声を絞り出すように呟いた。
周囲を飛び交うプラズマ球。轟音を立てて崩れ落ちてくる象牙の壁。
シャトレーゼが全力で回復魔法をかけ続けているとは言え、塔の崩壊は近い。
だが俺の頭の中を占めていたのは、別の考えだ。
「つまり、高坂ソータローの魂はどこかへ飛んでいったわけではないんだな?」
「はい、主」
エミルが肯定した。
「高坂ソータローの魂は、その肉体の中で封印された形で同居しているのです。主は邪神オーであると同時に、人間、高坂ソータローでもある」
思い当たる出来事が幾つかあった。
ルドー兄弟との闘いで見た走馬燈や、魔導人形であるモナカを失った時に感じた、胸の痛み。
高坂ソータローの魂の存在が、確かに俺の中で脈打っている。
「だとしたら、このタイミングで奴の封印が解けかけてるわけだな?」
「そういうことです」
「ねぇ、ソータロー!何してんのよ」
ビスコの声が聞こえ、俺はそちらを見上げた。
やっぱり。
高坂ソータローの記憶をたどりながら、確信する。
今まさしく、あの時と同じような状況だ─。
※※
「こっちだよ!ソータロー」
ビスコの声が聞こえた。
俺たちは顔を上げる。炎に包まれようとしている風呂場の奥に、窓がある。そこからビスコの顔が覗いていた。
「この窓から外に出て!」
俺は頷くと、かの子の方を振り返る。
「窓を割るから、後ろに下がっていて」
もう時間がない。
俺は素早く浴室内を見回して、何か固いものはないか探した。だが使われなくなって久しい浴室には何も置いていない。
だとしたら。
俺は覚悟を決めて、窓へと向かった。
「ビスコ、下がれ。窓を割るぞ」
固めた拳を窓ガラスへと叩きつける。強い衝撃があったが、ガラスは簡単には割れない。
燃え盛る炎が迫って来る。
俺は焦って何度も窓ガラスを殴りつけた。だが、ガラスは意外と頑丈で、映画やドラマのようにバリンと割れたりはしない。
「もっと硬くて重いものじゃなきゃ割れないわ。私、何か探して来る」
かの子が言うのを聞いて、俺はハタと気付いた。拳よりももっと重い物があるじゃないか。
俺は窓枠に両手をかけると、歯を食いしばった。
「ソータロー、何をするつもり?」
思い切り顔を振りかぶると、窓ガラスに向かって頭突きを入れた。
ガツンと強い衝撃にのけぞる。
だが、手応えがあった。
もう一度、渾身の力をこめて頭を振り下ろす。
凄まじい音を立ててガラスが割れた。
「やったぞ、かの子。ここから出よう」
窓枠に残ったガラスの破片を蹴って取り除く。
汗とは違う、ぬらぬらとした感触が頬を伝った。
「ソータロー!」
振り返った俺の顔を見て、かの子がほとんど悲鳴に近い声を上げる。
俺はおかしいな、と感じていた。さっきからずっと、熱と煙のせいで前が見えにくくなっていたのだが、今はそれに輪をかけて視界が悪い。何だがどんどん暗くなってくる。
「ソータロー!血まみれじゃない」
ビスコの声が聞こえた。せっかく窓から外に出られるってのに、何だか全身に力が入らない。
俺はその場に膝から崩れ落ちた。
「おい、くそ!ソータロー!」
最後に聞こえたのは、ソージローの声のように思えた。
※※
俺は象牙の塔から眼下を見下ろす。
ソリスの軍勢に光子力キャノンが降り注ぎ、無数の死体が積み上げられている。これまでも何度も何度も目にしてきた、争いとその犠牲者の骸。
邪神オーにとっては、常に吸って吐く空気のような光景だ。
だが高坂ソータローの魂は、それを良しとしていないようだった。俺の胸の中に湧き上がる疼きの原因が、それだ。
「こいつのやること、考えることは、俺には理解できない」
呟くように言った。かつて、幼少期に高坂ソータローが洋館で何をやったのか、それをはっきりと思い出したからだ。
「あの火事を起こしたのはソージローだった。あいつがこっそり持ち込んだ花火に引火して、あの建物自体が燃え上がったんだ」
「……ソータロー?」
俺の呟きを聞いたビスコが眉をひそめた。
「ねぇ、どうしたの?」
「だけど、高坂ソータローは火災の責任をひっかぶった。かの子の家の持ち物であるあの洋館を、ソージローが燃やしたとなると大変なことになるからだ」
そう、子供ながらソータローは知っていたのだ。
ソージローとかの子の関係について。
「そのことが、高坂ソータローの人生を大きく変えた。あの日を境に、ソータローはクラスの人気者から転落したんだ」
浴室いっぱいに飛び散った血。
ソータローは頭の怪我で長期入院することになり、その間にあいつはヤバい放火犯だという噂がクラスに定着した。
子供が、一度転落したヒエラルキーをもう一度登るのは困難だ。
「だが不思議なことに、高坂ソータローはそのことを恨んでいない」
俺はかぶりを振った。
「そのことが、俺には理解できない」
「……ねぇ、ソータロー、何言ってんの?」
ビスコの声が聞こえた。
「そんなの、当たり前じゃない」
「へっ?」
俺はポカンと口を開けたる
「高坂ソータローはそういう男よ」
見上げると、腰に両手を当てて胸を張るビスコの姿が目に飛び込んできた。
つづく




