そびえ立つ墓標
「あれは……あの、のぼりは……」
俺は思わずつぶやいていた。
「売店なのか? 前に来た時よりも随分と近くにある気がするが」
以前に訪れた時は、もっともっと遠くにあったはずだ。だから後たっぷり二時間はかかると見積もっていたのだ。
「縮地の術ですよ」
階段の上の方から声が聞こえ、続いて恰幅のいい女性が姿を現した。
売店の女将だ。
「……縮地の術?」
「ええ、この売店には術が掛けられているのです。店を必要とする人には、その必要度に応じて到達するまでの道のりが変化する。あなた方はどうやら、誰よりもこの売店を必要としているようですね」
「それ、マジなの……?」
「はい。術の起源は私と主人のなれそめに由来します。かつて塔の頂上を目指していた私が……」
「いいいよぉっっしゃああぁぁ!」
俺の歓声が女将の声を掻き消した。
「ハイファンタジー最高だぜ! どうよこの物語展開に合わせた都合のよい設定」
ガッツポーズを決めながら、俺は売店の入口を目指す。
「……主」
エミルの声が聞こえたが、俺はずかずかと暖簾をくぐって売店の中へと足を踏み入れた。
「いやぁ、思ったより簡単にすんだな。アホな蒼の騎士団は塔を登って行っちまったし、何ならおでんの一皿でも食ってから王妃に会いに行くか、あはははは」
誰もいない売店のテーブルにどっかと座る。
「ちょっと、ソータロー。そんなことしてる暇ないんじゃないの」
ビスコが膨れたような表情を見せた。
「いーじゃんいーじゃん。お前は知らないだろうけど、この店の裏にある業務用のエレベーターはそれはもう凄いんだ。あっつーまに頂上に着いちゃうぜ。すぐに乗ったら今回が最終話になっちゃって話数が稼げないからさ、もう少しここでうだうだしていかね?」
「……主」
再びエミルの声が聞こえた。
俺は先ほどの呼び掛けを無視していたことに気付き、ケツをボリボリとかきながら返事をした。
「すまんすまん、エミル。何かの調査を頼んでたんだっけな。あー女将、バエヤリース置いてる? 瓶のやつ」
言いながら店の中を見渡す。店内は湘南あたりの海の家を思わせる内装だった。座敷のある奥の方に小さなテレビが設置されており、何かを映し出している。
「はい、何らかのシステムがダウンした兆候を嗅ぎ付けた私は、魔力を使って周囲をスキャンしておりました。その結果、何が起きたのかを確認しました」
「あーそう。それは凄い。さすがはエミル、優秀だねー」
俺は鼻をほじくりながら、目の前に置かれたオレンジジュースの栓を抜き、ぐびぐびと飲み始めた。
そして店の奥にあるテレビ画面が、何を映しているかに気付く。
蒼の騎士団だ。
縦列を組んで、階段を勢いよく駆け上がっていく。
「ダウンしたシステムを確認しました。外部から割り込む形での接続があり、魔力が吸収されたようです。結果、急速に魔導圧が低下して駆動装置が緊急停止しました」
「ふむ、それはまずい」
俺は蒼の騎士団を映し出す画面に気を取られ、生返事を返していた。
あれは何だ? 中継しているのか?
「装置そのものは、魔力を再供給すれば復旧します。しかし深刻なのはシャフトの破損です。部品を交換するまでは動かせません」
「うん、それは深刻だ」
俺は適当に相槌を打ちながら、蒼の騎士団を映し出す画面に見入った。バエヤリースの瓶を握りしめたまま、立ち上がって近くまで行く。
間違いない、これは先ほど俺たちの目と鼻の先を通過して行った一団だ。
「……なぁ、女将。これは何だ? なんでこいつらの様子を中継してるんだ?」
俺はオレンジジュースをグビリと飲みながら聞いた。
「まぁ、入山届みたいなもんですよ」
振り返ると、女将が腕を組んでこちらを見ていた。
「山と同じで、この塔は人をひきつける。でもね、誰にも言わずに塔に挑んだきり、行方不明になる人が多すぎたんです。そうなると残された家族は悲惨ですよ。失踪扱いじゃ保険は下りないし、住宅ローンだって……」
「じゃあ、塔を登ってる奴にはみんなこうした監視をつけてるのか?」
「ええ、ドローンにタブレットを装着して、フェイスタイムでつないでるんですよ」
「フェイスタイム? テレビ通話してるってこと?」
俺がすっとんきょうな声を上げるのと同時に、画面の中の騎士たちの足取りが遅くなる。
その足取りは、やがてピタリと止まった。
獲物の匂いを嗅ぎつけたネコ科の猛獣のように。
ドローンに取りつけたタブレットで中継していると言った。それはつまり、こちらから蒼の騎士団が見えているように、蒼の騎士団からも……。
先頭を行く騎士が目線を上げた。
俺はあんぐりと口を上げた。
バエヤリースがだらだらと零れて服を濡らした。
「やばい! リアルガチにやばい!」
「どうしたの、ソータロー」
後ろからビスコの声が聞こえた。
「見つかった!」
テレビ画面の中で、騎士たちがこちらを睨みつけ、やがて何が起きているのか理解したのだろう、深々と頷いた。
そして踵を返す。
蒼の騎士団は、いっせいに階段を下り始めた。
「畜生、あいつらが降りてくるぞ!」
俺は喚き散らしながらバエヤリースの瓶を放り投げると、店の奥へと突進した。
そこには業務用のエレベーターがあるはずだ。
電子マネーのワヲンをタッチすれば、いっきに頂上へと連れていってくれるはず。
「主……」
エミルが何か言いかけたが、俺は構わず突き進み、エレベーターの前に立った。
“開”ボタンを押す。
だが扉は開かなかった。
開と閉の字がよく似ていること、そして前回それを間違えて痛い目にあったことを思い出した俺は、改めて操作パネルを凝視して、“開”ボタンを探した。
そしてそれを押す。
だがエレベーターは動作しない。
「何やってんの? ソータロー」
ビスコが間抜けな声で聞いてくる。俺はびくともしない扉の前で立ち尽くしたまま、嫌な予感に襲われていた。
そう、さっきから警告していたのだ。
優秀なエミルは。
「そうです、主」
いつになく冷たい口調でエミルは言った。
「ダウンしていたシステムというのは、このエレベーターのことです」
※※
目の前の光景が、文字通りグルグルと渦巻き始めた。
やばい、後どれくらいの時間が残されているのだろう?
俺は素早く考えを巡らせた。
店内に引き返すと、蒼の騎士団の姿を映し出しているテレビ画面に目をやる。
塔に沿って階段を駆け下りてくる騎士たち。風景がどこまでも同じせいで、今やつらがどの辺りにいるか察することはできない。
だが、そう遠くにいるわけではないだろう。
「くそ、ビスコ。とにかく店を出よう」
「何で? 外に出たらさっきの奴らと出くわしちゃうよ?」
「どのみちあいつらはこの店を目指してる。店の中に潜んでるより、外で透明になってた方がやつらの目につきにくいはずだ」
「でも……それからどうするの?」
問われて俺は言葉に詰まった。ビスコの言う通りだ。蒼の騎士団はこちらが透明になれることを知らない。だが何らかの形で自分たちの目をくらましたことには気付いたはずだ。だとすれば、そう何度も同じやり方が通用するわけがない。
では、どうする。
エレベーターが破損したという事実は、あまりにも重かった。
追いかけてくる蒼の騎士団をやり過ごしながら、自分の足でこの塔を登り切ることなど、到底できないからだ。
俺は店の暖簾をくぐって、塔の上の方を見やった。
蒼の騎士団の足音はまだ聞こえないが、時間の問題だろう。
「くそ、こうなったら逃げるだけじゃ駄目だ」
俺はバッグの中に手を突っ込んで、エムベブから買いとった魔法のアイテムを探った。そして一冊のノートを手に取る。
「ねえ、ソータロー、それは……」
「魔法のノートだ。描いたものが数分間だけ実体化する。これを使って、奴らの目をくらませられないか考えてるんだ」
「どうやって?」
「そうだな、例えば俺が死んだと偽装できないか……」
だが。
俺は以前にルドー兄弟と戦った時のことを思い出していた。自分自身を描いて身代わりにしようとしたが、失敗した。高坂ソータローはかつて絵画コンクールで金賞を取るほどの画力があったにも関わらず、なぜかその能力を発揮することを拒んでいたのだ。
恐らく、子供の頃の暗い記憶とリンクするからだろう。
「ねぇ、ソータロー」
俺が振り返ると、ビスコが真剣な顔でこちらを見ていた。
「あたしが描くよ」
「マジか? お前、絵なんか描けるのか?」
「昔、ソータローが教えてくれたじゃない」
その真っすぐな瞳に、俺は眩しさを感じた。絵を教えた記憶は思い出せなかったが、ビスコの気持ちがうれしかった。
「わかった。頼むぞ」
ビスコはノートを受け取ると、店の入り口の脇に座り込んで、さらさらと絵を描き始めた。
俺は再び塔の上に目を向ける。
いよいよ、遠くからガチャガチャという金属音が聞こえてきた。
蒼の騎士団が近づいてくる。
やつらが近づいてきたら、俺の死体に偽装させたノートをこの階段から下へ蹴り落そう。
俺が地上へ落下したことを目撃すれば、奴らの目をくらませることができる。
一か八かだ。
俺はビスコの画力に賭けることにしたのだ。
「ソータロー、できたよ」
ビスコが静かに言った。
「これ、あたしの最高傑作かも知れない」
次の瞬間、ビスコが手にもつノートがブルブルと振動した。そして魔力の輝きを放つ。
ぼわん、と間抜けな音がして、絵が実体化した。
「……ビスコ、これは……」
最上ビスコがこれほどの画力を持っていたとは。
本物と見分けがつかない、とてつもない再現力だった。
特に質感が秀逸だった。
すべすべの、すべすべの御影石……。
「ビスコ、これは……」
「ソータローのお墓だよ!」
高坂家の墓、と彫られた墓石が売店の入り口脇に出現していた。
※※
「邪神オー!」
金属板が振動するような声に、俺は振り返る。
蒼の騎士団が、そこに到達していた。
「見つけたぞ!」
そう言って、背中に背負った蒼の神器を引き抜く。
こいつら、しゃべれるんだ……。
今さら明らかになった設定に驚きながら、俺は拳を握りしめた。
万策尽きた。今さら透明マントを被っても手のうちを明かすだけだし、もはや逃れる術はない。
ビスコの描いた墓石がそのまま俺の墓標となる。
「くそ、すまんなビスコ。守ってやれなくて……」
俺がそうつぶやくと、ビスコが頬を膨らませた。
「何言ってんのソータロー! 契約でしょ! あたしを守りなさい」
「契約っ……てもな」
消え入りそうな声でつぶやく。
「邪神オー、その首もらうぞ」
先頭に立った騎士が、刃を高々と振り上げた。
ああ、ここで終わるのか。幾度となくピンチを潜り抜けてきたが、今回ばかりはもう後が無い。
そう思った瞬間。
ヒュン。
鋭い音がして、眼前を矢が駆け抜けた。
キィン。
蒼の神器が一閃され、矢が叩き落とされる。
「……何者だ!」
騎士が唸り声を上げた。
「へへ、ロングボウ先輩を甘く見てもらっちゃ困るぜ」
その声に聞き覚えがあった。
バハラティの声だった。
だが、いったいどこから??
つづく




