冷たい月 Part1
二月ほどのち、
深川、伊東道場。
師の忌中が明けてすぐ結婚することが決まり、大蔵は私事に追われていた。
本来なら結納などは半年も前に済ませておくべき儀式だったが、今回は誠一郎のの急逝や昨今の時勢も相まって、何もかもが後手に回っている。
そんな七月の下旬。
道場の門前に、剥がれ落ちた漆喰の塀を懐かしそうに撫でるひとりの青年の姿があった。
「あら!…えーと」
買い物帰りの卯梅は、見覚えのある顔を見て、胸の前で両手を合わせると、そのまま固まった。
「加納です」
青年が穏やかに名乗る。
加納道之助。
横浜の講武所に籍を置いてから、一年ぶりに江戸の土を踏んだのだ。
「そう、加納さん!ごめんなさい。久しぶりなもので、つい」
「いいんですよ。私なんて影が薄いから」
加納は、師範になった大蔵が剣の手ほどきをした最初の弟子のひとりだ。
「そそ、そんなこと言ってないじゃないですか…お元気でしたか…えーと」
「加納です」
「ああ…ほんとに、すみません」
卯梅と加納は互いにしゅんとして頭を下げた。
加納が師の訃報に接したのは、横浜の近郊の生麦村で疫病退散を願う「蛇も蚊も祭り」が終わり、盆を過ぎた頃のことだった。
しかし、久しぶりに江戸へ戻ることを思い立った理由は別にある。
「この度はご愁傷さまでした」
加納は、まず先代へのお悔やみを述べた。
「いいえ。大蔵様との縁談も整いましたし、父もきっと、安心して旅立ったと思います」
武家の娘である卯梅は、健気にそれらしく振舞っている。
「このところ遠出しておりまして、葬儀にも参列できず申し訳ありませんでした」
「わかってます!さあ、入って入って!」
卯梅は恐縮する加納の背中を玄関に押しやった。
「あ、それと。ご結婚おめでとうございます」
加納がそう付け加えると、卯梅は顔を真っ赤にし、草鞋を脱ぐ間も与えぬ勢いでさらに背中をグイグイと押した。
「やだ、気の早い。まだ祝言をあげたわけじゃないんですよ!さあさあ、入って入って!」
加納は、彼女や師と仰ぐ大蔵の悲しむ顔を見たくなかった。
道場に顔を出す気になったのは、ふたりの結婚を祝うためだ。
「お卯梅さんもこのところ、お辛いことが多かったでしょうから本当に良かった。けど、これからが大変ですね」
「道場には内弟子だって多くないし、それにほら、稽古の方は大蔵様や師範代の方々が取り仕切ってくれているので、私の仕事なんてたかが知れていますから」
照れ隠しに饒舌になる卯梅に気圧されながら、加納は信玄袋から深川不動尊で買った煎餅を取り出した。
「あの、お土産を買うの忘れちゃったんで、これ、皆さんで食べてください」
「ちょうどいいわ。お茶を淹れますから、みんなのところに持って行ってもらえますか?」
卯梅は弾んだ声でそう言うと、御厨の方に小走りに駆けていった。
一年ぶりの道場。
加納にとっては勝手知ったる我が家のような場所だ。
50~60名の門弟を抱えるとはいえ、道場のひっ迫した台所事情も心得ている。
しかし、井草の香りがする真新しい畳や、ピカピカに磨かれた廊下が、久しぶりの祝い事を静かに寿いでいるようだった。
板間では顔見知りの兄弟子たち、内海次郎と中西登が喧々諤々の議論を戦わせていた。
「奴らは市場開放を天理などというが、日本は自ら税率を決めることすら出来んのだ!おまけに奴らがこの国で法を犯してもお上が裁くこともできん!あのように不平等な条約を飲まされるなど屈辱だと思わんか?船の出入りを封じた長州の何が悪い?」
中西が拳で床を叩けば、内海も身を乗り出して応じる。
「ま、確かにな。もはや不遇を託つだけの時節は過ぎたのかもしれん。なんとなれば、彼奴らは強硬に主張を通そうとするだろう。今の横浜が置かれた状況は、アロー戦争前夜の白河口にも似ている。あのあと、北京で起きた凶事が江戸でも同じく起きるのだとすれば、我々はもう臨戦態勢をとらねばならん時期にきている」
「しかしだ!今の我が国は人材に事欠いている。俺が鼻垂れの頃、おとなりの真田屋敷で砲術を教えていたエライ先生も、なにか外国絡みの事件に連座して今じゃ松代で隠居暮らしを余儀なくされてるとか。鼻もちならん男だったが、当代並ぶ者のない学者だったものを!お上は、その弱腰のせいで、この十年というもの、みすみす有為の士を遠ざけてきた。そのツケが回って来たのだ」
「だが。ここに、伊東大蔵先生がいるではないか」
加納は熱を帯びた議論におずおずと割って入った。
「こんにちは、内海先生、中西先生。こんな時に物騒な政治談議ですか?」
「おう。加納君。久しぶりだな」
中西が顔を綻ばせ、自分の隣にある座布団を勧めた。
「いいところに。君の意見も聞かせてくれ」
「いえ、私は…」
この頃。
京に呼びつけられ、朝廷から決断を迫られた将軍徳川家茂は、文久3年の5月10日を以て日本は攘夷に踏み切ると約束させられていた。
大蔵は幕府の動向に淡い期待を寄せたが、その日を過ぎても大きな動きはなく、
西から聴こえてきた噂では、下関で勇み足をした長州軍が、たった一隻のアメリカ軍艦に完膚なきまで叩きのめされたという。
このところ何度も横浜に足を運ぶうち、日本の置かれた状況、すなわち、もはや逃れようのないほど大きなパラダイムシフトがうっすらと見えてきた大蔵は、言い知れぬ焦燥に駆られていた。
その危機感は、無意識のうちに弟子たちへも伝染していた。
彼らは師の沈黙を勝手に解釈して、弱腰な政府への不満を募らせていたのである。
お茶を運んできた卯梅が、みなに言った。
「加納さんが持ってきてくれたお煎餅、みなさんでどうぞ」
九歳のやんちゃな内弟子、鎗次郎が、稽古着のまま飛びついてくる。
「やったあ。お姉ちゃんも一緒に食べようぜ」
中西は煎餅に手を伸ばしながら、幼い鎗次郎や卯梅に言い聞かせた。
「いいか鎗次郎、異人どもは明日にも江戸表に攻め入ってくる。そうなったとき、お前もこの道場を護らねばならん」
「えっ、そうなの?」
卯梅が目を丸くすると、内海も我が意を得たりと頷いた。
「いまこそ公武一和をもって、国を挙げ立ち上がらねばならんのです。亡き先生も、我らが攘夷の一翼を担うことを、草葉の陰から願っておられるはずだ」
「けど、長州ときたら、まるきり歯が立たなかったそうじゃありませんか」
若い門弟たちに囲まれて生活している卯梅も、じわじわと攘夷思想に感化されている。
中西が拳を振り上げた。
「だからこそ、我らが二の矢、三の矢とならねばならんのです!」
「みなさん、お勇ましいのね」
もっとも、そういう意味で言えば、加納はさらに先鋭的な活動に手を染めようとしていたが、あえてその話には触れず、ざっと近況など述べてから、周囲を見渡した。
「今日、伊東先生は?」
中西が煎餅をバリバリとかみ砕きながら、奥を指差した。
「また部屋に籠っておられる。祝言を控えているというのに、このところ気落ちされていてな」
【用語・地名・人名】
・忌中:身内が亡くなった後、一定の期間、身を慎んでお祝い事などの派手な行動を避ける期間のこと。ここでは先代の伊東誠一郎が亡くなったことによる喪に服す期間を指す。
・結納:婚約の成立を確約するため、両家が金品や縁起物を贈り合う日本の伝統的な儀式。
・御厨:台所や厨房のこと。もとは神仏に供える食事を調理する場所を指す言葉。
・税率(自主関税の欠如):安政の不平等条約(日米修好通商条約など)により、日本は自国で関税を決める権利(関税自主権)を奪われ、極めて低い税率を押し付けられていた。
・領事裁判権(お上が裁くこともできん):外国人が日本国内で罪を犯しても、日本の法律や裁判所ではなく、その国の領事が裁判を行う不平等な制度(治外法権)。
・下関戦争(長州が船の出入りを封じた):文久3年5月10日の攘夷期限に合わせ、長州藩が下関海峡を通過する外国の商船や軍艦を砲撃した事件。
・アロー戦争:1856〜1860年にかけて、イギリス・フランスの連合軍が清(中国)と戦った戦争(第二次アヘン戦争)。
・白河口(またはペイホウこう):アロー戦争において、英仏連合軍が清の首都・北京へ進撃する際の戦略的要衝となった大沽砲台付近の河口。劇中では、現在の横浜の緊迫感をこれに例えている。
・蛇も蚊も祭り:現在の横浜市鶴見区生麦に伝わる、茅で作った巨大な蛇を担いで町を練り歩き、疫病や悪霊を追い払う伝統的な夏祭り。
・江戸表:地方の藩や開港地などから見て、幕府の本拠地である「江戸」を指す言葉。
・公武一和:「公(朝廷)」と「武(幕府)」が心を一つにして団結し、国難(外国の脅威)に立ち向かおうという政治思想。公武合体論とも呼ばれる。
・松代で隠居暮らし(佐久間象山):中西の言う「砲術を教えていたエライ先生」とは、天才学者・佐久間象山を指す。門弟の吉田松陰が海外密航に失敗した事件に連座し、国元である信濃国松代藩で長い間、蟄居(隠居)を余儀なくされていた。




