コルト・ドラグーン Part2
“Are you sure, frog eater? There's two of us over here.(いいのか?フランス人。こっちは二人だぞ)”
脅し文句に、カミュは口元にわずかな笑みを浮かべた。
“Do shy English gentlemen need a chaperone to pick up women?(シャイなイギリス紳士は女性を口説くのにも付き添いが必要かな?)”
“Sounds like the kind of joke a philandering French would make.(スキモノのフランス野郎が言いそうな冗談だ)”
カミュは馬上から大蔵をチラリと流し見て、二人に銃口を向けた。
“That's right. Parisians are willing to die to show their good side to a beautiful woman. However, it is the Parisian way to duel one on one. First, let's match numbers.(そうとも。パリジャンは美しい女性にいいところを見せるためなら、死も厭わない。とはいえ、決闘は一対一でというのがパリ式でね。まずは頭数を合わせよう)”
カミュは躊躇なく引き金を引き、エドワーズ中尉の足元に銃弾を撃ち込んだ。
乾いた銃声に、大蔵も一瞬、身をすくませる。
しかし、危うく爪先を失いかけたエドワーズはそれどころではなかった。
“You!I know your face!(貴様、顔は覚えたからな!)”
血の気の引いた顔でカミュを睨みつけ、捨て台詞を吐いて二人は立ち去って行った。
“Comment quelqu'un comme vous a-t-il pu se retrouver ici ? Êtes-vous blessé ?(貴女のような人が、なぜこんなところに?お怪我は)?”
カミュは馬を降り、大蔵の着物の裾を払うと、肩を抱きよせハンカチを差し出した。
大蔵は将校の胸板を突き飛ばし、その一瞬を狙ってホルダーからリボルバー式の銃をかすめ取っていた。
大蔵は拳銃を素早く袂に隠すと、肩をすくめるカミュを睨みつけた。
「お前たちの情けは受けん」
この頃、将軍不在の江戸では、幕府内部の保守派から突き上げにあった老中小笠原長行が、横浜港の封鎖と外国人の退去命令を、各国に通告していた。
しかしこれは、開国派の小笠原が各国の公使と示し合わせた方便であり、列強各国はこの機会を利用して、幕府に恫喝まがいの反論を書き送っている。
当然、フランス公使ベルクールも強硬な姿勢を見せていた。
「日本が一方的に条約を反古にする気であれば、我々は武力行使も辞さず、この政策を主導した者たちに鉄槌をくだす」と。
これは、その後ろに控える朝廷、ひいては孝明天皇を暗に威嚇し、抑えを効かせるのが目的だと思われる。
小笠原が、一方でイギリスからの(生麦事件)賠償金に独断で応じた事実からも、彼らの結託が窺い知れよう。
しかし、そうした裏事情を知る一部の者を除けば、外交交渉の緊張はピークに達しているように見えた。
もちろん、大蔵も例外ではない。
自分でも意外なことに、まだ義憤のようなものを感じている。
こいつらが、ご公儀を脅している毛唐どもか。
「そうやって、馬上から我々を見下ろしていられるのも今のうちだ」
“Mademoiselle, je veux juste apprendre à vous connaître.(お嬢さん、私はただ、仲良くしたいだけなんだがね)”
「目障りだ。さっさとこの国から出ていけ」
その剣幕に、意味は通じずとも、感情は伝わったらしい。
カミュは両手を軽く上げ、肩をすくめた。
“Allons donc… soutenez-vous réellement cette absurdité qu’est la fermeture du port de Yokohama ?(やれやれ。横浜鎖港などという戯言を、あなた方は本気で支持するのか?)”
そしてこの日もまた、琴の消息につながる情報は得られず、
清河たち浪士組も姿を現わさなかった。
その夜。
祖国から遠く離れた地の簡素なベッドに腰掛け、カミュは独り言ちた。
“Ses cheveux brillent comme la Seine par une nuit de lune et ses yeux sont d'un noir de jais... cette nation insulaire d'Extrême-Orient ne cesse de m'étonner. Qui aurait pu penser que dans un coin du monde il y aurait une si belle femme ?(月夜のセーヌ川のように輝く髪と、漆黒の瞳か…この極東の島国には驚かされることばかりだ。世界の片隅に、あんな美しい女性がいるとは)”
カミュは苦笑してベッドに足を投げ出し、サイドボードに置かれた蝋燭の炎を吹き消した。
一方、明け方に道場に戻った大蔵も床几に向かいながらカミュを想っていた。
「金色の髪に青い瞳…海の向こうには、あのように美しい人間がいるのか」
大蔵はともすれば耽美的な感情に押し流されそうになる自分を戒めるように激しく首を振った。
「それがどうしたというのだ。奴らはこの国を食い物にしようとする、憎むべき敵ではないか!私はどうかしてる!」
大蔵は、箪笥の引き出しを開け、そこから拳銃を取り出した。
アメリカ製のコルト・ドラグーン、カミュの私有物だった。
「ふん。残り一発。弾が無くなれば、これもただのガラクタか…」
大蔵はその表層に彫り込まれたアラベスク模様と、象嵌された金細工の美しさに魅入った。
「多聞(荒次郎)の台詞ではないが、このように見事な彫金技術をもつ民族というのは、いささか侮れんな」
そのとき、部屋の外に足音が近づいて、卯梅が入ってきた。
「大蔵様?」
大蔵は引き出しに拳銃を投げ込み、乱暴に閉めた。
「声を掛けずに入るなと言ったはずだ!」
「す、すみません!此方にいらっしゃるとは…」
怯える彼女を見て、大蔵はすぐに表情を和らげた。
「…いや。私こそ声を荒げてすまなかった」
優しくその細い肩を抱きながら、大蔵の心は依然として別の場所にいた。
あと二日しかないというのに、なぜ何の動きもないのだ。
「…土壇場になって気後れしたか」
清河、そんな弱気な男には見えなかったが。
「え?」
卯梅は、大蔵を見上げた。
「なんでもない」
卯梅は灯明皿の細い灯りに照らされた大蔵の横顔に見とれた。
美しく弧を描く眉、長い睫毛、細い鼻梁、ツンととがった顎、薄く整った唇、そして、この眼。
近くで見ても完璧な造形、
傾城の美女と言ってもいい顔立ちだった。
父が急逝して、もはや卯梅が頼れるのはこの大蔵だけだった。
それでもかまわない。この人さえいれば。
そして翌日、大蔵の疑問に対する意外な答えを持ってきたのは、永代橋で再会した、あの中沢良之助だった。




