表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/55

コルト・ドラグーン Part2

“Are you sure, frog eater? There's two of us over here.(いいのか?フランス人。こっちは二人だぞ)”

脅し文句に、カミュは口元にわずかな笑みを浮かべた。

“Do shy English gentlemen need a chaperone to pick up women?(シャイなイギリス紳士は女性を口説くのにも付き添いが必要かな?)”

“Sounds like the kind of joke a philandering French would make.(スキモノのフランス野郎が言いそうな冗談だ)”


カミュは馬上から大蔵おおくらをチラリと流し見て、二人に銃口を向けた。

“That's right. Parisians are willing to die to show their good side to a beautiful woman. However, it is the Parisian way to duel one on one. First, let's match numbers.(そうとも。パリジャンは美しい女性にいいところを見せるためなら、死もいとわない。とはいえ、決闘は一対一でというのがパリ式でね。まずは頭数あたまかずを合わせよう)”

カミュは躊躇ちゅうちょなく引き金を引き、エドワーズ中尉の足元に銃弾を撃ち込んだ。

乾いた銃声に、大蔵おおくらも一瞬、身をすくませる。

しかし、危うく爪先つまさきを失いかけたエドワーズはそれどころではなかった。

“You!I know your face!(貴様きさま、顔は覚えたからな!)”

血の気の引いた顔でカミュをにらみつけ、捨て台詞ぜりふを吐いて二人は立ち去って行った。


“Comment quelqu'un comme vous a-t-il pu se retrouver ici ? Êtes-vous blessé ?(貴女のような人が、なぜこんなところに?お怪我けがは)?”


カミュは馬を降り、大蔵おおくらの着物のすそを払うと、肩を抱きよせハンカチを差し出した。

大蔵おおくらは将校の胸板むないたを突き飛ばし、その一瞬を狙ってホルダーからリボルバー式の銃をかすめ取っていた。

大蔵おおくらは拳銃を素早くたもとに隠すと、肩をすくめるカミュをにらみつけた。

「お前たちの情けは受けん」


この頃、将軍不在の江戸では、幕府内部の保守派から突き上げにあった老中ろうじゅう小笠原長行おがさわらながみちが、横浜港の封鎖ふうさと外国人の退去命令を、各国に通告していた。

しかしこれは、開国派の小笠原が各国の公使こうしと示し合わせた方便ほうべんであり、列強各国はこの機会を利用して、幕府に恫喝どうかつまがいの反論を書き送っている。

当然、フランス公使こうしベルクールも強硬な姿勢を見せていた。

「日本が一方的に条約を反古ほごにする気であれば、我々は武力行使も辞さず、この政策を主導した者たちに鉄槌てっついをくだす」と。

これは、その後ろに控える朝廷、ひいては孝明天皇を暗に威嚇いかくし、抑えを効かせるのが目的だと思われる。

小笠原が、一方でイギリスからの(生麦事件)賠償金ばいしょうきんに独断で応じた事実からも、彼らの結託けったくうかがい知れよう。

しかし、そうした裏事情うらじじょうを知る一部の者を除けば、外交交渉の緊張はピークに達しているように見えた。


もちろん、大蔵おおくらも例外ではない。

自分でも意外なことに、まだ義憤ぎふんのようなものを感じている。

こいつらが、ご公儀こうぎを脅している毛唐けとうどもか。

「そうやって、馬上から我々を見下ろしていられるのも今のうちだ」


“Mademoiselle, je veux juste apprendre à vous connaître.(お嬢さん(マドモアゼル)、私はただ、仲良くしたいだけなんだがね)”


目障めざわりだ。さっさとこの国から出ていけ」

その剣幕に、意味は通じずとも、感情は伝わったらしい。

カミュは両手を軽く上げ、肩をすくめた。

“Allons donc… soutenez-vous réellement cette absurdité qu’est la fermeture du port de Yokohama ?(やれやれ。横浜鎖港よこはまさこうなどという戯言ざれごとを、あなた方は本気で支持するのか?)”



そしてこの日もまた、琴の消息につながる情報は得られず、

清河たち浪士組も姿を現わさなかった。



その夜。

祖国から遠く離れた地の簡素なベッドに腰掛け、カミュは独り言ちた。

“Ses cheveux brillent comme la Seine par une nuit de lune et ses yeux sont d'un noir de jais... cette nation insulaire d'Extrême-Orient ne cesse de m'étonner. Qui aurait pu penser que dans un coin du monde il y aurait une si belle femme ?(月夜のセーヌ川のように輝く髪と、漆黒しっこくの瞳か…この極東の島国には驚かされることばかりだ。世界の片隅に、あんな美しい女性がいるとは)”

カミュは苦笑してベッドに足を投げ出し、サイドボードに置かれた蝋燭ろうそくの炎を吹き消した。



一方、明け方に道場に戻った大蔵おおくらも床几に向かいながらカミュを想っていた。

「金色の髪に青い瞳…海の向こうには、あのように美しい人間がいるのか」

大蔵おおくらはともすれば耽美的たんびてきな感情に押し流されそうになる自分をいましめるように激しく首を振った。

「それがどうしたというのだ。奴らはこの国を食い物にしようとする、憎むべき敵ではないか!私はどうかしてる!」


大蔵おおくらは、箪笥たんすの引き出しを開け、そこから拳銃を取り出した。

アメリカ製のコルト・ドラグーン、カミュの私有物だった。

「ふん。残り一発。弾が無くなれば、これもただのガラクタか…」

大蔵おおくらはその表層に彫り込まれたアラベスク模様と、象嵌ぞうがんされた金細工きんざいくの美しさに魅入った。

「多聞(荒次郎)の台詞せりふではないが、このように見事な彫金技術をもつ民族というのは、いささかあなどれんな」


そのとき、部屋の外に足音が近づいて、卯梅うめが入ってきた。

大蔵おおくら様?」

大蔵おおくらは引き出しに拳銃を投げ込み、乱暴に閉めた。

「声を掛けずに入るなと言ったはずだ!」

「す、すみません!此方こちらにいらっしゃるとは…」

おびえる彼女を見て、大蔵おおくらはすぐに表情を和らげた。

「…いや。私こそ声を荒げてすまなかった」

優しくその細い肩を抱きながら、大蔵おおくらの心は依然として別の場所にいた。

あと二日しかないというのに、なぜ何の動きもないのだ。

「…土壇場どたんばになって気後きおくれしたか」

清河、そんな弱気な男には見えなかったが。

「え?」

卯梅うめは、大蔵おおくらを見上げた。

「なんでもない」

卯梅うめ灯明皿とうみょうざらの細い灯りに照らされた大蔵おおくらの横顔に見とれた。

美しく弧を描くまゆ、長い睫毛まつげ、細い鼻梁びりょう、ツンととがったあご、薄く整ったくちびる、そして、この眼。

近くで見ても完璧な造形、

傾城けいせいの美女と言ってもいい顔立ちだった。

父が急逝して、もはや卯梅うめが頼れるのはこの大蔵おおくらだけだった。

それでもかまわない。この人さえいれば。


そして翌日、大蔵おおくらの疑問に対する意外な答えを持ってきたのは、永代橋で再会した、あの中沢良之助だった。


挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ