コルト・ドラグーン Part1
文久三年四月十三日
その手段はともかく、清河が成そうとしている攘夷に異論はない。
しかし、彼らが街に火を放つ前に、なんとしても琴を連れ出さねばならなかった。
が、琴の消息は杳として知れない。
悶々と夜を過ごすうち、四月十五日は目の前に迫っていた。
「こうなれば、力づくで清河の計画を止めるしかない」
思いつめた大蔵は、苦渋の決断を下し、例の勝奴に使いを遣って事情を打ち明けた。
数寄屋町に新梶という料理茶屋がある。
大蔵はそこで勝奴と落ち合い、互いの服を取り換えて出ていくという風変わりな逢瀬を申し入れた。
普通の妓楼であれば、客として堂々と入って行けるのだが、政治的な緊張状態が続く関内は一般の武士の立ち入りが禁じられている。
関内への潜入は、どうしても女に化ける必要があった。
「ねえ、これがあなたのいう火遊び?これのいったいどこが面白いの?」
勝奴は、互いの格好を見比べながら、呆れた様子で大蔵を睨んだ。
「あのイカれた竜宮城で正気を保つには、相応に思い切った変装が必要でね」
「ご用心なさい。四年ほど前にも洋服を着てブーツを履いた清国人の給仕が、関内の外国人街で後ろからブスリとやられたそうよ」
勝奴は薄っぺらい座布団を大蔵に押しやりながら皮肉った。
あの夜以来、すっかり気易い口を利くようになっている。
「女を後ろから斬りつける浪人などいまい。君の方こそ気を付けるべきだな。男装がなかなかサマになっているから、田島勝太郎とでも名乗ってはどうだ」
「そうね。考えとく」
勝奴は、あることを思い出して、大蔵の着替えを眺めながら言った。
「ねえ、こないだの医者崩れの御浪人、覚えてる?昨日も遊びに来てくれたんだけど、ずいぶん鈴木様を買ってる。一度ゆっくりお話を伺いたいと仰ってたわ」
「ふん」
「男にも女にもつれないのねえ。一応お伝えしておくけど、麹町の長屋暮らしだそうよ」
あの真田範之助の仲間とあれば、熱心な活動家に違いない。
しかし、大蔵は真田の論にも中沢の論にも、同調できないでいる。
「あいにく、そっちの火遊びには興味ない」
「そ。にしても、手慣れたもんね。随分器用に女髪を結う」
「昔、姉の髪を結ってやった」
「へえ。例の生き写しのお姉さま?つまり、鏡に映る貴方は、今のお姉さまの顔ってことになるのかしら」
琴の安否に気を揉んでいた大蔵は、その話題に触れられて不機嫌になった。
「私が、好きでやっていると?」
「他に理由が?…おお怖い、それ、業の深い女の眼ね」
それは照れ隠しの嘘だった。
じっとこちらを見る大蔵の目は、常に何か悲しみのようなものが湛えられていて、それが何かは分からないが、ぞっとするほど美しく、勝奴の胸をざわつかせた。
幸い、女の格好さえしていれば関内に潜入することは容易かった。
関所を警備する役人は昼夜交代しているので、出入りを照合するのは書類(手形)頼みだが、傾城の美女に化けられる大蔵にとって色目を使って書類チェックの気を逸らせるなどはお手の物だった。
近ごろでは、顔見知りになった役人が立っている時間帯を選べば、軽く会釈するだけで通れるといった杜撰さだ。
毎度のことながら、この町に一歩踏み入れると、自分が“異物”であることを嫌というほど意識させられる。
大蔵は手近な日本人に道を尋ねた。
「コンスル(領事)の御屋敷なら運上所の傍だよ。駒形町にある中横丁だ」
教えられた通りに歩いていくと、「大佛蘭西岡士館」とペンキ塗りの看板を掲げた和洋混淆の建物が見えてきた。
入り口には揃いの制服を着た衛兵が立っているので、あれに間違いないはずだ。
しかし、もう間もなくというところで、運上所の方からやってきた男たちに行く手を阻まれた。
ひどく酔ったイギリス水兵が二人、大蔵はそのうちの一人に見覚えがあった。
台町の旅籠の前で、喜佐子を襲っていた男、エドワーズ中尉だ。
品定めするような視線。
嫌な予感が頭をかすめた瞬間、腕を掴まれていた。
「―放せ」
言葉が通じるはずもない。
エドワーズが下卑た笑みを浮かべ、もう一方が背後に回る。
妙に手慣れているのは、二人が兵舎を抜け出して、こうした乱暴狼藉を繰り返していたからだった。
大蔵は、エドワーズを睨みつけて言い放った。
「邪魔するな、汚らわしい獣どもめ。お前たちに身体を弄られるなど、考えただけで怖気だつわ」
“What is this woman saying?(この女、何を言ってる?)”
エドワーズは嘲笑した。
殺してやる。
大蔵は怒りに任せて短刀を抜こうとした。
そのとき、低くよく通る声が頭上から降ってきた。
“That’s enough.(そこまでだ)”
水兵たちが振り返ると、領事館の方角から来た一人の士官が、馬上でこちらを見下ろしている。
その男は大蔵がこれまで抱いてきた紅毛人のイメージとはかけ離れていた。
青い目、金色の髪、透き通るような白い肌。
まるでこの世のものではないような、何か神聖な存在にすら感じられた。
アンリ・カミュ少尉。
フランス陸軍の将校である。




