↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちゃんと戻る、っていう希望  作者: 科上悠羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
126/167

小さな山の作り方

 ちりも積もれば山となる。

 その言い回し、だいたいは努力の話に使われる。

 でも僕らの家では、もう一つの山もできる。

 やらなかったことの山。

 言わなかったことの山。

 見ないふりした小さな違和感の山。


 山って、できる時は静かだ。

 積もる音がしない。

 だから気づいた時には、目の前にある。


 朝、千紗がゴミ袋を持ち上げて「重っ」と言った。

 その一言で、僕は反射的に部屋を見渡した。

 ダンボール。空のペットボトル。郵便物の束。

 “後で”の小さな札が、あちこちに刺さっている。


 胸の奥で「チッ」。

 舌打ちじゃない、ブザー。

 “ちりつも”が可視化された音。


 チッ=ブザー→凹凸→一手。

 凹凸。刺さったときの手すり。


「凹凸」

 僕が小さく言うと、千紗がすぐ返した。受信機が早い。

「凹凸」


 アンは椅子の上で丸くなって、こちらを見ている。椅子。第三の動き。

 猫は山を作らない。

 正確には、猫は山を作るけど、作ったらその場で崩す。

 ティッシュ箱を落として遊び、飽きたら去る。

 人間は遊びを“保留”にして積む。


「今日、片付ける?」

 千紗が聞く。

 聞き方が優しい。叱る匂いがない。

 なのに僕の中で、別の声が叫ぶ。

『今すぐ全部やれ!やらないとダメ人間だ!』


 炭酸が議長になりたがる。

 でも議長は白湯だ。

 ここで強火にすると、掃除が罰ゲームになる。

 罰ゲーム化は暗く沈む。禁止。


「……やる」

 僕は言いかけて、すぐ付け足した。

「でも、ゼロか百かにしない」

 千紗が頷いて、冷蔵庫に貼り紙を追加した。貼り紙の忍者。


『ちりつも=山

 山は切って食べる(線)

 1日3ピースまで

 段(20/50/80)

 最後にシャク』


「山は切って食べる」

 僕が読み上げると、千紗は鍵の鈴をちん、と鳴らした。

「さぁ。今日は食べる日」


「食べるって言い方」

「責めると苦い。食べると生活になる」

「確かに」

「で、段」

 千紗が指で20/50/80を示す。

「今日、何%?」

 僕は部屋を見て、自分の残量を測った。

 仕事もある。外出もある。

 でもこの山は見えたまま放置すると、夜に刺さる。

 今日は50。

「50」

「よし。50なら3ピース」

「3ピース」

「うん。1日3ピースまで。山を一気に崩さない。崩すと雪崩で疲れる」

「雪崩」

「雪崩は暗く沈む」


 線を引く。

 千紗がマスキングテープを出してきて、床に四角を作った。線。

 この四角の中だけを“今日の山”にする。

 四角の外は、今日は触らない。

 線が優しい境界になる。


「椅子」

 千紗が言う。

「え、片付けの前に?」

「片付けの前に座る。座ると戦わない」

 僕らはソファに座った。椅子。第三の動き。

 戦わないと決めると、片付けは罰じゃなくなる。


「内なる五人、呼ぶ?」

 千紗が聞く。

「呼ぶ」

 僕は頷いた。

 片付けって、心の状態がモロに出るから。


「白湯:落ち着け」

「紅茶:礼儀(手順)を守れ」

「ほうじ茶:温めながら」

「コーヒー:具体に落とせ」

「炭酸:全部やれ!今すぐ!終わるまで寝るな!」


 炭酸が最悪の上司みたいだ。

 千紗が笑って、鈴をちん、と鳴らした。

「炭酸は観客席。議長は白湯」


 白湯議長。

 僕は息を吐いた。吐くのが先。クロール。

 そして錨。


 錨の一語+理由一行+鈴。風に飛ばされない発言手順。


「錨:現実通り」

「理由:今日は3ピースだけ。全部はやらない」

 千紗が鈴をちん、と鳴らす。

「固定。さぁ、ピース決めよ」


 ピース。欠片→ピース化/完成側へ戻る。

 山を欠片にする。欠片をピースにする。

 “完成側”っていう言い方が好きだ。

 完璧じゃなく、回ってる側。


「1ピース目」

 千紗が言う。

「ペットボトル」

「了解」

「2ピース目」

「段ボール」

「3ピース目」

 僕は迷って、郵便物の束を見た。

 束って、情報の山だ。

 見ないふりした違和感の山でもある。

 でも今日は50。重い山は避けたい。


「3つ目は……キッチンの空き箱」

「いい」

 千紗が頷く。

「郵便は今日はスリットにする」

「スリット?」

「完全に無視はしない。端っこに“保留トレー”作る」

 千紗は小さなトレーを出してきた。

「ここに置くだけ。読むのは別日」

「賢い」

「賢いじゃなく現実通り」


 僕らは立ち上がって、1ピース目のペットボトルをまとめた。

 キャップを外して、ラベルを剥がして、潰す。

 パキ、という小さな音。

 ちりつもは音がしないけど、崩すと音がする。

 音がすると、終わりが見える。


 2ピース目の段ボールは、アンが一番反応した。

 箱が動くと、猫の世界は遊び場になる。

 アンが箱の影に飛び込み、頭だけ出してこちらを見る。

 笑ってしまう。

 片付けが暗く沈まない。

 ギャグに寄せすぎない程度に、ちゃんと笑える。


「箱は猫のテーマパーク」

 千紗が言う。

「入場料はたたむこと」

「厳しい」

「現実通り」


 段ボールを畳んで紐で括る。

 たったそれだけで、床が一枚増えたみたいに広くなる。

 床が増えると、心の呼吸が増える。


 3ピース目のキッチンの空き箱は、捨てる前に中身を確認して、外に出す。

 空き箱って、なぜか捨てにくい。

 “いつか使うかも”が貼り付いている。

 でも“いつか”を増やすと、山が増える。

 今日は“今”のために捨てる。


 全部終わったところで、千紗が言った。

「ピース完了」

「まだ山あるけど」

「うん。でも今日は3ピース。錨がそう言ってる」

 千紗が鈴をちん、と鳴らす。

「さぁ。終わりを作る」


 終わりを作る。

 片付けの一番大事なところ。

 終わらないと、また大会になる。

 CALLED GAME。止める笛が必要。


「止める」

 僕が言うと、千紗は頷いた。

「そっか○」

「受け取ったの○ね」

「うん。今日はここまでで“勝ち”」


 勝ち。

 勝ちって言うと百になりそうだから、僕は言い換える。

「現実通り」

「そうそう」

 千紗が笑う。


 残りの山は、線の外へ出す。

 線の内側は片付いた。

 線の外側は“まだ”。

 まだ、でいい。

 ゼロか百かじゃない。


 そして最後に、りんご。

 シャク。

 食感で割る。

 山のざわざわを、音で切る。


 千紗がりんごを切って、僕に渡した。

「最後にシャク」

 僕が噛む。

 シャク。

 音が、今日の3ピースを“完成側”へ押し込んでくれる。


 アンが椅子の上に戻り、段ボールが消えた床を見て、ちょっと不満そうな顔をした。

 猫はテーマパークが閉園すると渋い顔をする。

 でもすぐ寝る。

 猫は切り替えが上手い。


「ねえ」

 僕が言う。

「ちりつもって、怖い言葉だと思ってた」

「うん」

 千紗が頷く。

「でも怖いのは山じゃなくて、“山を全部自分のせいにする癖”」

「……ある」

「だから運用。山は悪じゃない。山は“生活の記録”」

「記録」

「うん。忙しかったとか、楽しかったとか、疲れてたとか。その積もり方のログ」

 千紗は最後に鈴をちん、と鳴らした。

「さぁ。明日も3ピースでいこ」


 山は一気に崩さない。

 切って食べる。

 ピースにして、完成側へ戻す。

 ちりつもは僕らを責めるためじゃなく、生活を整えるための材料になる。

 暗く沈まないまま、今日も小さな山を、僕らは一緒に作って、一緒に崩す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。