作業する桃井兄弟
学校にある客人用の駐車場に、いかにも社用車らしい白いバンが停まる。中から無骨な作業着を着こんだ男子が降りて運転手に頭を下げた。
「……ありがとうございます。岩崎社長、兄貴が急に無茶言ってすみません」
お礼を言っているのは銀次に呼び出された哲也である。無表情のままに頭を下げる哲也に桃井家の隣にある工場の社長は手をヒラヒラと振った。
「おいおい、止めてくれよ。こっちとしちゃ、事務のお姉さん方に体の良い休憩時間ができたってもんよ。んじゃ、頑張ってな。帰りも連絡してくれよ」
「……はい」
ツールバックと口が開いているバケツ型のリュックを背負い歩き出す。
ツールバックには工具、リュックにはガチャガチャと工材が入っており、すべて合わせると15㎏前後の重さがあるそれを涼しい顔で運んでいく。駐車場から文化祭の準備で飾り付けられている中庭に入った所で横を通り過ぎようとする女生徒が段差に躓き、倒れそうになるのをツールバックを持っていないほうの手で哲也が支えた。
「あっ、すみま……」
「……大丈夫ですか?」
「……かっこいい」
支えられている女生徒は蛇に睨まれてた蛙のように静止し、頬を染めていた。
体勢が整ったのを確認して哲也は手を離すが、女生徒は動かないままである。
「……」
頬を染めてボーっとしている女生徒に対して困惑していた哲也に中庭を覗いた銀次が走り寄って来る。
「テツ、来たのか。駐車場まで迎えに行ったのに、ありがとな荷物持つぜ」
バケツリュックを受け取った銀次がそれを背負う。
「うん……失礼します」
その場を立ち去る桃井兄弟を女生徒は放心しながら眺めていたのだった。
場所は変わって校門近くのウェルカムゲート前。赤いコーンとバーで封鎖されたその場所の前には体操ジャージ姿のソラが画板を首にかけてせっせと何かを描いていた。学校では人前で絵を描く機会の少ないソラの絵描き姿は、それだけで人を呼び寄せている。土曜日ということで、普段ソラを見ることのできない生徒も話題になっている一年の美少女を見ようと集まっていた。
いつもなら、周囲の視線が気になってしまうソラであったが今回は集中して作業をしているようだ。
その画板に挟まれた画用紙には、落ちかけてひび割れた部分を改修した看板の絵が描かれている。生徒会室で修理をすると言った銀次を愛華が鼻で笑ったことに対し、ソラはちょっと怒っていた。
「むー、銀次の凄さを愛華ちゃんにわからせてやる」
と、意気込んでガリガリと画用紙に向かっているのである。そうしていると、ガチャガチャと音をさせながら銀次と哲也がやってきた。銀次も作業着に着替えており、二人共着慣れていると言わんばかりに格好がしっくりきている。
「お疲れ様ですソラ先輩」
「よぉ、どうだソラ? 看板のデザインは別に今のままでも俺は構わないが……」
「やり直すよ! 割れている部分を違和感ない様に描き直すね。ペンキ持ってくる! 一時間で直すから大丈夫!」
そう言って、画板を置いてすぐに走りだすソラ。普段よりも力みすぎている様子に哲也が銀次を見る。
「……兄貴、ソラ先輩何かあったの?」
「色々あるんだよ。さて、こっちもやるか。まず中途半端に外れている看板を取り外すぞ。あのままだと半端にかかった金具が看板を割っちまう」
支柱から外れかかっている看板を見て哲也は目を細める。
「……別にこんなしっかりとした看板じゃなくて、軽いベニヤとかなら金具が壊れることもなかったのに……無駄な装飾多いし……材はいいから、金具以外の部分は大丈夫そうだね」
「思ったよりひび割れ深くなさそうだな。おいおい、ボルトに対してワッシャーのサイズが違うな。これのせいでグラついて、一か所に重さが集中したっぽいな。一応、先生に来てもらってから始めんぞ」
「……了解」
こうして、呼ばれた教師が到着すると桃井兄弟による看板の取り外し作業が始まった。ソラが美術準備室からペンキが入った缶と画材を台車で運んでくると、ザワザワと人だかりができている。
「え、人が増えてる。どうしたんだろ?」
ソラ自身も周囲の注目の的であり、何人かの生徒の協力もあってすぐに台車が通れるように人垣が割れる。その先では銀次が電源ケーブルを伸ばして繋いだマルチルーターで金具を付けていた部分を整え、その横では哲也が新しい固定具を付ける為の穴をドリルで開けていた。
「おぉ……」
工業系の高校でもないのに、ツナギを着てDIYで見る程度とはいえしっかりと工具を使って作業に取り組んでいる二人の顔は真剣そのもので、よどみなく工具箱から道具を次々に取り出して看板を加工する様子は率直にかっこよかった。普段そう言ったものを見ない一般の生徒にしてみれば物珍しさも相まってより感動するのだろう。それゆえの人だかりであった、なお、そのうちの半数以上はソラを見に来ているのだがソラ自身はそのことに関してあまり理解はしていない。
これが僕の彼氏とその弟さんなんだからね。
と鼻高々なソラは看板の前まで台車を持っていく。
「おう、あと十分待ってくれ。看板の方は大きく割れてはないが、一応プレートで補強しとくからな。ベニヤも教室の内装で余ったの持っていたから、好きなようにつけれるぞ」
「……縁もL字金具で補強してます」
「うん、ここからは任せて!」
気合をいれたソラが下書きもせずにペンキで下地を塗って、絵を描き始める。
その間に銀次と哲也はよりしっかりと看板を付ける為に支柱の方に新たな金具を取り付けていた。
やっぱり、作業している銀次はかっこいいなぁ。
とソラが手は止めずに銀次を見ていると後ろの見物人の話し声が耳に入って来た。
「ねぇ、あの子」「桃井君の弟らしいよ」「えー! すっごいイケメン」「だよねっ! びっくりしたもん」「弟君かぁ、来年この学校くるのかな?」
どうやら周囲の女子は哲也に興味があるようだ。作業着を着て脚立に昇る哲也は年下とは思えないほどの貫禄があり、銀次から強面成分を抜いた整った容姿は周囲の評判をさらっていく。
やっぱり、テツ君モテるんだなぁ。
とのんびりと考えながらペンキで絵を描いているソラ。別の会話も聞こえてきた。
「でもさ、こうしてみると桃井君もかっこいいかも」「あー、わかる」
ピタリ。ソラの手が止まる。
「弟君をみて考えたんだけどもしかして桃井君もわりといい感じだよね?」「制服だとちょっと怖いけど、作業着だと似合っていると言うか違和感ないし」「というか……実はめっちゃかっこいいかも……」「頭いいもんね」「最近、前よりは雰囲気柔らかいし」「むしろ、あの厳し気な感じがいい」「こういうのできちゃう男子っていいよね」
「し、しまった!?」
つい、愛華ちゃんを見返すところばかり考えていたけれど。冷静に考えたら銀次がめちゃくちゃカッコいいことがバレちゃう!
プチパニックになるソラである。実際の所、自他ともに認めるバカップルかつ、ソラというトンデモ美少女を相手に本気で銀次にちょっかいをかけようとする女子はいないといってもいいのだが、ソラ本人は過去の経験のせいで自身の容姿にいまいち自信が無くそれでいて銀次のことに関しては感情が暴走してしまうが為に、このままでは銀次争奪戦が始まるという想像に体を震わせていた。
「銀次ぃ……」
「どうした?」
支柱に金具を設置していた銀次を呼び出して、その裾をギュっと握るソラ。
「これ以上カッコよくなっちゃダメ」
「本当にどうした!?」
急に涙目になって銀次にすがりつくソラ。そして哲也はそれを横目にもくもくと支柱に金具を取り付け続けたのだった。
次回は多分月曜日更新です!
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