桃井 銀次は知られていない
「ふぁ……ねむねむ」
口に手を当てて、欠伸をしているのは学校前の坂道を登っているソラである。
その横で銀次が目を細める。二人は文化祭準備のために土曜日にも関わらず登校をしているようだ。
「まーた、夜更かししてんのか。ほどほどにしろっての」
「……だって、美沙さんから送られて来たスマホケースの試作品を見てたら新しいアイデアが浮かんで……ちょっとスケッチしようと思ったら……なんか朝だった……」
「寝てないのかよ!? 今日は昼には上がって休んどけ」
「えー、最近はちゃんと寝てたから大丈夫だよ」
不服そうに頬を膨らませるソラの肩を掴む。
「にゃっ……」
「そう言う奴が事故を起こすんだ。納期が迫っている時こそ余裕を持たないとな」
「銀次だって、最近夜遅くまで起きているってテツ君が言ってたもん」
「……俺とお前じゃ、体力が違うだろ」
そっと目線を斜め下に逸らす銀次。
「えーずるい、あれ? 何か人だかり……」
学校前のいつもの坂道に差し掛かったところで、上の方が騒がしいことに気づく。
「これは……」
耳に触る声は決して歓声のようなものではない。銀次は過去に工場でこれに似た喧噪を何度か聞いたことがあった。
坂道を登ると校門から運動場に続く文化祭用の通路に設けられたウエルカムゲートの木製の看板部分が剥がれて落ちかけていた。金属製の留め具も露出しており、今にも看板が落下しそうになっている。まだこうなって時間は立っていないようで、周囲の生徒もどうすればわからないようだ。
「誰か、先生読んで来いっ!」「もう行ってるって」「うわっ、ヤバっ! こわー」「これ、どうすんだよ!」「そんなこと言ったって、生徒会に言えばいいんじゃね?」
生徒の中にはゲートをスマホで撮影している者もおり、場はかなり混沌としていた。
銀次は自分の血の気が引くのを感じた。やはり、この喧噪は事故が起きた時のものだ。
「銀次?」
顔を青くする銀次を見たソラが声をかけると、銀次はすぐに顔を上げて息を大きく吸った。
「おい、離れろ。看板が落ちたら木片が飛ぶぞっ! もっと離れないとダメだ!」
自転車を止めて、大声で叫ぶ。人ごみをかき分けた銀次はとにかくゲートから人を遠ざける。
銀次が出てきたことで、クラスメイトの村上と田中が前に出てきたので銀次はすぐに指示をだす。
「村上、田中、こっち来い。人を近づけないようにしろ」
「お、おう!」
「わかったっ!」
銀次の指示で人混みがゲートから十分に遠ざかったのを確認していると、するとソラがどこからか赤いコーンを持って来た。
「中庭から持って来た。これ、使える?」
「助かるっ!」
コーンを置いて、間には止めていた自転車を置いて簡易的なバリケードを作り、人が近づけないようにする。そうしていると生徒に呼ばれた教師と一緒に生徒会のメンバーがやって来た。その中には愛華の姿もあった。
「どういうこと? ソラ、何をしているの?」
「え、えと、コーンを置いてる……よ?」
せっせとコーンを設置しているソラを見つけて愛華が詰め寄って来るので、銀次が間に入る。
「見てわかんだろ。看板が落ちかかってるから安全を確保してんだよ」
「どうしてこんな状態に?」
イライラと髪をかき上げながら、なおも質問してくる愛華に対し銀次はぶっきらぼうに返す。
「知らねぇよ。俺達が来た時にはこうなってた」
「……本当でしょうね?」
「嘘ついて何になるってんだ。おっと……ソラ?」
額を突き合わせて、メンチを切り合う二人だったが銀次の服をソラが引っ張る。非力すぎてまったく銀次は動いていない。
「ふぬぬ……近い……」
「この場は先生方と生徒会が預かるわ。貴方達はここまでいいわ」
「言われなくても、さっさと離れるっつーの」
そこからは、やってきた教師が銀次達の後を継いで安全確保をして場は収まったかに思えた。
その場を任せた二人は教室へ行って、メイド喫茶の内装の準備を進めていく。机の移動や本番のリハーサルなど授業のない休日しかできないことを進めていく。
「銀次、テーブルクロスとテーブルセンターできたよー」
ソラは家庭科室でテーブルクロスや喫茶らしさを演出するレースのテーブルセンターをミシンで塗って次々と作っている。
「……本当に作れるもんなんだな」
テーブルセンターを持ち上げて明かりに翳すと複雑な模様が浮かび上がる。さすがにレースは買ったものとはいえ素人が縫い合わせたとは思えないできだった。ソラは自慢気に胸を張る。
「フッフッフ、こういうの得意なんだよね」
「得意ってレベルじゃねーぞ。本当にすげぇな」
「ほめれ」
「流石だぜ。そっちの準備はいいのか?」
「荷物の確認だけだから、リストみて終わり。他にも言ってくれればなんでも作るよっ!」
これが人前でなければ、頭を撫でてと言いそうなソラである。
そして、それを見てコーヒーを片手に作業を進めるのは内装担当ゆえに教室で作業している男子達であった。日頃から訓練されている彼等だが、休日の銀次とソラは常にベッタリで普段よりも糖度が高く昼前には男子達の限界が訪れてしまった。
「銀次。もうここはもういいから、他にやることあればそっちやってくれ」
缶コーヒー片手に持つ田中にそう言われてしまう。その後ろにいる男子達も大いに頷いている。
「ずっとイチャイチャしやがって」「授業がないからって、ずっと引っ付いていいわけじゃねぇぞ」「髙城ちゃんが幸せそうだから見逃してやってるだけだからな」「髙城ちゃんに会う為に休日登校したのに、予想以上に甘すぎる。胸やけが……」
「お、おう……んじゃ、ちょっと生徒会言って、進捗伝えてくるわ」
「ん、もうテーブルセンターはいいの?」
「十分だ。後は週明けに女子達の意見も聞いて調整すればいい。パーテンションの装飾はアイツ等がやるさ」
男子達の強く切実な圧力を受けた銀次はソラと一緒に生徒会室へ向かう。
休日の作業をする場合は、どういった作業をしているか報告する決まりになっているのだ。一般的な生徒会室とは比べ物にならない広く、豪華な生徒会室へノックしてはいると、愛華が椅子に座ったままで机を挿み目の前の男子を静かに問い詰めていた。机の上にはひん曲がった固定具が置かれている。
「部品が無いってどういうことなのですか?」
「留め具の予備も使って、固定していたんです。それなのにまさか落ちるなんて……」
「先生方にチェックしてもらったのですよね? 例年通りの作業だったのに、なぜこんなことになっているのか聞いているんです?」
「そ、そんなこと言われたって初めてでしたし……今から業者に頼めば……」
「それはいい考えですわね先輩。今すぐに業者に連絡して見積もりを出してもらって、予算の申請をして承認を待って作業をしていただくだけですものね。来週までにどうやって間に合わすのか私には検討も付きませんが」
「……」
泣きそうになっている男子生徒はタイの色から二年生の先輩であることがわかる。愛華は敬語ではあるものの冷ややかに男子生徒を詰問していた。実際の所、このやり取りに意味はないのは誰の目からみても明らかだ。ゲートの設置を担当していた生徒を問い詰めたところで解決策がでることは期待できず。愛華はいらだちをぶつけているだけに過ぎない。猫かぶりを徹底している愛華だが、生徒会ではその内面をいくらか露出しているようだ。愛華の後ろに立つ澪は落ち着きなくスカート握りしめており、他の役員も自分に飛び火しないように下を向いて作業をしている。
「とにかく、責任は先輩とチェックした先生にあるのだから。どうにか――」
「失礼しまーす。これが金具か」
さらにねちねちと言葉を重ねようとした愛華の前に銀次が乱入し、ソラも銀次の横から顔を出す。
「曲がってるね。看板が重かったのかな?」
「いや、一か所に力がかかったんだろ。多分、止める順番が違ったんだな。まぁ、よくあることだぜ」
「貴方達、急になんなの? ソラ、貴方も随分な態度をとるようになったわね」
「愛華ちゃん……ボクにしていたことを他の人にもしてるの?」
クルリとヘーゼルアイが愛華を捉える。少し前まで前髪で隠れていたその瞳は今はまっすぐに愛華を見据えていた。
「っ!……桃井君がいるからなのかしら、貴方がそんなことを私に言うなんてね」
「そうだよ。銀次がいるから言えるんだ。それで銀次、どうするの?」
壊れた金具をマジマジと見た銀次はそれを握り直す。
「まっ、こんならどうにかなるだろ。教室を追い出されて暇していた所だ。四季、ゲートの修理は俺がするぜ」
愛華はそれを聞いて、クスクスと笑った。
「フフ、何を言うのかと思えば。あのね、桃井君。元々あった部品が壊れているのよ。クラスの内装を見るに、多少器用なようだけど金属の部品に対して貴方に何ができるっていうのよ? 変なことを言わないで頂戴」
そっか、愛華ちゃんは知らないんだ。とソラは心の中で後方腕組み姿勢をとる。
「できるだけやるさ。……それと、部外者を一名学校に呼ぶぞ。流石に俺とソラじゃ人手が足りないし、色々持ってきてもらわないとな。もし必要なものがあるなら予算も今日中に出せると思うぜ」
「……誰を呼ぶと言うのかしら?」
「桃井 哲也。俺の自慢の弟さ」
ニヤリと笑う銀次の横で、ソラは自慢気に胸を張るのだった。
次回は多分月曜日更新です!
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