肉を食べるんだよ!
「……兄貴、こんな感じ?」
「まぁ、こんなもんか。予算があれば、電飾もつけたかったがな」
哲也が到着してから、黙々と作業すること四時間。途中、ギャラリーによる銀次への反応に過敏になったソラが銀次に引っ付き続けるといったアクシデントもあったが、桃井兄弟による説得をうけてソラが作業へ集中したことで落下しそうになっていた看板の修理が終わった。
「本当はロボが良かった……でも我慢して可愛く描けたよ」
三人が見上げている看板は破損して落ちかけていた時の物より、数段賑やかで人目をつくようにグレードアップされていた。
元のデザインでは看板の中に可愛らしくデフォルメされていた動物が『文化祭』の文字の周り描かれていたが、今はそれに加えて看板にベニヤ板を加工して作られた細かなパーツが二十枚ほど取り付けられており、リスが飛び出していたり、タヌキが看板の縁を歩いていたり、猿が看板の内側から手を伸ばしていたりと漫画のキャラクターがコマから飛び出すような視覚的な遊びがこれでもかと盛り込まれていた。
ちなみにベニヤのパーツに関しては、技術科室を教師に開放してもらいクラスの内装であまったベニヤを桃井兄弟が糸のこ盤で加工し、ソラが絵を付けたものである。
「賑やかでいいんじゃねぇか?」
「それにしても、銀次にテツ君って木工もできるんだね……」
取り付けられたパーツの中には、複雑な形状の物もあるのだがソラの下書きを頼りに二人はなんなく糸のこ盤で切り抜いていた。
「金属の方が慣れているが、やっていることは似ているしな」
「……俺にして見れば、後付けなのに看板とパネルの絵が繋がっているように描ける先輩の方が器用に見えます。取り付けてみると一ミリもずれてないです。兄貴が言ってましたけど本当に天才なんですね」
「いやいや、こんなの見て憶えたものを頭の中で合わせるだけだよ。あと、ハイライトが微妙だったから修正したくらいかな?」
それが出来れば、計測器具は存在しないと哲也は思うのだがソラは本気で大したことないと思っている様子。
「流石俺の自慢の弟と彼女だぜ」
「えへへ。銀次はボクの自慢の彼氏だからっ! そしてテツ君は自慢の彼氏の自慢の弟っ!」
隙あらばイチャついてくる銀次とソラを放って哲也は工具を片付け始める。
「……二人共、片付け始めようよ。ずっとここ通行禁止にするの悪いし」
作業を眺めていたギャラリー達は立ち替わり入れ替わりその様子が見ていたが、最終的には見守りの教師と休日に登校していたオールブラックス達によって一定以上の接近を禁止されている状況である。そのギャラリー達の間では完成した看板を見て様々な感想飛び交っていた。桃井兄弟とソラが壊れた看板を直したばかりか、前よりもずっと見目好くしたという噂は広まり、当然それは愛華の耳にも届く。
「直ったの? あの看板が?」
「は、はい。桃井が弟と修理をしたと……」
澪からの報告を受けた愛華は椅子の背もたれに深く体を預けた。
「それなら、問題解決ね。あの男も役に立つじゃない。お父様に報告する前でよかったわ」
「ですが愛華様。その……髙城 空も修理に参加していて、看板の絵を描き直していまして……」
そこまで話して口を噤む澪を愛華は細目で睨みつける。
「……澪、言いたいことがあるなら言いなさい。いえ、ちょっと待って、ソラが描き直したの? 看板の修理では無くて?」
立ち上がり、澪に詰め寄る。ソラが人前で絵を描くなんて、自分があれほど禁止していたはずなのに。
醜い子と罵り、酷い絵だと貶めて。あの子が人前に出れないようにしたと思っていた。
愛華はとうの昔に銀次によって外されていた枷が、今も有効だったと勝手に勘違いしていたのだ。
「は、はい。愛華様が考えた元のデザインを利用したもののようですが、割れた部分を修復する関係で描き直したと……」
強く机が掌で叩かれた。
その音に室内の注目が集まるが、愛華は一切気にせずに校門のウェルカムゲートへ向かっていく。
近づくにつれて自身の鼓動と周囲のざわめきがやけにはっきりと聞こえる。
「桃井君の弟って本当にイケメンじゃん!」「というか桃井君も普通にかっこよくない?」「最近、優しい顔してるもんね」「私服、めっちゃオシャレらしいよ」「あの絵って確か四季さんが考えたんでしょ? 髙城さんが直したらもっと良くなってない?」「髙城さんって絵が上手いんだな。知らなかったよ」「学年一位で絵も凄いって本当に反則だよな」「もしかして四季さんより……」
ざわめきの一つ一つが心に爪を立ててくるようだった。あの看板のデザインは自分がソラに指示を出して考えさせたもの。それをソラ自身が描き直したのだ。それを見た他の生徒からはどのように見える? どのように考える?
あの化け物と比べられてしまう。
愛華が近づくと、人ごみが割れる。その先に片付けをしている銀次達が見えた。
その上の看板もはっきりと見える。
「……何よこれ」
一学期、自分がイメージしてそれをまだ付き人だったソラに指示してデザインさせた。そして、それを自分が看板に描いた。そしてソラが僅か数時間で完成したそれは……。
「よぉ四季、来たのか。いろいろくっついているけど、強度は技術の先生の折り紙付きだぜ。突風が吹いてもびくともしないことを保証してやんよ」
「……」
無言で近寄ってくる愛華に気づいた銀次と哲也を通り過ぎて、愛華はソラへ歩み寄り愛華が右手を振り上げた。
「愛華様っ! ダメです!」
澪の静止に体を震わせて留まる。一拍遅れて銀次が四季とソラの間に入り込んだ。
「おい、何してんだ!?」
愛華は右手を降ろした。深呼吸して、息を吐きだした四季はギャラリーとの距離を確認して笑みを顔に張り付ける。
「それはこちらの台詞よ。貴方には看板の修理をお願いしただけのはず、デザインを変えろなんて言ってないわ」
背後のギャラリーには聞こえないほどの声量で愛華は言葉を吐き出した。
「も、元のデザインは変えてないよ。補習部分を治したから違和感がないようにちょっと直して、そこからアイデアが浮かんだから立体的にパーツを……」
ソラの言葉を遮るように愛華が会話に割り込む。
「だ、れ、が! そんなことをお願いしたのかしら。私の絵を添削して偉ぶったつもり? 奥行きがないって言いたいの? それとも、私の絵そのものが……悪いっていいたいの?」
声量を抑え、笑みのままつらつらと言葉が出てくる。
「違っ、そんなつもりじゃ、ボクは……」
全て、愛華自身が感じたことだった。今の絵の方が奥行きがある。陽の光が入り込むようなハイライトが足されていた。キャラクターの表情が生き生きしている。
他の生徒の誰も気づいていないだろう。しかし、愛華自身にはわかってしまう。元の絵から修正された部分の全てが力量不足だと突き付けられたようだった。例えソラにその気がなくとも、否、その気がないからこそ否が応でもわかってしまうのだ。
愛華からの怒気で息を詰まらせるソラの肩に優しく手が置かれる。銀次の手だった。
「ソラ、胸を張れ。俺達は間違えてないだろ」
「……うんっ!」
落としかけた視線を持ち上げて愛華の目を見える。ソラのヘーゼルアイが意思の光を受けて輝く。
「桃井君、貴方のせいで……ソラが勘違いをするのよ」
「逆だろ。お前のせいでずっと勘違いが起きてたんだ」
キッと銀次を睨みつける。愛華はなおも何かを言おうとするが、作り直された看板を見ようと人が集まっているのを確認して息を吐きだした。
「フゥ……修理費用は後で生徒会へ請求してちょうだい」
「家にあったものと、文化祭の準備の余りで直したから金はいらねぇよ」
「そう、ご苦労様。貴方も役に立つことがあるのね」
「あっ、愛華様。待ってください」
帰っていく愛華の後ろ姿に舌を出す銀次とそれを見て真似しようとするけどどうしても可愛くなってしまうソラ。哲也が工具箱を持ちながら心配そうに(無表情ではある)二人に話しかける。
「……何あの人?」
「ああいうやつなんだよ。うっし片付けしちまおうぜ、その後は……わかってんなソラ?」
「うん、こういう時は……コッテリしたものを食べるっ!」
「その通りだ。哲也、今日は肉料理だ異論は認めん」
分かり合うバカップルに完全に置いて行かれている哲也は首を傾げる。
「……別にいいけど、何で?」
「気合をいれて、嫌な気分を弾き返すんだよ!」
「前はラーメン食べたよね。今日は、いいお肉買っちゃいます!」
「いや、ソラ。ほどほどでいいからな」
「ダメです。かっこいい銀次を見て、尽くしたくなりました。良いお肉をあーんします」
「ソラと一緒ならどんな肉でもいいっての」
「そう? エヘヘ。でもあーんはするからね」
「……」
えいえいおー、と気合を入れるバカカップルを見て哲也は何があってもこの二人なら大丈夫かと、心配するのも馬鹿らしくなって片付けを続行する哲也なのだった。
次回は多分月曜日更新です!
いいね、ブックマーク、評価、していただけたら励みになります!!
感想も嬉しいです。皆さんの反応がモチベーションなのでよろしくお願いします。




