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風神の台地  作者: 流沢藍蓮
第三章 訣別
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3-2 彷徨と孤独


 逃げて逃げて、何処へ辿り着いたのだろう。激しく息を切らし、ついぞ立ち止まったそこは、見知らぬ町だった。リノヴェルカの荒れる感情に呼応して、風がごうごうと唸りを上げる。必死でそれを鎮め、町の中へ。そうすればいいのかなんてわからない。ただ、ネフィルという人物について知ることができれば、兄を元に戻す手掛かりをつかめるかもしれない、そう思った。

 涙が、零れ落ちていた。あれほど会いたかった人物が、死んだと思っていた人物が、自分を殺そうとしたのだから。心に負った傷は深い。

 あのまま兄についていって、ネフィルに会えば良かったのだろうか。けれど兄を変えた人物だ、迂闊に会うのは危険だとリノヴェルカの本能が告げている。

 そうやって町の中で呆然と立ち竦んでいたら。


「どうしたの?」


 掛けられた声に、振り返る。

 そこにいたのはリノヴェルカと同い年くらいの少女だった。淡く揺れる桃色の髪を短く切り揃え、質素な衣服に身を包んだ赤い瞳の少女。彼女は不思議そうな顔でリノヴェルカを見ていた。


「きみさ、この辺りでは見ない顔だよね。一体何処から来たの?」

「私、は……」


 言い淀む。町から町へ移動してばかりの生活だった。何処から来たも何も、自分にはないのだ。

 必死で紡ぎだした言葉は、


「放浪の孤児だよ。居場所なんて、ないんだ」


 アルクメネの家が、新しい居場所になると思っていた。しかしアルクメネはリノヴェルカの感情を利用して、彼女を戦争の道具にした。そう、自分には居場所なんてない。

 そっか、と少女が頷いた。


「ならさ、わたしの家に来ない?」

「だ、騙されないぞ。お前もまた、私を利用するつもりなんだろう!」


 叫び、リノヴェルカは少女から距離を取る。

 信じていた人に裏切られ、大切な兄からは殺されかけて。すり減ったリノヴェルカの心は、もう誰も信じられなくなっていた。翠の瞳に渦巻くのは、根深い人間不信と恐怖。

 少女は大丈夫だよ、と笑い掛けた。


「わたしたち、何もしないよ。あ、そーだ。利害関係があるなら信用してくれる? わたしの町ね、戦争で男の人たちがみんないなくなっちゃって、人手不足なんだ。だからさ、働いてくれたら居場所をあげるよ」

「……戦争の道具に、しない?」

「なーにを恐れているんだか。ただの女の子にそんなこと、しないよ。あなたにしてもらうのはねぇ、家事とか、後は壊れたおうちの修理とか。それくらいなら出来るでしょ? お姉ちゃんが病気になっちゃって、人手が足りなくなってるんだよね。だから来てくれたら助かるな」


 少女が語ったのは、利害で成り立つだけの関係。そこには代償ありの愛情みたいに歪んだものは存在していなくて。それなら出来る、とリノヴェルカは思った。

 すり減ったこの心だけれど。感情を挟まない関係を続けていれば、いつかは癒える日も来るのだろうか。

 そんな日々を送りながら、ネフィルの情報を集められるだろうか。

 ああ、とリノヴェルカは頷いた。


「わかった。私には居場所がないんだ。居場所をくれるなら……協力、するよ」

「おっけー」


 少女はにっこりと笑った。


「わたしはねぇ、ティナって言うんだ。名字なんて大層なもん、ないよ。きみは?」

「……リノヴェルカ」

「長いなぁ。リノでいい?」

「……ッ、別の呼び名にしてくれないか」


 リノ。その名で呼ぶことが出来るのは、イヴュージオだけだから。

 特別な人にしか呼んで欲しくない呼び名だから、と言い添えると、そっかとティナは頷いた。


「じゃあ、名前の最後をとってルカね。それでいーい?」


 ルカ。新しい呼び名を口の中で転がし、リノヴェルカは頷いた。

 ティナは花が咲くように笑い、これからよろしくね、とその手を差し出した。

 握ったその手は荒れていた。アルクメネの、家事なんてしたことがなさそうな綺麗な手とは違っていた。


  ◇


 ティナとの日々は穏やかに過ぎた。ちゃんとしたお作法で貴族らしく生きていたアルクメネとの時代よりも、こうやって素朴な日々を送っている方が自分には合うとリノヴェルカは思った。朝起きたら水を汲み、洗濯をし、昨日の内に割っていた薪をかまどにくべて料理を作る。朝は早起き、夜も早寝。日の出と共に起き、日が沈んだら眠る。そんな日々。

 最初は色々と戸惑っていたリノヴェルカだが、要領は良いのだ、すぐに慣れた。最初の内は奇異の目で見られていたが、町に馴染むのも早かった。

 ある日、リノヴェルカはさりげなくティナに訊ねてみた。


「なぁ、ティナ。闇魔導士ネフィルって、聞いたことないか?」

「闇魔導士ネフィル?」


 大量の洗濯物を抱えながら、ティナは首をかしげていた。


「知らないなぁ。ルカと関わりのある人?」

「私はその人物を探しているんだ。私の大切な人を変えてしまった、と睨んでいる。いつか会って決着をつけなければならない」

「ルカは、その人のこと見つけたらいなくなっちゃうの?」


 ああ、と申し訳なさそうにリノヴェルカは頷いた。


「そいつを見つけて、変わり果てたイヴを……兄さんを、元の優しい兄さんに戻すんだ。それが私の目的なんだ。だから……済まない、ここにずっといることはできないんだ」

「そっかぁ」


 洗濯物を水につけながら、ティナは少し悲しそうな顔をした。


「ルカにはルカの事情があるんだものね。仕方ないよね……」


 その時、突如吹いてきた風に、ティナの洗濯物のひとつが飛ばされた。それはティナのお気に入りの服だった。


「あ……」


 驚いたティナ。反射的に、リノヴェルカは風の力を使っていた。詠唱する暇などない。ただ、戻ってこいと風に願った。すると。

 あり得ない方向に風が吹く。風はリノヴェルカの力に応じ、飛んでいった服をリノヴェルカの腕の中へ運んだ。

 ティナが、目を見開いてリノヴェルカを見ていた。


「あなた、って……」


 苦笑いして、リノヴェルカは明かす。


「私は亜神だよ。天空神と人間との間に生まれた子。ずっと隠していたが……反射的に、使ってしまったな」


 困った顔をして、腕に抱き締めた服を見る。

 これまで普通に接してくれていた人々も、リノヴェルカが亜神だとわかった瞬間に離れていった。態度を変えていった。ティナもそうなるのかな、と思った。抱いたのは諦めだった。

 助けようとしたのに、力を使ったがために「化け物」と呼ばれる。中途半端な存在である亜神に、居場所なんてない。

 リノヴェルカは服を返そうとティナに近づいた。するとティナは、怯えた顔をして一歩下がった。感じたのは「やっぱりか」という諦め。友達になれるかな、束の間そう思っていたけれど、ティナはリノヴェルカを恐れた。


「……ティナだって、私の力を恐れるのだな」


 それは当たり前だろう。自分と相手。対等だからこそ、そこに何の感情を挟むこともなく本心を語り合える。相手が自分よりも強いとわかった瞬間、生まれるのは恐怖だ。相手の感情を損ねて自分が傷つくことにないように動くようになる。その関係は、対等ではない。

 それでもリノヴェルカは求めた。亜神である自分を認め、その上で自分を恐れることなく本心をぶつけてくれる相手を。しかしティナはその相手にはなり得なかった。

 寂しい、とリノヴェルカは思った。せっかく仲良くなれたのに、些細なことで崩壊した関係。この先でも同じようなことを繰り返し、亜神としての長い命尽きるまで、こうして誰も本心で語り合える友達を作ることなく地上を彷徨うことになるのだろうか。


「こうなった以上……もうこの関係を続けることはできないよ、ね。あはは……私はまた一人ぼっちだよ……」


 悲しく笑い、腕に抱いた服を洗濯桶に落とす。ティナは固まったまま、動かなかった。

 さようなら、と声を掛ける。亜神であるとバレてしまった以上、これ以上この村に居ても意味がない。

 去りゆくリノヴェルカを、ティナは追わなかった。


  ◇

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