【物語】竜の巫女 剣の皇子 40 否
『竜の儀を始める』
ハリュイ聖上の竜、エーテルは厳かな声を響かせルチェイに伝えた。
姫巫女は『儀をなぜ今?』と思ったが、エーテルの視線に射すくめられてしまい言葉を飲み込んでしまった。
『お前は我の問いに答えよ』
白竜は金眼の奥を燃やし刺す様に視た。ことばが頭の中で響く。彼女は体を固くして次の言葉を待ち構えた。
次の瞬間、彼女自身の体の表面や中を何かゾワゾワと這いずりまわり、舐めまわされる様な不快な感触が全身に起こった。ルチェイが戦き体を屈めてエーテルを見ると、その顔は嗤っていた。
『お前の全てを眺めておるところだ』
牙と赤黒い口腔内を見せながら彼女を睨め付けた。
『哀れな娘よ』
白竜は明らかな嘲笑と哀れみとわかる眼差しをルチェイに向け『哀れで小さな、汚く、愚かな娘。巫女ですらない』吐き捨てるように言った。
ルチェイは思わず両手を握りしめ、俯いてしまった。
エーテルは嘲笑を続ける『では、愚かな娘に問うてみるか。竜とは、何か?』
彼女は「世界の秩序である」と答えた。
『では、世界の秩序の数を述べよ』エーテルは睨む。
少し間を置いて「ひとつ」彼女は言った。
『ひとつ?愚かな。なぜだ?』白竜は目を丸くして仰々しく問い返す。ルチェイは固まってしまった。しかし竜眼は、彼女が視線を逸らすことを許さない。
『なぜだ?お前は竜の儀をなんだと思っておるか!正解を述べよ。それとも汚らしい身では巫女の答えを出せぬか』『哀れな娘だ』
エーテルは彼女を一層、嘲笑った。暗く冷たい空間とルチェイの頭に竜の声がこだまする。
彼女の目から涙がこぼれる。
その時「竜よ。秩序の数は、色の数と同じである」ルチェイの後ろから声が起こった。
彼女が声の方に振り返ると、黒剣を帯びた黒衣のソロフスが立っていた。
エーテルはソロフスを恐ろしい形相で睨み付ける。
『男よ。神聖な竜殿に無断で立ち入るとは何事か!』金眼を赤く燃やした。
それに対し、ソロフスは飄々とした態度を崩さず「エーテルよ。また会いに来てやっているというのに、つれないな。私は聖上から竜殿に入ることを許されている」薄笑いを浮かべながら言った。ルチェイが涙目でソロフスを見ると、彼は微笑み返した。
エーテルは燃える視線をルチェイに向けると『色とは何か?』と、問うた。
「それは光だ」ソロフスが答えた。さらに竜が『眼が開かねば、光は見えぬか』という問いにも「否。眼を閉じていてもこころに灯火はある」すぐにソロフスが言う。
『なぜ、お前が答える』エーテルが口から火の粉を零しつつ怒りの声色をソロフスに向ける。
彼は「姫巫女にやりとりの仕方を示しているにすぎない。その程度で怒るなよ。トカゲの分際で」淡々と返した。
『お前程度が、我を制しようとでも思っているのか。愚かな塵が』
エーテルはソロフスを獄炎の如き眼で睨め射る。
「……無断で人の体をまさぐって中を覗くなよ。いやらしい獣だな。私でももう少し、品良くやるものだがな」ソロフスは眉をひそめて言い返した。
「私の最愛の者にも同じように触ったか」彼はルチェイの手を握り「下種が」エーテルを睨み返した。
ルチェイが「ソロフス……」と恐る恐る声を掛けると、彼は普段の穏やかな顔を彼女に向け「ルー。こんな感じでいいんだよ」あっけらかんと言った。ルチェイは目を丸くした。
「気負わずに」ソロフスは笑って、彼女の肩を軽く叩いた。
エーテルが『男よ、それはお前の弱さだ』と言う。
「否。ルーを信じているからだ」ソロフスは返す。
そして彼は「ちびもおいで」と、竜殿の入り口に向かって声をかけた。ちび竜がルチェイのそばに駆け寄り『入れたよ♪ソロのおかげ♪』笑顔を見せた。ルチェイは泣きそうになった。が、ソロフスから「泣くな。今に集中しろ」と言われたので、顔をこわばらせながらも頷いた。
エーテルは少し黙していたが
『では愚かな娘に問う』『お前の竜は、お前の不徳故に未成熟なままである。我の尾にも見たぬ大きさだ。それはお前の力量のなさの現れではないか?』厳しい声をルチェイに向ける。
ルチェイが口ごもると『ボクは自分で決めてやったんだい!ルチェイに言うな!』ちびが大きな声でエーテルに吠えた。
『愚かな娘よ。お前はかばわれておるぞ?それでいいのか?』白竜は彼女に冷たい眼差しを向ける。
「……私は一度逃げた。でもまた生きてやり直そうと思う」ルチェイは、やっと言った。
エーテルはその返事を受け大声で笑い出した。
『やり直す?愉快なことを言う』そしてふいに声色を換え『娘よ、お前はその好いた男と添い遂げ、どこかで共に静かにしあわせに暮らすという選択をなぜしない?』優しく撫でる様に言ってきた。
『それも人として徳を積むことに変わりはない。なぜそうしない?その男を好いてはいないのか?』柔らかい哀れみを込めても言ってきた。
ルチェイは完全に言葉を失った。
そういう選択肢を心の奥底で思っている自身を再確認してしまい、ルチェイは目が泳ぐ。
『図星か。その程度の決意では聖上の期待を裏切ってしまうのも仕方ない。ハリュイはもう、お前を見捨てておるよ』
エーテルは彼女を睨みつつ嗤った。ルチェイはソロフスやちびの顔すら見ることができなくなっていた。ふたりともどんな顔をしているのか?自分に失望しているのだろうか?なんて答えたらいいのか……。
彼女は身体に力を込めようとした。が、考えようにもエーテルの視線と嘲笑に、これ以上耐えられない自身がいることにも感づいてきた。
頭の中にエーテルの嘲笑いがこだまする。思考が止まりそうだ。
エーテルは言った。
『己の傲慢により汚れた無能なお前はもう必要ない。望まれない役立たずは、去れ。消えるがよい』
ルチェイは崩れ落ちそうになった。
(つづく)




