【物語】竜の巫女 剣の皇子 35 なぞなぞの剣
アイサイ村の初冬の夜。
北国の大気がしんしんと地に降りてくる。
ニール・ヤードは囲炉裏の前にいた。部屋の灯りは炭火のみ。彼はそれを見つめつつ「こちらへ」静かに言った。
ソロフスが歩み入り下手に座した。
ヤードは泰然と「なぜ殺す」ソロフスに言った。そして「なぜ、お前自身を殺す?」と付け加えた。
ソロフスからはことばが出ない。
「強きを求める時、すでに強きの道からは外れておる。しかし、お前が何を思うたかはわかっておるつもりだ。ウラドハマから飛来した翼獣妖魔の群れを見た時、お前はミットマの事を思うたはず。なによりもあれに心をざわめかせたのはミットマであった、と儂も理解しておる」ヤードは静かに話す。
ソロフスの気配のわずかな変化を感じつつ、ヤードはことばを続ける。
「しかし、あれらは山奥に巣を作った。斬らずともよかった。ミットマは『斬らぬ』と決めておった。ソロや、お前はいつも他人を慮る」
「儂はお前に多くのことを与えてきたつもりだ。炊事や剣術、天地の理……それはあるがままに地に足を付け生きる、道の実践。はじめに会った時から、ただこれだけを」
そうヤードは話しつつ「ちいさな迷子が大きくなったものよ……いくつになった?」ソロフスに尋ねた。
「十九に」ソロフスは答えた。
ヤードは頷き「まだまだ若い。お前は『自身が触れて感じたものが正しい』と思うておるな?それは『感じたまま』をお前自身が許してしまっておるという事。それよりも大事なものはお前自身の魂だ。神鬼魂魄、それがお前をお前たらしめる……儂がお前に伝えたいことが、本当にわかる時がくるといいが……」そう話し、黙した。
「まだ、実感できない……」沈黙に屈し、ソロフスはやっと言った。
それに対しヤードは「それもまたよし。なぜお前に『痛み』があると思うか?」と、尋ねた。
「強くありたいと願ったから」彼は伏し目がちに答えた。ヤードはそれに「なぜ?」と聞いた。
ソロフスは「…………ニール。私はニールを悲しませたくない。ずっと一緒にいてくれて、だから、がんばってこれた。あなたの教えをたくさん覚えてきた。私は……あなたが本当の父だといいなと思い……」
「だから、ミカゲを斬らないで欲しい。あなたも私に責任を感じないで欲しい。私はニールやミットマやミカゲが好きだ。だから大切にしたい。ルーにも償いたい。だから強くなりたいと。私の事でみんなが苦しむことは、苦しい……」絞り出すように言った。
「儂はお前を我が子と思うておるよ」
ヤードは言った。
ソロフスの目から涙がこぼれる。
「失うた子の代わりではない。ミットマと同じに、お前も我が子と思い、今まで慈しみ育ててきたつもりだ。この瞬間も、これからも。子が未熟で愚かだからといって見捨てる親がどこにおろうか……お前には納得できぬ部分もあるだろうが、子の未熟は親の未熟故、な」老人は話しつつ、少し笑みを見せた。
「お前が感じたものを痛みと決めるは、お前自身だ。今の苦しみ、涙、全て。しかし五感はそのためだけではない。世界を、自身の五感をもって実感し、しあわせを知るためにある。まずはお前自身がしあわせの道に立て。それをお前自身に許せ」
「この不徳な儂の思い、雨一滴だけでもよい、どうか汲み取っておくれ」ヤードはソロフスに言った。
ソロフスが静かに泣き続けるので
「このカラスはすぐになく。その涙を昨夜の問いの答えとする。明日は水汲みと掃除をしてユサ殿のところに行けよ。ユサ殿が心配して来たので『ずる休みだ』と、言っておいたからの」
ヤードは笑いながら、ゆっくり立ち上がった。
そして「しばし待て」と言い、自室から太刀を一振り携えて戻り、ソロフスに手渡した。
「それがこの玄穂だ」
ソロフスは手元の黒剣をルチェイとちびに示した。
ちびが『玄穂!?これがか!はじめて知ったぞ!』と驚くので、ルチェイが尋ねると『竜殺しの剣、と呼ばれているものだ』
ちびは剣をまじまじと見た。
ソロフスは「それは俗称。我ら流派が代々預かってきた剣。それを師匠は私にくれた」
「玄穂は魄も斬ることができる。だからどんなに硬い竜の体であってもその魄を斬る、ということだ」穏やかに説明した。
ちびは『ソロ!なんで黙ってた!』と騒ぐので「言うわけないだろ。もともと扱いの難しい剣だが、欲しがる者もいる。基本的に所持者は秘密にする。でも今、ちゃんと教えたろう?」ソロフスはちびに言ったので、ちびも大人しく頷いた。
ルチェイは「どうしてこの剣をソロフスにくれたの?」という問いに
「それは私も師匠に尋ねた」彼も言った。
ヤードは言った。
「この太刀は魄を斬る時、その七魄、喜び・怒り・哀しみ・懼れ・愛・惡しみ・欲望、を感ずる。この事に、お前なりの答えを見つけて欲しい。これはなぞなぞである」
「この剣は私にとって戒めであり、父であり、未だ解けないなぞなぞ。だから……大事な友達」
ソロフスはちょっと困ったように微笑んだ。
(つづく)




