【物語】竜の巫女 剣の皇子 34 いたい
環竜歴736年、初冬。
アイサイ村、闇夜の林に鈍い音が響く。
「儂は、お前の腕を落とすがために!お前に剣を教えたのではない!」
「智ばかりで礼にすら行きつかん!痴れ者が!」
ニール・ヤードはひとしきり木刀で打ち据えた後、倒れ込んで呻くソロフスを一喝した。その老齢な剣士の顔は鬼のように変貌している。
ヤードが叩く間、ソロフスは木刀を構えるが、ひたすら打たれるがままであった。そばに立つ兄弟子ミットマは腕組みをして静観している。
「何をもって己とするか!」
ヤードは、顔を伏せたままのソロフスに言った。
彼は無言のまま肩を上下させている。
「答えが出るまで、待つ」
先ほどより幾分語気を抑えて言うと、その場を去った。ミットマも無言でヤードに付いていった。
燃えるような激痛が、ソロフス自身が生きていることを教えてくれてはいた。しかし、呼吸することがやっとで動くことができない。伏した地面の冷たさなど忘れるほどに。思考しようにも激痛と呼吸の苦しさが、それを阻む。
彼は痛みそのものとなり、意識は夜の闇と共に暗転していった。
冷水を浴びせられ、ソロフスはやっと目を開いた。体は相変わらず痛みで動かせない。
視界の外れに、水桶を持って立つミットマがいた。
彼は長い金髪を朝日にきらめかせつつ、澄んだ緑眼で「ソロ。触るよ」と言い、彼をそっと抱き起こした。そして、歯を食いしばってこらえるソロフスの顔をじっと見つめた。
「ソロは本当に不器用……」ミットマはつぶやきつつ、彼の右手を撫でた。
「ニールがこの腕を斬るなら、僕がもらっちゃおうかな……。ソロは『痛く』ない?」
笑みながら尋ねた。
「今は、それどころじゃ、ない」ソロフスは荒い呼吸の中、やっと答えた。
ミットマもため息をつきつつ「はいはいっ。ニールは迎えに来ないから、僕が代わりに勝手にやるっ、ということでっ」動けないソロフスの肩を担ぎ上げ、一緒に住む家に連れ帰った。
ミットマはソロフスの部屋で彼を休ませ、傷の手当てをしつつ「ニールは痛い。ソロの痛みよりも痛いんだよ。でもソロを打った。僕も痛い」ため息をつく。
「ミカゲと一緒に妖魔をたくさん斬ったのはなぜ?」
「不必要な殺生をしたのはなぜ?」
「あんなに野を血に染めて……」
ミットマは言うと、きつく口を閉じた。
そして「ソロはそんなに強くなりたいの?」寝かせたソロフスの顔を覗き込んで尋ねた。
彼は無言で返した。
「僕は強くありたい。この瞬間も」ミットマは緑の瞳を潤ませて言った。そして「僕の思い、見える?」ソロフスの手をそっと握る。ソロフスは目を閉じたまま、顔をしかめる。
ミットマはその表情を眺めつつ「でもね、僕は復讐者にはならないよ。ソロとは、違う」握ったままの彼の右手を自分自身の胸に当てた。
「僕は気が狂う前に、自分でおかしくした。それでいい。それが僕」そう嬉しそうに笑い「そして、ニールの愛を受けて、僕は天道にいることを決めた」長い睫を伏せた。
「ソロがニールからもらったのは、剣技だけ?」ミットマは彼に尋ねた。ソロフスも苦痛を浮かべた顔で、兄弟子を見上げた。
「僕もミカゲを斬り捨てたくない」
そのことばにソロフスは目を見開いた。
「ソロ。ミカゲはお前のためにやった。それは愛。そして、罪」
「お前がどうあればいいか考えるんだよ。それがミカゲの命を預かる、主としてのお前の責任」
「そしてお前は今、4つの命を背負っている……だから、考えて」
ミットマはそう寂しそうに言うと、ソロフスの額を優しく撫で、部屋を出た。
ソロフスは床に伏したまま、目を閉じ、顔をゆがめた。
涙が一筋、彼の頬を伝った。
(つづく)




