【物語】竜の巫女 剣の皇子 31 女の子
チョコロ村、冷え込む冬の朝。
「おはよう、ミカゲ」
馬小屋にやってきたルチェイは黒馬のミカゲに挨拶をした。
ミカゲは白いたてがみの間から金眼を覗かせ、ルチェイをじっと見つめる。
オゼとソロフスと一緒に馬小屋のそうじをして、馬を藁でこすってあげるのがルチェイの日課である。彼女のモココは茶色い馬で大人しい。ルチェイともすぐ仲良くなってくれた。ミカゲも牝馬なのだがモココよりも大きいので、世話はソロフスに任せていた。
「ありがとうございました。また明日」
ルチェイはトンゴの私塾からオゼの家に向かって歩いていた。
ふと、近くの雑木林からの歌声に気が付いた。
ちびとも顔を見合わせ、ちょっと歌声の主を探してみることにした。
すっかり落葉の終わった灰色の樹の立ち並ぶ中で、若い女性がひとり歌っている。静かに響き渡る風の様な旋律。その長い髪は雪のように白い。肌は褐色で、黒い服を纏っている。
その女性が歌いつつもルチェイとちびの方を向いた。瞳は夜星の様な金色。ルチェイが歌に聴き入ってしまっていると、女性は歌を止め、ルチェイに笑いかけた。
「は、はじめまして。私は村でお世話になっているルチェイと言います」ルチェイは慌てて、ぺこりと挨拶をした。
『あれ~♪この匂いはミ』言いかけるちびは、女性から一瞬、激しく睨まれたので押し黙った。
首をかしげつつ、ちびを見るルチェイに女性は『あたしはミカ。よろしく、ルー』柔らかな微笑みを向けた。
ルチェイとミカは一緒に散歩することにした。
「ミカさんは歌が上手ですね」
ミカは『そうだな。歌は好きだ。たまに山で歌う。みんな喜ぶ』と笑い『あいつも喜ぶ。初めて会ったときからずっと、喜んでくれる』そう言いつつ、冬空を見上げた。
「……ミカさんは、好きな人がいるんですか?」
ルチェイのことばに『いる。でもあいつは他に大切なものがいる。それでいい』ミカは目を細めて彼女を見返した。
「ミカさん。私も……好きなひとがいるんですが、自分に自信がなくて。これから自分がどうなるかもわからないので」ルチェイは弱々しく話した。
ちびは『ルチェイ。ソロフスはルチェイが好きだ』ミカの方も見ながら言った。
『ルーはなぜ、そいつが好きなんだ?』ミカは聞いてきた。
「……やさしいから、かな」ルチェイは答えた。
そのことばにミカは目を丸くし『そうか。それがいちばんなのか』とつぶやいた。
『ルー。お前はそいつの仔を産みたいか?』ルチェイの顔をまじまじと見た。
「まだ、成人していないので……。でも私は、そういうことができない身なので。やはり大人はそういうことも考えるんですね。そういうことが普通なのかな……」ルチェイは顔を真っ赤にしながらも話した。
『強い力に惹かれて仔を産みたいと思うのがイキモノだと思っている。ルーの考え、ヒトの考えは面白い』ミカはまたまた目を丸くして言った。
『ルー。私の好きな奴は強い。私の速度に応じることができ、獲物を狩ることを厭わない。血が似合う。私はそこが好きだ』
『でも、あいつはとても恐がり。あたしと同じ獣』ミカは話しながら目を伏せた。
そして彼女はルチェイの方を向き『ルーの好きなやつも同じ』
『獣は独りでも生きる。でも、獣がお前にこころを開いたのなら受け止めてやれ。お前が獣の面倒をみようとしなくてもいい。あれはあれで生きる。お前は位置を示せばいい。その周りで獣は自由に駆けてお前を守るだろう』
穏やかに話した。
ルチェイは「そうなんですか……」と答えた後、しばらく無言でミカと歩いた。
再び、ミカは歌い出した。
ルチェイはその旋律に耳を傾けたていた。が、ふと、ルチェイの目から涙がこぼれだした。
『ルー、なぜ泣く?』ミカは気が付き聞いてきた。
ルチェイは「すみません。なんだか、とても悲しい気持ちになってしまって」ハンカチで涙をふきつつ謝った。
ミカは『……それはお前がやさしいからだ……』ルチェイの背中を優しく撫でた。そして『だから、か』と、頷いた。
『ルー』
ルチェイはミカを見た。
『獣はな、こころを開いた相手にあたたかくしてもらうと嬉しい』
ミカは『また、待っている』微笑みながら去って行った。
ルチェイがちびと雑木林を出ると、道にはソロフスがいた。
「帰りがいつもより遅いから」彼はルチェイに言った。
彼女はソロフスに「ミカさんという人に会ってお散歩していたの。ごめんなさい」と、謝った。
「そう……」彼はちょっと静かな表情になった。
「優しいひとだったよ。また会おうって言ってくれたの。歌も上手で、とても綺麗なひとだったよ」ルチェイは顔を輝かせて話した。
ソロフスは「よかったね」と言い、ルチェイの手を取って歩き出した。
翌朝、ルチェイは馬小屋に来て
「おはようミカゲ。ソロフス、今日は私がミカゲのお世話をしてもいいかな」
笑顔で言った。
ミカゲは耳としっぽをパタパタ振り、それを見たルチェイも顔をほころばせた。
朝の冷たい空気は明るい吐息を、白くやわらかく天に昇らせた。
(つづく)




