【物語】竜の巫女 剣の皇子 23 ナーシャという女(ひと)
「お母上様はまだお戻りではごさいません」
私が幼い頃から、離宮にいる頃から、母は不在の事が多かった。
そういう時の侍女の返答は決まり切ったものになっていた。
まだ世間知らずではあったが、幼いなりに母は父ばかりにかまけて、私には無関心なものだと思っていた。
母に抱きしめられれば嬉しかったし、母のくれた本やおもちゃは宝物だった。
だから、父以上に母を憎んでいた。
数年後、
16歳の私はニールとミットマと共に、ロンテン村からロゴノダの城都を経由し、アイサイ村に入った。その時初めて、母の事を知った。
ユサ先生が、私をひとつの部屋に案内してくれた。
狭い部屋、机とベッドぐらいしか入らない中に、おびただしい程の書籍や記録物の束が所狭しと積まれていた。ユサ先生の促すまま、私は机に向かい記録物を読むことにした。
それは母のものであり、この村の流行病について様々なことを調査して記録していたものであった。
私は合計2年を越えるそれらの記録物を数日かけて読み続けた。そしてある時、机の引き出しにある日記帳を見つけた。
私の事もたくさん書いてあった。父への詫びと感謝のことばもあった。
最後の方は筆圧が弱くなって、何を書いているかわからなくなっていた。
父への手紙も一通、封をしたままの状態でページに挟まっていた。
全ての記録物を読み終わった私に、ユサ先生は
「母君は、お前の母としては失格だったかもしれん。だが、許せ。それが、お前自身を許す事だ」
とだけ言った。
魔導療師として宮城に仕え
父の妻となり
私を産んで
私を置いて、家を空けてばかりで
私を置いて、人々のために働き
病で亡くなった母
そういう生き方を選んだひと。
私はユサ先生に抱きついて、子供のように情けなく泣いた。
熊みたいに大柄なユサ先生は、何も言わず抱きしめてくれて
ニールとミットマはずっと庭で待っていてくれた。
そしてまた数年後、
22歳になった私はアイサイ村からロゴノダ宮城に登り、本当に久しぶりに父と対面した。
皇の間、天女の大紋章の下に立つ父は威風堂々としており、まさしく国皇であった。
私は父に、母の手紙を手渡した。
父は
「あれはもともと身体が弱かった。だから儂は『お前を産まずともよい』と言った。しかしあれはお前を産んだ。
あれは『産んでみたかったのだ』と笑っておった。あれは最後まで儂の思い通りにはならなんだ。本当に自由に生きた女だった」
そう、静かに話し
「儂を斬るか?」
最後に聞いてきた。
私は首を横に振り
「いいえ。母はあなたに感謝していました」とだけ答えた。
「お前に親王の宣旨を下す。これが、儂がお前に渡せる唯一のものだ」
父は唇の端をわずかに引き、私に言った。
私は今でもたまに、アイサイ村の『花壇』で母と話すが、私の問いに応えてはくれない。
本当にいつまでも、あの人らしいと思う。
(つづく)




