【物語】竜の巫女 剣の皇子 20 ひとつずつ
暗い空間の中、目の前に大きな沼が見える。
水面のどす黒い深緑色はドロリとして、ぽつぽつと白い塊がいくつか点在して浮いている。
魚の死体のようなブヨブヨとした6つの塊。
『もとにはもどらないの?』
『いいえ、ゆっくりもどる……』
厳かな声が後ろから響いてくる。
『ごめんね……』
瞬間、目が覚めた。
左手を見ると、しっかり鞘を掴んでいた。
ひさしぶりに、見た。
「おはようございます」
馬小屋に来たオゼに、ソロフスは挨拶をした。
チョコロ村滞在3日目の朝のこと。
夜明け前ではあるが、ソロフスは茶馬のモココとオゼの農耕馬の世話をしていた。
「ゴンも喜んでるよ、ありがとな」
オゼは目を細めて自分の馬を撫でつつ、ソロフスに礼を言った。
「お前さん、優しいが女の子を泣かせちゃいかんぞ」オゼは彼に言い、ソロフスは当惑しつつも謝った。
オゼはカラカラ笑いながら
「冗談じゃよ、冗談。お前さん、今夜はわしと飲まんかね?わしが婦女子の口説き方を講義しちゃるぞよ。これでもわし、昔はアレじゃったんやぞ~」
冗談めかして言った。
朝餉の時。
「明日は天気がええから山に入っていくつ植物を採ろうと思う。今日は薪切り一緒にやって欲しいのう、ええかの?」
オゼからの提案に、彼は快諾した。
モヨはルチェイに「ルーちゃんはわたしのお手伝いをお願いしてもええかしら?」笑顔を向ける。
「はい」と彼女は小さな声で答えた。ちび竜はルチェイにくっついて静かにしている。
「今日はね、おまんじゅうを作ろうと思って」
モヨは小豆餡の入った鍋を見せてくれた。ルチェイと白竜は物珍しそうに眺める。
続けてモヨはいくつか材料や道具を揃え「さあ始めましょう」と作り方をふたりに教えていった。
ルチェイは初めてのことなので、たどたどしくも一生懸命やってみる。
それを見てモヨは
「ルーちゃん。ちょっと餡を味見してみいね」
さじですくった餡をルチェイとちび竜の口に入れた。
『甘い~♪おいしい~♪』ちび竜が喜び、ルチェイも顔がほころんだ。
「ね、おいしいものは笑顔になるんよ。おまんじゅうね、ソロくんが好きってよ」モヨは弾むように話す。
「そうなんだ……」
「ルーちゃん。ごはんはちゃんと食べんといかん。わたしらもやけどソロくんが心配するんよ」
ルチェイはモヨのことばに、しゅんとなった。
「あなたががんばってるんは、みんなわかる。でも、それで倒れたらいかん。ごはんは元気や命になる。大事にせないかん」
「それにな」モヨは餡を生地でくるみながら「ごはんはな、元気なひとが作ったもんもええんけど、こころを込めてつくったもんもええんよ」
ルチェイはモヨの顔を見た。
「ルーちゃんは、誰のためにおいしいものを作りたい?そのためにはな、自分が元気でおらんとな。体力とか強いやないんよ、元気って、笑顔のことよ。わたしはそう思うんよ」
白髪頭のモヨは話しながら、生地を手際よく、くるくると包み、蒸し器に並べる。
ルチェイはちょっと俯いて、袖で目をこする。
「ルーちゃん、泣いたら餡が塩味や。女は笑顔と、度胸や!」モヨはルチェイの背中をバンと叩いた。
顔を上げたルチェイは「はい、ありがとうございます」と、先ほどよりは力のある声を出し、作業を続けた。
「そうそう。できることからビシバシ教えるけんね。これは破れまんじゅうになってもええ。でも丁寧に包むようにな。ひとつずつ、うまくなればええ」
皺の多い顔をくしゃっとさせてモヨは笑った。
ちび竜も『ルチェイがんば!おいいしいがんば♪』とまわりを飛び跳ねて応援した。
少女はやっと、スッキリした笑顔になった。
その日のおやつでは、みんなでおまんじゅうを笑顔で食べた。
その夜はオゼとソロフスは村の寄り合い所に出かけていったので、ルチェイはモヨとちび竜とで過ごした。
「ハルはルーちゃんよりもおっちょこちょいでね……」モヨは娘の思い出話をし、ルチェイの話も聴いてくれた。
やがて、オゼを介抱しながらソロフスが帰ってきた。
「あれまあ、お父さんよ。酔っ払ってまあ~!ソロくんごめんね~。これお父さん!」
モヨは丹那の白髪頭をペシペシと叩く。
「いえ、すみません。なんだかお父さんが上機嫌で……」
ほぼ素面のソロフスが苦笑してモヨに詫びた。
モヨは「あとはふたりはゆっくりでね。おやすみ。もうお父さんは……」オゼを連れて自室へ行った。
ルチェイはソロフスに「あのね、昨日はごめんなさい。ありがとう。私ね、自分ができることを見つけようと思うの」ゆっくりと話した。
「うん。それはいいね」ソロフスはちょっと目を丸くし、笑顔を見せた。
「今できることを考えたの。お掃除とか、炊事とかをモヨさんに習うとか……モココの世話とか……」ルチェイが指折りしながら話すので
「いっぺんにじゃなくて、ひとつずつでいいんじゃない?今日も少なくともひとつはやったんだし」とおやつのお礼を言った。
「ソロフス、おまんじゅう食べて元気になった?」ルチェイのことばに、彼も柔らかい笑顔で頷いた。
ルチェイが本当に明るく笑うものだから、ソロフスも彼女の顔を覗き込み、軽く口づけをした。
「ごめん。好きだ」
頬を染めて涙目の彼女に彼は静かに言った。
「わ……私も……」たどたどしく言うルチェイにソロフスが微笑みつつ「なんだろう?」と意地悪く聞き返した。
そこへ『すきなんだもん!』と、ちびがふたりの間に割り込んだので、ルチェイはさらに真っ赤になった。ソロフスは笑って白竜を撫でた。
明日からはルチェイも馬の世話をすることに決め、それぞれ早めに寝た。
その夜はみんながゆっくり眠ることができた。
(つづく)




