【物語】竜の巫女 剣の皇子 19 告白
チョコロ村滞在2日目、冬の夜。
夜も更け、カナイ夫妻とソロフス、ルチェイとちび竜は囲炉裏を囲んで思い思いの作業をしていた。
カナイ夫妻は「じゃあ、わしらは年寄りやけ、もう寝るでの。おふたりは好きな時に寝るがええ」と自室へ引っ込んだ。
囲炉裏にかけた鉄瓶の蒸気の音がするのみで、静かである。
ソロフスは、お茶を飲み飲み、あぐらをかいて籠の前にて黙々と作業をしている。オゼから『薬草を茎と葉っぱに分ける』ように頼まれたのだ。ルチェイもそれを手伝っている。
「今日も疲れたろう?先に寝て良いよ」
作業に目を向けたままのソロフスから声をかけられたので手を止めた。
「ソロフス…」とルチェイが声をかけるので「ん……」と彼も作業しながら返事をする。
「ソロフスって、そういう時の方が楽しそう」
彼女のことばに、彼は顔をあげて目を合わせた。そしてすぐにふふっと笑って
「そう……あちらで……ロゴノダで地方の村に仕事で行くんだけど、そういう風に言われることが多くて……『皇子に見えない』って、いろんな意味で言われるよ」彼は苦笑いして上体を起こした。
ソロフスの胸にちび竜がじゃれて来たので、彼はちびをやさしく抱いて撫でてあげた。続けて「そうだな……うん。こういう事が好きかも」白竜を見つめながら静かに言った。
「ソロフスはどうしていろいろな事ができるの?」ルチェイは顔を赤くしながら聞いた。
「ここでの仕事のこと?これはロゴノダでアイサイ村ってところにいたからだよ。アイサイ村はここみたいに、自然がたくさんで、人も荒いんだけど、いい人も多くて……剣の師匠や勉強の先生もいて。とても好きな村で、今でも仕事の合間に帰るんだ。ちび竜くらいの犬やらもいて……いろいろ遊ぶ」ソロフスがちび竜の頭を撫でながら話す。ちびも『うふふ~♪』と笑顔で彼に抱きつく。
「……好きな場所にずっといなくて……どうして今の仕事に就いたのですか?」
ルチェイはおずおずと聴いた。
ソロフスはしばらく考えてから「そうだな……村が好きだからかな」静かに言った。
『ソロフスも好き!』ちび竜がじゃれついてきたので、彼も座ったままでちびを抱き、遊んであげだした。
「こいつは元気だね。大きくなるといいな」ふわふわした毛並みの白竜を撫でつつ、こちょぐってみだした。ちびも『わはははは♪』と体を揺すりながら笑い出し、同時にルチェイも急に座ったままかがみ込んでしまった。
「どうしたの?つらい?」驚いたソロフスは彼女の肩を持った。
ルチェイの顔は真っ赤になっていて「……えっと……その……ちび竜と私は……その……同調していて……半身なので……」やっとのことで言った。
「あ……ごめん……!」
ソロフスはちびを抱いたままと言った。「ごめん。なんとなく感じてはいたんだけど、うっかりしてた。ごめん。気をつける」ルチェイの肩を撫でた。
「嫌じゃない……」と言うルチェイの言葉に、ソロフスは一瞬固まった。彼がルチェイを見つめると、彼女の目から涙がこぼれだした。
「なぜ泣くの?」ソロフスは聞いた。「どうして?」彼はルチェイの頭をやさしく撫でた。
ちび竜はソロフスの背中におぶさってルチェイを心配そうに眺める。
「いろいろ……」ルチェイが切れ切れに言うので、ソロフスは「うん」と彼女に寄り添った。
「私……巫女の……ちからがない……前は飛べたり、なんでもできた……でも去年から……できなくて……身体が重くて、見えない」
「うん」ソロフスが泣くルチェイの背中を優しく撫でる。
「なんにもでき……ない……薬も自分、で、できない。宮城も出されて……役立たず……でも……ここでも、なにもできない。ソロフスみたいに、できない……ちからもない……」
「それは違う」ソロフスははっきりルチェイに言った。
ルチェイの涙は止まらない。「私……巫女、に、なれなかった、ら……竜に……食べら、れる、って……」彼女の背中を撫でるソロフスの手が止まった。
「わたし、それで、いい……て、思って……それまでに……薬……。でも、だんだ、ん……こわくて」
「おいで」ソロフスはルチェイを抱き寄せた。
「わた、し…………し……にたく、ない」泣きじゃくる彼女は、吐き出すように言った。
「うん」
ソロフスは赤子を抱くように彼女の背中をさすりながら聴いた。
「どうしたら、いい、かな……」ルチェイはしゃくり上げる。
背中のちび竜も『わ~ん』と泣き出して、ソロフスに抱きついた。彼は白竜の頭も撫でた。
「ルチェイ。いいよ。私がルチェイを守るから」
ソロフスは彼女をやわらかく抱きながら言った。
「誓う。大丈夫だよ」
ルチェイは嗚咽をあげて泣き続けた。
彼女が泣き疲れて眠りに落ち、ちびも寝入った。彼はルチェイとちびを寝室まで抱くとベッドに寝かせ、そっと部屋を出た。
庭に出ソロフスは冷たい外気を吸い込み、深い息をひとつ吐く。
ふいに
『ソロ』
後ろから声がかかった。
振り向くと、月明かりの下、白く長い髪に褐色の肌の若い女性が立ってソロフスを見ていた。
「ミカゲ」とソロフスがその女性に穏やかに声をかけた。「たくさん走ってきたかい?」
彼女はソロフスの方にゆっくり歩み寄ると絡みつくように抱きつく。
『ソロ……あの子に好きと言えたか?』
ソロフスは無言で返した。
『ヒトは変だ。どうしてこころのままにしない?あたしならいつでも、お前の胸に飛び込むのに……』彼女は静かな瞳でソロフスを見る。
彼は「ミカゲ」とだけ言った。
少し微笑んだ彼女は『いいさ。惚れた弱みだ。あたしはお前と駆けることができればいい』
『あの子……泣いたんだね……』ソロフスの首筋に顔をこすりつけ
『お前の薫りが好きだ。でも……最近はあの子の薫りも混じってきた……でも、それが嫌じゃない……』
『お前がしあわせな薫りがするもの』微笑みながらミカゲは涙を一粒、こぼした。
ソロフスは「ごめん」とだけ言った。
『もうこうすることができるのも今夜だけだな……ソロ……』
『あたしはお前を愛しているよ。ずっとだ。誓うよ』彼女はソロフスから離れて『また戻る』と、黒馬の姿に転じて夜の中に消えていった。
冬の風が暗い山の上空で唸り
肌を刺す冷たさが、ソロフスに熱を教えていた。
(つづく)




