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独眼竜覇道録―早く生まれた龍は、天下を望む―  作者: レイン
第一節 幼年期

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第六話 元服を前に

第六話 元服を前に


 天文十八年(一五四九年)、暮れ。


 庭へ下りる段に腰をかけ、足袋の先を引いた。


 去年まで履いていたものでは、指を曲げると窮屈になった。新しく仕立ててもらったこちらは、踵のところに少し余りがある。


「若。殿がお呼びでございます」


 廊下を来た小十郎が、目の前で足を止めた。


「父上が?」

「はい。お部屋でお待ちでございます」

「分かった。今参る」


 足袋から手を離し、立ち上がった。


 小十郎の肩が、前より近い。


 隣へ並んで踵を浮かせると、小十郎がこちらを向いた。


「何か」

「いや」


 踵を下ろす。


 父の部屋へ着くと、小十郎が声をかけた。


「若をお連れいたしました」


 中から返事があり、小十郎が戸を開ける。その脇を通り、父の前へ座った。


 父は紙を読んでいたが、こちらへ目を向けると、畳んで脇へ置いた。


「来年は、十一になるな」

「はい」

「そろそろ、お前の元服を整えようと思う」


 膝へ置いていた手に、力が入った。


「俺の、ですか」

「ほかに誰がおる」


 父の目が細くなる。


 口元を引き締め、座り直した。


「いつですか」

「日取りは、これから決める」

「春には?」

「そう急ぐな。支度にも時がかかる」

「衣も、仕立てるのですか」

「うむ。それも要る」


 父の脇に置かれた刀へ目が向いた。


 腰へ差したら、どの辺りまで来るだろう。


「刀もいただけるので?」

「うむ。お前に合うものを用意させよう」


 父の刀から顔を上げた。


「ただし、身につければ済むものでもないぞ」


 父が膝へ手を置く。


「これまでより、人前へ出ることも増える。わしの言いつけで動いてもらうこともあろう」

「できます」


 返事が早かったせいか、父がこちらを見たまま黙った。


 背を伸ばす。


「何をすればよいですか」


 父はしばらくして、脇の紙へ手を伸ばした。


「明朝、寺へ参る。朝餉を済ませてから出るゆえ、わしと供の者の馬を二頭、支度するよう厩へ伝えてこい」

「二頭ですね」

「うむ。支度ができるか、返事も聞いてこい」

「分かりました」


 膝へ手をつきかけると、父が呼んだ。


「梵天丸」


 まだ何かあるのかと、手を戻す。


「元服すれば、名も改める」

「名も」


 口の中で、梵天丸、と繰り返した。


「もう、決めておられるのですか」

「考えてはおる」

「何という名ですか」

「それは、またの話だ」


 父が紙を開く。


 こちらを見ていた目は、もう字を追っていた。


 聞きたかったが、厩へ行くように言われている。


 頭を下げて立ち、戸口へ向かった。


「小十郎も、来い」

「はい」


 廊下へ出てから振り返ると、父は顔を上げずに手だけを軽く振った。


     *


「聞いておったか」


 部屋を離れてすぐ、小十郎へ尋ねた。


「元服のお話でございますか」

「うむ。俺も、いよいよだ」

「おめでとうございます」


 返事を聞くと、また口元が緩んだ。


「お前は、知っておったのか」

「殿から、少しばかり」

「俺より先にか」

「お支度をする者には、先にお話がございます」

「では、名も知っておるな」


 小十郎は前を向いている。


 横から顔をのぞき込んだ。


「何という名だ」

「私からは、申し上げられませぬ」

「知っておるのか」

「殿にお尋ねくださいませ」


 父も、またの話だと言った。


 小十郎の歩く先へ回りかけ、やめる。今は厩へ行くところだ。


「元服したら、お前も俺の言うとおりにするのか」


 小十郎がこちらを見た。


「今も、お言いつけには従っております」

「稽古を続けると言っても、やめさせるだろう」

「お身体を損ねては、翌日の稽古もできませぬ」

「では、そこは変わらぬのか」

「はい」


 そこだけは、すぐに答えた。


 先へ向き直ると、後ろから小十郎の声がした。


「若。厩は、こちらでございます」


 足を止めた。


 廊下の先は、庭へ続いている。


「分かっておる」


 向きを変え、小十郎の脇を通った。


 笑ってはいないかと顔を見ると、いつもの顔だった。


     *


 厩の前では、男が桶を洗っていた。


 こちらに気づくと手を止め、脇へ寄せる。


「若様。お乗りになりますか」

「今日は乗らぬ。父上の言いつけで来た」


 男が姿勢を正したので、こちらも顎を引いた。


「明朝、父上が寺へ参られる。朝餉の後に出るゆえ、父上と供の者の馬を二頭、支度してほしい」


「承知いたしました。ただ、いつもの黒は今朝、右の前脚を気にしておりましてな。明日は別の馬をお出ししたく存じます」


 男が厩の中へ顔を向ける。


 奥から、馬が鼻を鳴らす音がした。


 黒い馬は、父がよく乗っている。城下へ行く折にも、先頭を歩いていた。


「怪我か」

「足の裏へ石を噛んでおりました。石は取りましたが、念のため休ませようかと」


 厩へ入りかけると、男が先に立った。


 中は外より暖かい。藁を踏む音に、黒い馬が顔を上げた。


 前へ回り、柵越しに脚を見る。


 どこが悪いのか、見ただけでは分からなかった。


「歩けぬのか」

「歩いてはおります。ただ、人を乗せて道を行くのは、控えた方がよろしゅうございます」


 馬の鼻先へ手を出すと、柔らかいところが指へ触れた。


 隣から別の馬が首を伸ばす。


 栗色の鼻が、こちらの袖へ寄ってきた。


「こら。食べるものではないぞ」


 袖を引くと、男がその首を撫でた。


「こちらでしたら、足に問題はございませぬ。殿にも、以前お乗りいただいております」


 男が栗毛の首から手を下ろした。


「黒を休ませ、明日は栗毛をお出ししてよいか、殿へお伺いいただけますか」

「分かった。父上に聞いてくる」


 黒い馬へ顔を戻すと、鼻先が柵から出ていた。


「供の者の馬は、支度できるのだな」

「はい。そちらは、いつもどおりに」

「では、そのように伝える」


 男が頭を下げた。


「お手数をおかけいたします」


 栗毛の鼻が、また袖へ触れた。


 掌で押し返し、厩の外へ出る。


「父上は、栗毛にも乗ったことがあるそうだな」

「はい。私も、お供したことがございます」

「なら、すぐに返事をいただけそうだ」


 袖へついた藁を払い、父の部屋へ戻った。


 戸は開いていた。


 中では家臣が紙を広げている。戸口の脇で待っていると、父がこちらに気づいた。


「戻ったか」

「はい。馬のことで、お聞きしたいことがございます」

「申せ」


 家臣が紙から手を離したので、その隣へ座った。


「黒は足の裏に石が入っていたので、休ませたいそうです。明日は栗毛を出してよいかと」


 父は頷いた。


「ならば、栗毛にしよう」

「供の者の馬は、支度できるそうです」

「うむ。伝えてくれ」


 立とうとすると、父が続けた。


「次から、こうして馬を替えるときは、厩の者と相談して決めてよいぞ」


 膝へついた手を止める。


「俺が、ですか」

「馬の具合は、あの者たちがよく知っておる。話を聞いて決め、何を出すか、わしへ知らせよ」

「では、今回のように足が悪ければ、別の馬を」

「うむ」

「分かりました」


 今度こそ立ち、頭を下げた。


 戸口へ向かうと、後ろで紙の広がる音がした。


「先ほどの続きだが――」


 父の声に振り返りかけ、小十郎の隣へ戻る。


 まずは、栗毛でよいと伝えねばならぬ。


     *


 厩の男は、鞍を手入れしていた。


「栗毛でよいそうだ」


 声をかけると、男が膝から鞍を下ろした。


「承知いたしました」

「次から、馬を替えるときは、お前と相談して決めよと言われた」

「若様と、でございますか」

「うむ。決めたら、父上へ知らせる」


 男がこちらを見てから、頭を下げた。


「では、次からは若様にご相談いたします」

「足のことは、俺には見ても分からぬからな。今日のように教えろ」

「はい」


 黒い馬が、奥で鼻を鳴らした。


 そちらへ行こうとしたところで、外から声が飛んできた。


「梵!」


 振り返ると、時宗丸が厩の入口に立っていた。


「やはり、ここか」

「いつ来た」

「今だ。部屋におらぬので、聞いた」


 時宗丸が中へ入り、小十郎へ軽く頭を下げる。


 その後ろをのぞいたが、ほかには誰もいなかった。


「お前の父上は」

「殿のところへ行った。俺も来いと言われたが、先に梵を探してくると言ったのだ」

「俺は、父上の用で来ておる」

「馬に乗るのではないのか」

「明日の支度だ」


 時宗丸が栗毛へ近づいた。


 伸びてきた鼻を両手で挟み、顔を寄せる。


「お前も出るのか」

「俺は出ぬ」

「なら、もう済んだだろう。部屋へ行こう」


 袖を引かれ、足が一歩出た。


 すぐに止まり、厩の男へ向き直る。


「明朝、朝餉の後だぞ」

「はい。間に合うよう、お引きいたします」


 時宗丸が袖から手を離した。


「もう、言い残したことはないか」

「ない。行くぞ」


 厩を出ると、冷たい風が頬へ当たった。


 時宗丸は袖へ手を引っ込めたが、こちらは入れなかった。


「元服をすることになった」


 時宗丸が足を止め、こちらを向いた。


「いつだ」

「まだ決まっておらぬ。今、父上から聞いた」

「今か。では、俺は運がよかったな」


 時宗丸が小十郎を振り返る。


「小十郎。元服したら、梵は何と呼べばよい」

「新しいお名でお呼びいただくことになりましょう」

「その名は」

「まだ聞いておらぬ」


 先に答えると、時宗丸がこちらへ顔を戻した。


「では、しばらくは梵だな」

「今も梵だぞ」

「元服してから間違えても、怒るなよ」


 間違えるところを想像しているのか、もう笑っている。


「お前は、わざと呼ぶつもりだろう」

「まだ呼んでもおらぬぞ」


 肩を小突くと、すぐに押し返された。


 小十郎が後ろから二人の間へ手を入れる。


「段がございます」


 足元を見た。


 廊下へ上がる段が、すぐ前にあった。


 時宗丸より先に足をかけたが、袖をつかまれる。


「俺が先だ」

「またそれか」


 片足を下ろし、道を空けた。


 時宗丸がこちらを見た。


「何だ」

「先に行けばよい」

「……後ろから押すなよ」

「押さぬわ」


 時宗丸が段を上がる。その後へ続くと、先で待っていた。


「元服するからか」

「何がだ」

「急に譲った」

「お前が先だと言っただろう」


 笑い声が廊下へ響いた。


 小十郎が履物をそろえて上がってくるのを待ち、三人で部屋へ向かった。


     *


 部屋へ入ると、時宗丸は壁際へ腰を下ろした。


 両足を伸ばし、足袋の先を動かしている。


「刀も、もらうのか」

「俺に合うものを用意してくださるそうだ」

「見せろよ」

「まだ、ない」

「来たらだ。抜かずに見せるだけなら、よいだろう」


 小十郎を見る。


「殿にお許しをいただいてからでございます」

「俺の刀でもか」

「元服のお支度が整うまでは、お預かりすることになりましょう」


 時宗丸が膝を抱えた。


「もらっても、すぐには持てぬのだな」

「お前に見せると、先に抜きそうだからだ」

「梵も抜きたいだろう」


 答えずにいると、時宗丸の口が大きく開いた。


「ほらな」

「お前より先には見るぞ」

「それは、そうだろう!」


 小十郎が戸口へ顔を向けた。


 外から女の声がする。


「時宗丸様。殿がお呼びでございます」


 時宗丸の顔から笑いが消えた。


「俺の父上か」

「はい。お部屋へおいでになるようにと」

「分かった」


 立ち上がり、膝のところを払う。


「梵。後で来る」

「今度は、父上の話を聞いてから来い」

「聞いてくると言っておる」


 戸口を越えたところで、時宗丸が振り返った。


「刀が来たら、俺にも知らせろよ」


 頷くと、ようやく女の後を追っていった。


 小十郎が開いた戸を閉める。


 部屋が急に静かになった。


「小十郎。俺の刀は、お前が預かるのか」

「まだ、そこまでは決まっておりませぬ」

「なら、来たらすぐに俺へ知らせろ。先に時宗丸へ見せるなよ」

「承知いたしました」


 小十郎がこちらの向かいへ座る。


 その腰に差した刀へ、目が向いた。


「持ってみては、ならぬか」


 小十郎が柄へ手を置いた。


「座ったままでしたら。抜かずに、お持ちくださいませ」


 差し出された刀を、両手で受け取る。


 膝へ載せると、衣が重みで沈んだ。


 鞘の先は、膝からずいぶんはみ出している。


「俺のは、これより短いか」

「お身体に合わせて、お選びになるかと」


 柄へ指を添えたが、引かなかった。


 こちらの手元を見ていた小十郎が、少し顔を上げる。


「返す」


 両手で差し出すと、小十郎も両手を添えた。


 重みが離れてからも、掌には鞘の感触が残っていた。


 小十郎が刀を腰へ戻したところで、戸の外から声がした。


「兄上」


「入れ」


 戸が開き、竺丸が顔を出した。


 後ろには母付きの女がいる。頭を下げた女へ小十郎が場所を空けると、竺丸はその脇を通ってきた。


「時宗丸殿は」

「自分の父上に呼ばれていった。後で来るそうだ」

「廊下で会った。兄上が元服するって」


 隣へ座りながら、顔をのぞいてくる。


「そうだぞ。父上から聞いた」

「いつ?」

「まだ決まっておらぬ」


 今日は、何度これを答えただろう。


「決まったら、お前にも教える」


 竺丸が頷いた。


 その目が、畳に置いた手へ下りる。


「兄上は、名前も変わるの?」

「うむ」


 竺丸が膝へ目を落とした。


「父上のお部屋へ行くことも、増える?」

「増えるだろうな。今日も、厩へ言いつけを伝えてきたぞ」

「それで、時宗丸殿と一緒にいたんだ」

「あいつは、途中から来たのだ。俺が話しておるのに、袖を引いてな」


 竺丸の口元が緩んだ。


「兄上、明日も厩へ行く?」

「明日は、まだ分からぬ」

「行くなら、僕も馬を見たい」


 小十郎へ顔を向ける。


「二人で行ってもよいか」

「お出かけになる前に、お声をおかけくださいませ。お供いたします」


 竺丸がこちらへ向き直った。


「行くとき、呼んで」

「分かった。だが、用があるときは、先に済ませるぞ」

「待ってる」


 言いながら、竺丸は袖から小さく畳んだ紙を出した。


「これを、持ってきた」


 開かれた紙には、幾つかの線と四角が描いてあった。


 四角の脇に、小さな字が添えてある。


「絵図か」

「お城から、蔵まで」


 指の置かれた四角を見る。


 蔵の字は、右側が少し窮屈になっていた。


「橋は、ここだな」

「うん。ここを渡って、曲がる」


 線をたどる指が止まる。


「犬のいた店は、こっち?」

「そこでは、蔵の向こうへ行ってしまうぞ」


 紙を回し、橋から先を指でたどった。


「橋を渡る前だ。ここに店があっただろう」

「じゃあ、こっちだ」


 竺丸が紙を引き寄せる。


「筆を借りてもよい?」

「硯も要るぞ」


 小十郎が机へ道具を出してくれた。


 竺丸は筆を受け取ると、線の脇へ四角を書き足した。字を書こうとして手を止め、こちらを見る。


「何と書けばよい?」

「犬の店でよいだろう」

「店は、まだ書けない」


 紙の端へ手本を書いてやる。


 竺丸がその隣へ写す間に、もう一度、道を見た。


 橋までが短い。その先の蔵は、ずいぶん離れている。


「ここは、もっと近かったぞ」

「歩いたら、遠かった」

「お前が、犬ばかり見ておったからだ」

「兄上も見たでしょう」


 筆先が止まる。


 こちらを見るので、紙へ指を置いた。


「墨が落ちるぞ」


 慌てて筆を戻し、最後の線を引いた。


 書き終わった店の字を、二人でのぞき込む。


「読める?」

「読める。犬も書けば、もっと分かるな」

「兄上が書いて」


 筆を渡され、四角のそばへ犬を書いた。


 耳を二つつけ、長い尻尾を添える。


 竺丸が首をかしげた。


「猫?」

「犬だ」


 耳を直そうとして、やめた。


 墨が乾けば、また書ける。


「次に行ったら、よく見てこい」

「兄上もね」


 筆を返すと、竺丸が洗いに立った。


 後ろで女が腰を上げた。


「そろそろ、お戻りになりませぬと」


「これが乾いたら、持って帰る」


 竺丸は女へ答え、こちらを振り返った。


「兄上。元服しても、兄上でよい?」

「何がだ」

「呼ぶとき。新しい名前じゃなくても」


 机の紙から顔を上げる。


「お前は、今までどおりでよいぞ」

「時宗丸殿は、名前で呼ぶのに?」

「あいつは、俺の弟ではないだろう」


 竺丸が頷く。


 洗った筆を小十郎へ返すと、紙の端へそっと触れた。


「まだ、墨が乾いておらぬぞ」


 伸ばした手が戻る。


 隣へ座り直した竺丸と、墨が乾くのを待った。


     *


 数日後、部屋へ反物が運ばれてきた。


 父に呼ばれて入ると、見慣れぬ男が畳へ手をついた。


「お身体を拝見いたします」


 立ったまま両腕を広げると、男が袖の長さを確かめた。


 父は座ってこちらを見ている。


「もう少し、腕をお下げくださいませ」


 少し下ろした。


 男が肩から手首へ触れ、脇の者へ何か伝える。書き留める筆の音がした。


 広げられた布へ目を向けると、男の手が肩で止まった。


「そのままで」


 首を戻す。


 父の口元が緩んでいた。


「気になるか」

「はい。どれを着るのですか」

「まずは、こちらを」


 男が布を一つ持ち上げた。


 光の当たり方で、織られた模様が浮いて見える。


「触ってもよいか」

「どうぞ」


 指の腹で撫でた。


 いつもの衣とは違う。もう一度触れようとしたところで、男が手を引いたので、こちらも下ろした。


「これを、俺が」

「ほかに誰の支度をしておる」


 父に言われ、顔が熱くなった。


 また同じことを言わせてしまった。


「いつ、できますか」


 男が父を見る。


 父は頷き、こちらへ顔を向けた。


「できたら知らせる」


 男が畳んだ布を、もう一度見た。


 測り終わると、小十郎が襟の寄ったところを直してくれた。


 父が立ち、男たちへ声をかける。


「頼んだぞ。まだ背が伸びておるゆえ、そのつもりでな」

「承知いたしました」


 畳まれていく布を見てから、父の後へ続いた。


 廊下へ出ると、庭から木剣の打ち合う音が聞こえた。


 竺丸が、小十郎とは別の家臣に構えを直されている。


 こちらに気づき、木剣を下ろしかけた。


「竺丸様。よそ見をなさいませぬよう」


 慌てて前へ向き直る。


 父が足を止めたので、隣で待った。


 竺丸の木剣が上がり、家臣の構えたところへ打ち下ろされる。


「お前も、あれくらいの背で始めたな」

「今は、もっと強く打てます」


 父がこちらを見た。


 すぐに庭へ目を戻し、頷く。


「うむ。知っておる」


 竺丸がもう一度打つ。


 受け止められても、今度はすぐに構え直した。


「小十郎。俺の稽古は、この後か」

「はい。お支度が済みましたら」


 父へ頭を下げ、自分の部屋へ向かう。


 曲がり角で袖を広げ、腕を見た。


 ここへ、あの布が来る。


 腰へ手を当てると、刀を載せたときの重みを思い出した。


「若。お着替えを」


 振り返ると、小十郎が先に戸を開けていた。


「分かっておる。今、行く」


 袖を下ろし、その脇を通った。

「ここまでお読みいただきありがとうございます!

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