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独眼竜覇道録―早く生まれた龍は、天下を望む―  作者: レイン
第二節 青年期

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幕間 成実の名

幕間 成実の名


 大森(おおもり)の城へ着くと、実元(さねもと)が父を迎えに出てきた。挨拶を終えて奥の部屋を示す、その声がいつもより低い。


「支度は整っておるか」

「はい。先ほどから座って待っております」


 父が家臣たちと部屋へ入るのを見送り、実元へ尋ねた。


「時宗丸に会ってもよろしいか」

「どうぞ。待ちくたびれておる頃でしょう」


 教えられた廊下を小十郎と進み、戸口で声をかけた。

 中にいた時宗丸は、膝へ両手を置いていた。新しい衣の袖が畳へ広がり、腰には刀がある。顔を見るなり立ちかけたが、脇の男に袖を直され、また座った。


「何だ。もう来ておったのか」

「今、着いた」


 向かいへ座ると、時宗丸が戸口を見た。


「殿も?」

「父上も来られた。もう呼ばれるだろう」

「そうか」


 時宗丸は膝へ手を戻した。その指が衣をつまみ、離れる。


「似合っておるぞ」

「どこか曲がっておるのか」

「褒めたのだ」

「お前が先に褒めると、確かめたくなる」


 自分の襟へ手をやろうとして、男に止められた。


「今、整えたところにございます」

「分かっておる」


 手が膝へ戻る。笑いをこらえていると、時宗丸が目を細めた。


「お前のときも、これほど座って待ったか」

「待ったぞ。部屋へ入ってからも、長かった」

「手順を聞いたときには、すぐ終わると思ったのだがな」


 廊下を足音が近づいてきた。時宗丸が背を伸ばす。

 呼びに来た家臣の声を聞くと、今度は男が袖から手を離した。


「行くぞ」

「俺が先ではないだろう」


 場所を空けると、時宗丸が立った。鞘へ手を添え、戸口を通る。その後へ続く前に小十郎を見ると、黙って頷いた。


     *


 父の前へ座った時宗丸は、両手をそろえたまま動かなかった。

 実元も家臣たちも口を閉じている。衣の擦れる音が収まると、廊下で鳴いた鳥の声まで聞こえた。


 父が烏帽子を取る。頭を下げた時宗丸へ近づき、髪へ手を添えた。

 やがて顔を上げると、額の上に黒い烏帽子が据えられていた。紐を整える者の手が離れても、時宗丸は正面を向いたままだった。


「成実(しげざね)」


 父が呼んだ。


「はっ」


 いつもより張った声が響く。

 成実が畳へ手をつき、頭を下げた。隣の実元も深く頭を下げている。こちらも膝の上で指をそろえた。


 祝いの言葉を受ける間、成実は一人ずつ顔を向け、礼を返していた。小さい頃から知っている家臣にも、改めて両手をつく。

 顔を上げたとき、一度だけ目が合った。顎を引いてみせると、成実もわずかに頷き、次の挨拶へ向き直った。


 祝いの席で隣り合うと、成実が少し身を寄せ、声を落とした。


「何度、頭を下げたか分からぬ」

「皆が見ておるぞ」


 成実の背が伸びた。

 先に箸を取ると、膝の上で拳が一つ握られるのが見えた。


「後で覚えておれ」

「何か申したか」

「何でもない」


 父が顔を向けたので、二人で膳へ目を戻した。

 実元が客へ酒を勧める声が響く。成実は料理を口へ運び、飲み込んでから、そっと帯の辺りを直した。


 席を終えると、成実に袖を引かれた。廊下へ出るまで待っていたらしい。


「お前、わざと申したな」

「前に、お前も俺へ申した」

「まだ覚えておったのか」


 元服の日、何度も頭を下げたと笑われたのを忘れるものか。

 袖を引き戻して向かい合う。成実は何か言い返そうとしたが、先に名を呼んだ。


「成実。元服、おめでとう」


 口が閉じた。

 成実は足をそろえ、顔を上げ直した。


「かたじけない。今後とも、よろしく頼む」

「うむ。こちらこそ」


 互いに頭を下げる。身を起こすと、成実はまだ改まった顔をしていた。


「何だ」

「いや。お前に、そのように言われるとは思わなんだ」

「祝いくらい申すわ」

「その前に、からかっただろう」


 肩を押され、押し返す。成実が一歩下がったところで、後ろから小十郎に声をかけられた。


「お足元に、段がございます」


 二人で振り返ると、庭へ下りる段がすぐ脇にあった。成実は足を戻し、刀の鞘を押さえた。


「これがあると、動きにくいな」

「慣れればよい」

「お前は、もう慣れたのか」

「少なくとも、柱には当てぬぞ」


 成実が廊下の柱を見たので、笑ってしまった。


「今、確かめたな」

「当ててからでは遅いだろう」


 袖を払って歩き出す。その隣へ並ぶと、成実が庭を見た。端の稽古場で、木剣を片づける者がいる。


「政宗」

「何だ」

「次に来たときは、勝負だ」

「元服した祝いに、一本譲ってやろうか」

「要らぬ。その分も取ってやる」


 声が大きくなり、先を歩いていた家臣が振り返った。

 成実は口を閉じ、何事もなかったように進む。横顔を見ていると、唇の端が少し上がった。


 廊下の角で、実元が待っていた。成実は父親を見ると足をそろえ、頭を下げた。


「成実。まだ挨拶を済ませておらぬ方がおる。参れ」

「はい」


 実元に続こうとして、成実が振り返る。


「また後でな」

「うむ」


 角を曲がる前に、烏帽子の紐へ指が伸びた。


「成実。触ると緩むぞ」


 手が止まる。

 成実は実元を見てから、声を落とした。


「分かっておる」


 手を下ろして父親を追う背を、小十郎と見送った。


「小十郎。夕方までに、何度あの紐を直すことになると思う」

「気になるうちは、つい手が伸びるものでございます」


 笑って歩き出すと、曲がり角の向こうから声が飛んできた。


「聞こえておるぞ!」


 小十郎が口元を引き締めた。

 返事をせず、父の待つ部屋へ足を向けた。

「ここまでお読みいただきありがとうございます!

評価(下の★★★★★)や一言感想、応援のブクマなど、少しでもいただけると執筆の大きな励みになります! ぜひよろしくお願いします!」

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