第五話 まだ知らぬもの
第五話 まだ知らぬもの
基信が文を広げる脇に、小さな青い玉が置かれていた。
父に見ていただく文を基信へ渡し、立ち上がろうとして玉に気づいた。日に透けた玉の下で、紙が青く染まっていた。
「基信。それは何だ」
「商人が置いていったものでございます。硝子の玉と申しておりました」
「触ってもよいか」
「どうぞ」
指先で持ち上げると、思ったより軽かった。真ん中に細い穴が通っている。窓へかざすと、青が明るくなった。
「石ではないのか」
「そのようでございます。詳しい作りまでは、私も聞いておりませぬ」
「その商人は、まだ城下におるか」
「はい。昼過ぎに、ほかの品を持って参ります」
玉を紙へ戻すと、基信が脇の文を寄せた。
「ご覧になりますか」
「うむ。俺も呼んでくれ」
廊下へ出たところで、成実と行き合った。挨拶のために父のもとへ来たという。青い玉の話をすると、すぐに基信の部屋をのぞいた。
「一つだけか」
「ほかにも持ってくるそうだ」
「なら、俺も見る」
先へ行こうとした袖をつかまれた。
「何だ」
「俺も呼べよ。お前だけ先に触るな」
「もう触った」
「次の品の話だ」
手を離した成実は、父の部屋へ向かいながら振り返った。
「昼過ぎだな」
「父上の御用を済ませてから来い」
「分かっておる」
小十郎が一礼して道を空けると、その脇を足早に通っていった。
*
商人は、畳へ敷いた布の上に幾つかの包みを並べた。
基信の隣へ座ると、成実も布を挟んだ反対側へ座り、包みをのぞき込んだ。
「南蛮渡りの品と聞いたぞ」
成実が言うと、商人は包みを解きながら頷いた。
「はい。この玉などは、海を渡って来たものと聞いております」
布の上へ、青や緑の玉が転がった。朝に見たものより小さい玉もある。細い紐へ幾つも通されたものを持ち上げると、玉同士が触れて音を立てた。
「これは、どこで買った」
「堺でございます」
「作ったところは、さらに遠いのか」
「はい。海の向こうで作られ、船で運ばれてきた品だと聞いております」
穴へ光を通してみる。細くまっすぐ抜けるものもあれば、少し傾いているものもあった。
「色は、後から塗るのではないのだな」
「こすっても落ちませぬ。割れたものも、同じ色をしておりました」
「割ったのか」
成実が顔を上げた。
「運ぶ途中で、一つ。包みを開けましたら、欠けておりまして」
「割れたものも、売れるのか」
「このように紐へ通す品ですと、欠けたままでは難しゅうございます」
「では、損か」
「はい。値をつけるときには、そうしたことも考えねばなりませぬ」
成実が玉を布へ戻した。紐を置き、基信へ尋ねた。
「一つ、幾らする」
「大きさや色で違います。その青い玉でしたら、この額でございます」
基信が脇の紙を向けた。指された額を読み、青い玉を見直す。
「この小ささでか」
成実も紙へ顔を寄せた。
「紐に通した分をそろえれば、ずいぶんかかるな」
商人は別の包みから、模様のある布を取り出した。端をつまんで広げると、成実が織り目へ顔を近づける。
「これも、堺で?」
「はい。同じ店ではございませぬが」
「何軒、回ったのだ」
「十を越えた辺りから、数えておりませぬ」
成実が目を丸くした。
「それほど見てから買うのか」
「同じように見えても、傷み方や値が違いますので」
「案内する者がおるのか。それとも、一軒ずつ尋ねて歩く?」
「初めは、人に教わりました。何度か参るうちに、顔を覚えてもらいましてな」
商人が、布の端の小さなほつれを示した。成実は指で触れ、ほかの端も裏返して見ている。
青い玉の紙を、もう一度引き寄せた。
「堺で買ったときより、この値は高いのだな」
「はい。運ぶ者や馬にも銭がかかります。ここまで持って参りました分を、いただかねばなりませぬ」
「道が遠いほどか」
「日がかかれば、それだけ入用も増えます」
「今回は、どの道を通った」
基信が尋ね、筆を取った。商人が通ってきた国や宿の名を挙げると、紙の脇へ書き留めた。
商人の背後には、まだ開いていない細長い包みがあった。ほかの品より厚い布で巻かれ、両端を紐で結んである。
「そちらには、何が入っておる」
指すと、商人が振り返った。
「秤でございます。銭などを量るための」
「どう使う。見せてくれ」
「はい」
包みの中から、竿と二つの皿が出てきた。商人が組み立て、一方へ小さな重りを置く。
成実がすぐに玉を一つ取った。
「これも量れるか」
「軽いものでございますから、いくつか合わせた方が」
成実が皿へ玉を載せ、もう一つ足すと、玉の側が下がった。商人が反対の皿へ小さな重りを足し、釣り合わせた。
皿の揺れが収まるまで、二人で待った。
「釣り合ったら、その重りと同じ重さか」
「はい」
成実は玉を一つ取り上げ、再び傾いた竿を見た。
*
品を片づける間に、基信は別の紙を商人へ渡した。銭の書かれた紙とは違い、幾つかの品名が並んでいる。
商人が上から読み、途中で指を止めた。
「こちらは、すぐにはお約束できませぬ」
「品がないか」
「扱う店もございますが、私のいつもの買い物とは違います。まず、先方へ尋ねねば」
紙をのぞくと、鉄砲と書かれていた。
「基信。鉄砲を買うのか」
「殿より、手に入るか確かめるよう仰せつかっております」
「持ってきたことはあるか」
商人へ尋ねると、首を横へ振った。
「私は、ございませぬ」
「実物は」
「堺で見かけました。ただ、撃つところを近くで見たことはございませぬので」
どれほど遠くまで届くのか、続けて尋ねようとして口を閉じた。
成実が秤の皿を布へ包む商人を見た。
「鉄砲を売る店は、知っておるのだな」
「はい。知り合いを通じて、話を聞くことはできましょう」
「その知り合いに、鉄砲を使った者の話も聞けるか」
「尋ねてみましょう。次に参る折、ご報告いたします」
基信が紙を手元へ戻した。
「藤次郎様。鉄砲を持って領内へ戻った者がおります。殿が、実物を持って参るようお命じになっております」
「いつ来る」
「日取りが決まりましたら、お知らせいたします」
身を起こすと、成実も基信へ膝を向けた。
「俺も、参ってよいか」
「まずは、殿へお伺いください」
二人で顔を見合わせた。
小十郎は戸口で、商人の運び込んだ箱を通す場所を空けている。
「小十郎。父上は、お部屋か」
「はい。お戻りになっております」
基信へ礼を言って立つと、成実も立ち上がった。先に戸口へ行きかけた袖を引く。
「まだ、商人が包んでおるぞ」
「見えておる」
成実は一歩脇へ寄り、床に広がる布をまたいだ。
廊下へ出てから、二人で父の部屋へ向かった。
父の部屋へ入ると、成実が挨拶を終えるのを待って口を開いた。
「鉄砲を持つ者が参ると、基信から聞きました。俺たちも、拝見してよろしいですか」
「お前たちが、その話で来るとはな」
父が脇の紙を畳んだ。
「基信のところで、何を見てきた」
「硝子の玉と、布を。鉄砲は、商人も撃つところを見ておらぬそうです」
「それで、実物か」
「はい」
成実も膝を進めた。
「持ち主の話も、聞きとうございます」
「よかろう。撃たせる折には、お前たちも呼ぼう」
顔を上げると、父が指を一本立てた。
「近くで見たいからと、先へ出るなよ」
「承知いたしました」
二人で返事をすると、父は基信を呼ぶよう家臣へ命じた。まだ何か聞けるかと座っていたが、開かれたのは領内の書付だった。
頭を下げて部屋を出ると、成実が袖を引いた。
「撃つところも、見られるぞ」
「聞こえておった」
「お前、今の返事だけは早かったな」
「お前もだろう」
廊下を歩きながら、成実が片手を前へ伸ばした。筒を持つ真似らしいが、もう片方の手をどこへ添えるか迷っている。
「両手で持つのか」
「見れば分かる」
「早く呼ばれぬかな」
その手を下ろし、庭へ下りる段を二つ飛ばして進んでいった。
*
数日後、父について城外へ出た。
土手を背にした的の脇で、家臣が周囲を確かめている。道から人が入らぬよう見張りも立ち、父は離れた場所へ腰を下ろした。
基信の隣には、日に焼けた男がいた。畳んだ布の上に、長い筒を載せている。
「この者が、鉄砲を持ち帰った者にございます」
基信に紹介されると、男は父へ頭を下げた。足軽として西国の戦に加わり、暇を得て故郷へ戻ったという。鉄砲は、仕えていた主から働きの褒美として与えられたものだった。
父が手で示すと、男は布から鉄砲を持ち上げた。
黒い鉄の筒が、木へ据えられている。筒の脇には小さな蓋と、曲がった金具があった。思っていたより長い。男が両手で支えているのを見て、先ほどまで膝へ置いていた手を伸ばしたくなった。
「持ってみるか」
父に尋ねられ、頷いた。
男は火薬も弾も入っていないと確かめてから、持つ場所を教えてくれた。両手で受け取ると、筒の先が下がる。左手を前へずらすと、ようやく支えやすくなった。
「重いな」
「構えたまま待っておりますと、腕へ来ます」
成実が横からのぞき込む。
「どこを見て、狙うのだ」
「筒の上の、この二つを合わせます」
男が指したところへ目を近づけた。先端の小さな突起は見えるが、合わせようとすると筒が揺れる。
「座って撃つこともあるのか」
「はい。足場や、狙うものによります」
男へ返し、成実も持たせてもらった。筒を上げた途端に肘が張り、握り直している。
「お前も、揺れておるぞ」
「黙っておれ。今、合わせておる」
しばらくして男へ返すと、父が的の方を見た。
「では、撃つところを見せよ」
「承知いたしました」
男が鉄砲を持って前へ出た。供の者が火のついた縄を運ぶ。先端に赤い火が残り、細く煙が上がっていた。
小十郎が一歩前へ立ったので、成実と並んで父の脇へ下がった。
男は筒口から火薬と弾を入れ、細い棒を差し込んだ。棒を抜いて収めると、筒の脇の蓋を開く。そこにも少し火薬を置き、火縄を金具へ挟んだ。
的のそばにいた家臣が退き、腕を上げる。
男が鉄砲を構えた。頬を木へ寄せ、筒先を動かす。
脇で火が光った。
腹へ響く音が鳴り、肩が跳ねた。白い煙が男の顔まで覆う。
成実も足を踏み直していた。耳の奥が鳴り、父が何か申したのを聞き逃す。
「……当たったか」
父がもう一度尋ねると、的を見てきた家臣が頷いた。
「板を抜いております」
前へ出かけた足を止めた。男が鉄砲を下ろし、父の許しが出てから、成実と的へ近づく。
板には、小さな穴が開いていた。縁へ指を添えると、裏側の木が大きく裂けている。
「ここを抜けたのか」
成実が板の後ろへ回った。
「弾は」
「土手へ入ったのでしょう」
男が答える。板から土手へ目を移したが、弾の落ちた場所までは分からなかった。
「もう一度、同じところへ当てられるか」
尋ねると、男は板の穴を見た。
「同じ穴へと申されますと、お約束はできませぬ。この板を狙うのであれば、もう一度お見せいたします」
「頼む」
父を見て頷きをもらい、元の場所へ戻った。
男がまた火薬を入れる。成実は、棒を出し入れする手を見ていた。
「一度ごとに、あれをするのか」
「そうらしいな」
二度目は、鳴ると分かっていても手に力が入った。
煙が流れた後で確かめると、穴は最初のものより少し右にあった。どちらも板を抜いている。
父が穴を見比べ、男へ尋ねた。
「戦でも、そのように当てたか」
「敵が動いておりますと、外すことも多うございます。近づかれる前に、次を込められぬことも」
「そのときは」
「槍を持つ者の後ろへ下がりました」
父は頷き、基信へ何か書き留めるよう命じた。
成実が、男の脇へ置かれた道具を見ている。
「弾や火薬も、自分で買うのか」
「支給されることもございました。足りぬ分は、手に入るうちに買い足しておりました」
「鉄砲があっても、それがなければ撃てぬな」
「はい。出る前には、残りを確かめます」
父が鉄砲へ目を戻した。
「基信。商人には、筒の値だけでなく、弾と火薬もそろえられるか聞いておけ」
「承知いたしました」
基信が手元の紙へ書きつけた。
「雨のときも、撃てるのですか」
男が鉄砲の火皿を指した。
「火薬を濡らさぬようにいたします。火縄も、火を絶やせませぬ。私どもの組では、雨が強い折には使えませなんだ」
「店でも、そこまで教わったのか」
成実の問いに、男が首を振った。
「構えや込め方は教わりましたが、雨の中を持ち歩く支度などは、一緒におった者に」
「その者は、今も西国に?」
「最後に別れたときには。今、どこにおるかまでは存じませぬ」
成実が頷く。さらに何か尋ねようとしたところで、父が立ち上がった。
「今日は、ここまでとしよう。道具を収めたら、この者にも食事を取らせよ」
男が頭を下げ、金具から火縄を外した。
鉄砲が布へ戻されるまで見てから、父の後へ続いた。
歩き出すと、成実が耳の脇を指で押した。
「まだ鳴っておる」
「俺もだ」
「次は、もう少し離れて見よう」
「うむ」
小十郎が隣へ来た。背後では、基信が男と話を続けている。
基信には、商人から返事が来たら知らせてもらおう。
城へ戻る道で、成実は二度、筒を構える真似をした。二度目には、左手を前へ添えていた。
部屋へ戻ると、愛姫が机の前で紙を重ねていた。顔を見るなり手を止め、膝へそろえる。
「先ほど、大きな音がいたしましたが、何かあったのですか」
「鉄砲を撃たせたのです。父上と、見てまいりました」
向かいへ座ると、姫が少し身を寄せた。
「鉄砲、でございますか」
「火薬で弾を飛ばす武器です。二度、撃つところを見ました」
「では、あの音が。お近くでは、どれほど響くのでしょう」
「腹まで響きました。成実も俺も、帰るときまで耳が鳴っておりまして」
姫の目が耳へ向く。片耳を指で押してみたが、もう先ほどほど気にならない。
「怪我はございませぬ」
「それなら、よろしゅうございました」
「的の板も、抜けました。穴は小さいのに、裏では木が大きく裂けておりました」
紙の端へ指で丸を作ると、姫がのぞき込んだ。
「その穴から、裏まで抜けたのですか」
「はい。板の後ろの土手まで飛んだそうです」
「鉄砲そのものは、どれほどの大きさで」
両手を広げて見せた。姫は端から端へ目を動かし、脇の文箱と見比べる。
「その大きさでは、持って歩くのも大変でしょうね」
「重かったです。両手で支えても、先が下がりました。ほかにも、火薬や弾や、火をつける縄が要ります」
「では、荷も多くなりますね」
男の脇に並んでいた袋を思い出した。撃つときには筒ばかり見ていたが、帰るときには、それらも一つずつ包んでいた。
「商人にも、そろえて買えるか尋ねるそうです」
「前に、青い玉を持っていらした方へ?」
「はい」
姫が文箱のそばへ置いた紙を取った。端に、青い小さな丸が描いてある。
「乳母へお話ししようとしたのですが、どれほどの色か、うまく伝えられませんでした」
「俺も、初めは石かと思いました」
「日を通すのですね」
「ええ。紙まで青く見えました」
姫は描いた丸を指でなぞり、筆を取った。
「穴は、真ん中に一つですか」
「はい。紐が通るくらいの、小さな穴です」
筆先が丸の真ん中へ下りる。小さな点が加わると、先日手に取った玉に少し似た。
「穴は、向こうまで通っておりました。斜めになったものも」
「では、同じ大きさでも、通すと並び方が変わりそうですね」
紐へ通された玉を思い浮かべた。大きさと色ばかり見ていたが、確かに、一つだけ傾いていたものがあった。
「姫は、何へお使いになりますか」
「手に取ってから考えとうございます。重さも、まだ分かりませぬので」
「次に商人が来たら、一緒にご覧になりますか」
姫が顔を上げた。
「よろしいのですか」
「基信に頼んでおきます。品を見るのであれば、乳母もご一緒に」
「はい。見てみたいです」
返事を聞き、紙へ目を戻した。青い丸の脇へ、姫が細い線を引く。
「紐に通したところを描くのですか」
「はい。この方が、乳母にも形を伝えやすそうです」
丸を三つ描き足し、線でつないでいる。今度、商人が持ってきたら、これと並べてみよう。
姫は紙を乾かす場所へ移し、机に置いてあった書物を開いた。
*
商人からの返事は、ひと月余り経ってから届いた。
基信に呼ばれて部屋へ行くと、成実も先に来ていた。目が合うなり、紙の前を空ける。
「戻ってきたのか」
「本人ではない。文が届いたそうだ」
基信の隣へ座った。文には細かな字が並び、脇の紙には、基信が書き写したらしい品名と額がある。
「鉄砲は、手に入るそうでございます。ただ、すぐに何挺もとは参らぬようで」
「今ある分では、足りぬのか」
「使う者も買い求めており、売り先の決まった品があると。新たに頼めば、出来上がりを待つことになるそうです」
父から、どれだけ買うようにと命じられたのかを尋ねると、まだ数は決めていないという。
基信は文の一行へ指を置いた。
「火薬と弾についても、別に返事がございます。こちらは、筒と同じ店だけでそろえられるか、引き続き確かめると」
「では、まだ買うとは返せぬな」
「はい。殿にも、このままお伝えいたします」
成実が文へ顔を寄せた。
「使った者の話は」
「店へ出入りする者を、一人紹介してもらったそうです。商人が聞き取ったことも、こちらに」
基信が読み上げた。
その者は鉄砲を雨の日にも持ち歩き、火薬や火縄を濡らさぬよう包んでいたという。撃てたこともあれば、火がつかず、筒を下げたこともあった。
「雨でも撃てたのか」
成実がこちらを見た。
城外で会った男は、雨の強い折には使えなかったと申していた。
「雨が、弱かったのかもしれぬ」
「どれほど降っておったか、書いてあるか」
二人で基信を見ると、文を読み直してから首を振った。
「そこまでは、ございませぬ」
「どう包んでおったかは」
「火薬を入れるものへ覆いをし、濡れた手で扱わぬようにしたと。ただ、形までは」
基信が筆を取り、別の紙を前へ置いた。
「次に尋ねることを、書き留めておきましょう」
成実が膝を進める。
「雨が強かったか、弱かったか。それと、誰に包み方を教わったか」
「俺は、その覆いを見たい。小さくてもよいから、絵にしてもらえぬか」
「承りました。先方が描けるかも、商人へ尋ねます」
筆が動く間、成実は届いた文を見ていた。
「この者は、誰に仕えて戦ったのだ」
「主の名は、書かれておりませぬ」
「では、それも聞いてくれ。前に会った男と、同じ軍におったのか知りたい」
基信が一行書き足した。
紙を寄せてもらい、上から読む。雨の強さ、包み方、その者が仕えた主の名。答えが戻ったら、城外で鉄砲を見せた男にも聞いてみたい。
「基信。この前の持ち主は、まだ領内におるのだな」
「はい。故郷の村におります」
「その者にも、また話を聞けるか」
「殿へ申し上げたうえで、都合を確かめましょう」
成実が頷き、指を紙から離した。
基信は次に、弾と火薬の額を確かめる。運ぶ分の銭も、別に書かれていた。
「硝子の玉の返事もあるか」
「ございます。前と同じ色は、店に残っておるそうです」
「愛姫も見たいと申しておられた。次に参る折、持ってきてもらえるか」
「では、そのように」
成実が口元を曲げた。
「次は、姫と品を見るのか」
「お前も来るのだろう」
「行く。秤も、また持ってきてもらえ」
「何を量る」
「同じ大きさの玉で、重さも同じか確かめる」
基信が顔を上げた。
「お二人とも、今度は商いの話が済むまでお待ちください」
「分かっておる」
成実と声が重なった。
基信は頷いたが、筆を持ったまま二人の顔を見比べていた。
部屋を出ると、成実は父へ挨拶をして帰るという。廊下の分かれ目で別れ、小十郎と部屋へ戻った。
愛姫に返事が届いたことを話すと、先日の紙を文箱から取り出した。青い玉が四つ、紐へ通して描いてある。
「同じ色を、また見せてもらえそうです」
「では、この紙も持ってまいります」
姫は紙を畳み直し、すぐ取り出せるよう文箱の手前へ置いた。
隣へ座り、基信から借りた返事の写しを広げる。商人の見た品と、使い手から聞いた話が、別の行に分けてある。
「雨の中でも、撃てた方がおいでなのですね」
「はい。ただ、どれほどの雨であったか、まだ分かりませぬ。包み方も、絵で知らせてもらうよう頼みました」
姫が紙へ顔を近づけたので、端を押さえた。
「絵が届いたら、拝見してもよろしいですか」
「もちろんです」
基信へ返す前に、もう一度読み直す。尋ねたことへの答えの隣に、今度は確かめたいことを書き留めた。
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