第七話 新入生の月はいつも〇〇
「それでは、本日の授業はここまでです」
キクリ先生の一言で、教室が一気に賑やかになった。
「いやぁ、びっくりしたな」
「一年であんな暴発初めて見た」
「結界なかったら教室なくなってたんじゃない?」
お願いだから聞こえるところで話さないでほしい。
私は机に突っ伏した。
「……帰りたい」
「まだ一日目やで?」
隣から明るい声が飛んできた。
顔を上げると、さっき大笑いしていたピンク色のショートボブの少女が立っていた。
「さっきはよう笑わせてもろたわ」
「笑わないでくださいよ……」
「いやぁ、無理無理」
また肩を震わせている。
「火ぃつける授業でロウソク飛ばすとか反則やん」
「私も飛ばしたくて飛ばしたわけじゃないです!」
「分かっとる、分かっとる」
少女はけらけら笑う。
「せやけど、おもろかった」
「うぅ……」
「うちはヒルコ」
そう言って右手を差し出した。
「ヒルコ=イクタ」
「あ、霧島陽花です」
握手を交わす。
「よろしくな、陽花はん」
「よろしくお願いします」
「敬語いらんよ」
「え?」
「同じクラスなんやし」
そう言われると少し気が楽になる。
「ほな、陽花はん」
「はい」
「もう一回ロウソク飛ばして」
「無理っ!」
即答だった。
「えー」
「『えー』じゃないです!」
そのやり取りを見ていたクラスメイトたちが笑う。
どうやら笑いのネタにされる運命らしい。
「ところで」
ヒルコちゃんが教室の後ろを指差した。
「さっきから、ずっと見られとるで」
「え?」
振り返る。
教室の入口に、一人の少女が立っていた。
柔らかな茶色の長い髪。
整った顔立ち。
私を見るなり、その表情がぱっと明るくなる。
「お姉ちゃん!」
月依だった。
「迎えに来たよ!」
教室の空気が一瞬で止まる。
「え」
「月依先輩?」
「迎え?」
「お姉ちゃん?」
ざわざわと教室が騒ぎ始める。
月依はそんなことなど気にもせず、私のところまで歩いてきた。
「授業どうだった?」
「聞かないで……」
「暴発した?」
「しました……」
「ロウソク飛ばした?」
「なんで知ってるの?」
「見てたから」
「……いつから?」
「最初から」
「最初から!?」
「結界の外から見学してた」
「止めてよ!」
「止めようと思ったんだけど」
月依は少し首を傾げる。
「お姉ちゃん、楽しそうだったから」
「どこが!?」
「火柱出して」
「うん」
「ロウソク飛ばして」
「うん」
「みんな驚いて」
「うん」
「とっても楽しそうだった」
「私だけ全然楽しくなかったよ!」
ヒルコちゃんが吹き出す。
「ぷっ……ええ妹さんやね」
「私だけ全然楽しくなかったよ!」
ヒルコちゃんが吹き出した。
「ぷっ……ええ妹さんやね」
「それはちょっと違うでしょ!」
月依は不思議そうに首を傾げる。
「でも」
「?」
「私はいつもお姉ちゃんのこと見てるよ?」
「……それはそれで怖い」
「だって」
月依は胸を張る。
「『いつもそこに月はある』って、ガ○ダムさんも言ってるでしょ?」
「いや、言ってるけどさ」
思わず苦笑する。
「その使い方は絶対違──」
そこまで言って、私ははっとした。
「……あっ」
「どうしたの?」
「今日、再放送の最終回じゃん!」
「そんなに大事なの?」
「大事だよ!」
私は頭を抱えた。
「録画もしてないし、この世界じゃ見られない気がする……」
「それは残念」
月依が少しだけ申し訳なさそうに笑う。
「ごめんね、お姉ちゃん」
「え?なんで月依が謝るの?」
「ううん、なんでもない」
少し目を伏せながら微笑み返す。
変な妹。
意味が分からず首を傾げていると、
「へぇ」
ヒルコちゃんが感心したように声を漏らした。
「?」
「月依先輩、そんな顔するんや」
「え?」
月依が首を傾げる。
「いつもはもっとこう……」
ヒルコちゃんは背筋をぴんと伸ばし、すました表情を作る。
「『おはようございます』」
「『ありがとうございます』」
「『頑張ってくださいね』」
妙に似ている。
というか。
さっきまで私の隣で甘えていた月依と同じ人には見えない。
「お姉ちゃんの前やと別人やなぁ」
「……否定できません」
月依は少し恥ずかしそうに笑った。
その瞬間。
教室のあちこちから声が上がる。
「月詠先輩が笑った……」
「いつもの完璧な先輩じゃない」
「すごい……」
その反応を見て、私は首を傾げる。
……え?
月依って、そんな感じだったの?
私の知っている月依は、すぐ不安そうになるし、私の後ろについてくるし。
でも。
学校では、みんなが憧れるような先輩らしい。
「……」
私は改めて月依を見る。
確かに。
落ち着いていて。
優しくて。
誰にでも丁寧で。
言われてみれば、そう見える。
でも。
私の前では、普通の妹だ。
……なんだか少し、不思議な気分になる。
神様がいることよりも。
妹が、私の知らないところでそんな存在になっていたことの方が驚きだった。
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