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【第一章完結】異世界就職したら、神様の学園に出向することになりました ~普通に働きたい新人社員、『歩く人間凶器』のちょっと騒がしい異世界生活~  作者: 牛
第一章 三週目

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第五十四話 「三秒以内ならね」

 月曜日。


 週の始まりというものは、どうしてこうも憂鬱なのだろう。


 私は会社の自席に座り、パソコンの電源を入れながら小さく息を吐いた。


「……今週こそ、普通に働こう」


 先週までの私は、学園でも会社でも色々あった。


 カムイが暴発したり。


 授業で騒ぎを起こしたり。


 月依に助けられたり。


 ……うん。


 思い出すと、普通に働けていない気がする。


「陽花」


「はいっ!」


 突然、後ろから声をかけられて、私は背筋を伸ばした。


 振り返ると、柚木さんが立っている。


「おはよう。朝から元気だね」


「お、おはようございます!」


「ふふ。そんなに緊張しなくてもいいよ」


 柚木さんは、いつもの余裕のある笑顔を浮かべた。


「今日は会社のお仕事だから、少しは安心できるんじゃないかな?」


「そうなんです!」


 私は力強く頷いた。


「学園じゃないですし!」


「そうだね」


「カムイも使わないですし!」


「ええ」


「爆発もしません!」


「……それは、ぜひお願いしたい」


「はい!」


 柚木さんがくすっと笑った。


「じゃあ、早速だけど仕事をお願いしていいかな?」


「もちろんです!」


 来た。


 今日は会社の仕事だ。


 学園じゃない。


 カムイも使わない。


 爆発もしない。


 つまり――。


「普通に働ける!」


「……ふふ」


 柚木さんは何も言わず、私の机に数枚の資料を置いた。


「これを確認して、学園側へ共有してほしい」


「分かりました!」


「それと、こっちは社内用の資料。取り扱いには注意してね」


「はい!」


 私は資料を受け取った。


 内容を確認していく。


 学園の行事予定。


 教育部からの連絡事項。


 学生の活動状況。


 そして――。


「……ん?」


 見覚えのある名前が目に入った。


 霧島月依。


「……月依?」


 資料のタイトルは、


『高天原学園在籍者・霧島月依に関する状況報告』


 だった。


「……なんで会社が月依の資料を?」


 私は思わず画面を見つめた。


 学園での成績。


 交友関係。


 カムイ適性。


 学園内での評価。


 留学時から現在までの記録。


 私の知らない情報まで、細かくまとめられている。


「……こんなの、いつの間に」


 妹のことなのに。


 知らないことが、こんなにある。


 少しだけ胸がざわついた。


 けれど、今は仕事だ。


 私は資料を閉じて、指定されたファイルを添付する。


「えーっと……学園担当のところに送ればいいんだよね」


 宛先を確認。


 本文を確認。


 添付ファイルを確認。


 よし。


「送信っと」


 カチッ。


 送信完了。


「……ふぅ」


 私は椅子の背もたれに体を預けた。


 完璧。


 今日は完璧に仕事ができている。


 そう思った。


 その数分後。


「陽花」


「はい?」


 柚木さんが、私の後ろから画面を覗き込んだ。


「さっき、どこにメールを送ったのな?」


「え?」


「確認してみて」


「……?」


 私は送信履歴を開いた。


 そして。


「…………」


 宛先。


 そこには。


 高天原学園 全体連絡


 の文字。


「…………あ」


「……あら」


「……間違えました」


「そうだね」


 柚木さんは驚くでもなく、ただ小さく息を吐いた。


「陽花。今回の資料、月依さんに関するものも入っていたよね?」


「…………はい」


「なるほど」


「どうしましょう……」


 私は青ざめた。


「これ、取り消しとか……」


「あるよ」


「よかった!」


「三秒以内ならね」


「もう三分くらい経ってます!!」


「あら。それは残念」


「残念、じゃないですよぉぉぉ!!」


 私は頭を抱えた。


「どうしよう……月依の資料、学園中に……」


「まあ、落ち着いて」


 柚木さんは私の肩を軽く叩いた。


「まだ何が起きるか分からないでしょう?」


「でも……!」


「それに」


 柚木さんは画面を見ながら、少しだけ口元を緩めた。


「陽花が思っているほど、重大な情報ばかりというわけでもないから」


「……そうですか?」


「ええ。ただ、社内資料を誤送信したことについては――」


「……はい」


「あとで一緒に始末書を書きましょうか」


「やっぱり怒られるんじゃないですかぁ……!」


「怒ってないよ?」


 柚木さんは笑った。


「ただ、次から気をつければいいだけ」


「……はい」


 そのときだった。


 パソコンから、メールの着信音が鳴った。


 差出人を確認する。


「……アカリ?」


 私は恐る恐るメールを開いた。


『陽花へ』


『情報提供、ありがとうございます!』


「…………」


 続きには、こう書かれていた。


『月依先輩について、こんなに詳しい資料があるとは知りませんでした!』


『とても興味深い内容でしたので、今後の取材の参考にさせていただきます!』


「…………」


 私は静かにパソコンを閉じた。


「……柚木さん」


「なに?」


「私、会社辞めた方がいいですか?」


「どうしてそうなるの?」


「だって私、妹の個人情報を学園中に……!」


「陽花」


 柚木さんが、少しだけ真面目な顔になる。


「まずは深呼吸」


「はい……」


「それから、ちゃんと確認しましょう」


「……はい」


「今回のことで、陽花が悪意を持って情報を漏らしたわけじゃないでしょう?」


「それは……そうですけど」


「なら、必要以上に自分を責めなくていい」


 その言葉に、私は少しだけ肩の力を抜いた。


 でも。


 閉じたパソコンの向こうには、まだ月依の資料がある。


 会社が集めた、私の知らない妹の情報。


 学園での評価。


 周囲から見た月依。


 そして――。


 本人が周囲から期待されていること。


 本人が、本当に望んでいること。


「……月依」


 私は小さく呟いた。


「私、妹のこと……ちゃんと見てたのかな」


 そのとき。


 再びメールの通知音が鳴った。


 私は恐る恐る画面を開く。


『追伸:月依先輩本人にも、この資料のことを聞いてみてもいいですか?』


「…………」


 私は椅子から立ち上がった。


「アカリぃぃぃぃ!!」


「ふふっ」


 隣で柚木さんが笑っている。


「まあ、明日の登校日に月依ちゃんたちと話すきっかけができたじゃない」


「そんな前向きに考えられませんよぉぉぉ!!」


 月曜日の朝。


 私の一週間は、こうして最悪のスタートを切ってしまった。

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