第五話 新入生の妹は〇〇
翌朝。
支給された制服へ袖を通し、私は鏡の前で小さく息を吐いた。
昨日までスーツで会社へ行くものだと思っていたのに、今日は学生服を着ている。
「……社会人、だよね?」
胸元には『タカマガハラ学園』の校章。
何度見ても学生だった。
考えても答えは出ない。
私は寮を出て、学園へ向かう。
朝の街は思っていたより賑やかだ。
制服姿の生徒たちが笑いながら歩き、空には小さな飛行艇がゆっくりと行き交う。
異世界らしい景色なのに、不思議と落ち着く。
学園へ近づくにつれ、生徒の数も増えていった。
立派な校門。
広い並木道。
奥には、いくつもの校舎が見える。
「……大きい」
卒業した高校もそこそこ広かったけれど、ここは一つの街みたいだ。
これが会社の研修施設だなんて、今でも信じられない。
校門をくぐろうとした、その時だった。
「……お姉ちゃん?」
聞き慣れた声に、思わず足が止まる。
振り返ると、一人の少女がこちらを見つめていた。
艶のある黒髪。
凛とした立ち姿。
少し驚いたように目を見開いている。
「……月依?」
名前を呼んだ瞬間、その表情がぱっと花が咲いたように明るくなった。
「お姉ちゃん!」
月依が小走りで駆け寄ってくる。
「どうしてここにいるの?」
「それは私の台詞だよ!」
思わず笑ってしまう。
こんな場所で会うなんて、夢にも思っていなかった。
「お母さんから、遠い国へ留学したって聞いてたけど……」
「うん」
「まさか、その留学先がここだったなんて」
「言えなかったから」
月依は少しだけ申し訳なさそうに笑う。
そうだ。
昨日も那直兄さんが言っていた。
この世界のことは、日本ではほとんど知られていない。
だから母も、「遠い国」としか言えなかったんだろう。
「じゃあ、お姉ちゃんは?」
月依が首をかしげる。
「日本で就職したはずだよね?」
「したよ」
「……なのに学園?」
「私にも分からない」
二人で顔を見合わせる。
そして同時に吹き出した。
「なんか、お姉ちゃんらしい」
「どういう意味?」
「普通に就職したのに、異世界まで来ちゃうところ」
「私だって好きで来たわけじゃないよ」
「うん」
月依はくすっと笑った。
「でも」
その声が少しだけ柔らかくなる。
「また会えて、嬉しい」
私は少し照れくさくなった。
高校生になってからは、一人暮らしや就職活動で忙しく、月依とゆっくり話す時間もほとんどなかった。
卒業したら、今度は社会人。
もう昔みたいに一緒に過ごすことはないんだろう。
そんなふうに思っていた。
それなのに。
異世界で再会するなんて、人生は本当に分からない。
「私も」
自然と笑みがこぼれる。
「また会えてよかった」
その一言だけで十分だった。
月依は本当に嬉しそうに微笑む。
その笑顔を見ていると、少しだけ胸が温かくなる。
「そうだ」
月依が思い出したように手を叩いた。
「まずは職員室へ行こ」
「職員室?」
「教育部の新人さんは、最初にキクリ先生へ挨拶する決まりなの」
「先生……」
会社へ就職したはずなのに、先生へ挨拶。
やっぱり頭が追いつかない。
「大丈夫」
月依が一歩前へ出る。
「案内するね、お姉ちゃん」
その呼び方は、小さい頃と何も変わらなかった。
私は苦笑しながら、その隣へ並ぶ。
校舎へ向かう並木道を、二人でゆっくり歩き始める。
昨日までは、一人で社会人になるんだと思っていた。
でも今は違う。
この世界には、知っている人がいる。
それだけで、不思議なくらい心強かった。




