第四十二話 「まあ、ちょっと残念なイケメンやけどな」
気が付けば、お昼休みも半分近くが過ぎていた。
パンはとっくに食べ終わっている。
それなのに、四人のおしゃべりは終わる気配がなかった。
話題は授業のことからゲームのことへ。
ゲームの話から休日の過ごし方へ。
そして、いつの間にかまたヒルコちゃんが月依をからかい始める。
「月依先輩って、陽花はんのこと好きすぎへん?」
「好きだけど?」
月依は即答した。
「そこは否定せぇへんのや」
「なんで否定するの?」
「いや、普通もうちょい照れるやろ」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん」
当然、と言わんばかりの表情で答える月依。
ヒルコちゃんが肩をすくめる。
「ほんま仲ええ姉妹やなぁ」
その様子を眺めながら、私は紅茶を一口飲んだ。
平和だ。
話題は次から次へと変わっていく。
それでも誰一人として席を立とうとはしない。
こういう時間も、悪くない。
『まぁ、平和だと思った瞬間に陽花は負けてたってことだよ。』
……と、ナビキの声が脳内で再生された。
やめてください。
今日は平和に終わる予定なんです。
私は心の中でナビキの言葉を全力で否定する。
……そんなことを考えていた、その時だった。
「おや?」
聞き慣れない男性の声が聞こえた。
――はい、平和な時間終了。
「そこにいるのは月依ちゃんじゃないか」
四人そろって声のした方を見る。
一人の青年がこちらへ歩いてきていた。
長い緑色の髪を後ろで束ねた、すらりと背の高い人。
制服の着こなしもどこか様になっていて、歩いているだけで目立つ。
……なんというか。
ものすごく、自分に自信がありそう。
青年は私たちのテーブルまで来ると、自然な動作で私の隣に立った。
「失礼」
そう言って、ぽん、と私の肩へ手を置く。
「え?」
あまりに自然だったので、一瞬反応が遅れた。
青年は前髪をさらりとかき上げると、にこりと笑う。
「君が噂の陽花ちゃんかな?」
「は、はい?」
「月依ちゃんのお姉さんと聞いていたけれど」
私を上から下まで眺めて、
「思っていたより落ち着いた雰囲気だ」
「え、えっと……」
なんて返せばいいんだろう。
悪い人には見えない。
でも。
この距離感は近すぎる。
私はこういう人、ちょっと苦手かもしれない。
「お兄様」
穏やかな声が聞こえた。
サクヤちゃんが静かに立ち上がる。
表情は笑っている。
……笑ってはいるんだけど。
なんだろう。
さっきまでとは空気が全然違う。
「少々、こちらへ」
「ん?」
「お話があります」
「いやいや、まだ挨拶を──」
ぎゅっ。
「あ、痛っ」
サクヤちゃんは青年の耳をつまむと、そのまま立ち上がった。
「お兄様」
「さ、サクヤ?」
「こちらへ」
「痛い痛い痛い! 耳はやめなさい!」
ずるずるずる……。
抵抗する青年を引きずりながら、サクヤちゃんは店の外へ歩いていく。
店内のお客さんが、一斉にその光景を見送った。
「…………」
私はただ瞬きを繰り返す。
「ヒルコちゃん」
「なんや?」
「今の人って……」
「ああ」
ヒルコちゃんは苦笑いを浮かべた。
「サクヤはんのお兄ちゃんや」
「やっぱり」
「まあ、ちょっと残念なイケメンやけどな」
月依も苦笑しながら頷く。
「私はもう慣れたよ、あの人のこと」
月依が呆れたようにため息をつく。
「昔からあんな感じなんだから」
「そうやね」
ヒルコちゃんも苦笑する。
見た目はすごく格好いいのに。
どうしてああなっちゃうんだろう。
私はカフェの入口へ視線を向ける。
外ではまだ、
「痛い! サクヤ、本当に痛い!」
という声が微かに聞こえていた。
……サクヤちゃん。
怒ると結構怖いんだな。
「全然似てないんだね、サクヤちゃんとお兄さん」
私がぽつりと呟くと、
「何いうてん」
ヒルコちゃんが笑った。
「陽花はんと月依先輩かて、全然似てへんやん」
「あ……」
言われてみれば、その通りだった。
私と月依も姉妹なのに、性格は正反対。
よく似てるなんて言われたことは、一度もない。
なんだか少しだけ親近感が湧いてしまう。
サクヤちゃんが戻ってきたのは、それから三十分ほど経ってからだった。
そして結局、そのあとも私たちは次にどこへ行くか決めることなく、おしゃべりばかり続けていた。
ヒルコちゃんが月依をからかって。
月依がむっとして。
サクヤちゃんが穏やかになだめる。
その繰り返し。
でも不思議と誰も飽きない。
見ている私まで笑顔になってしまう。
……いいな。
私はまだ、この輪の中へ入ったばかり。
それでも三人は、ごく自然に私を受け入れてくれた。
そんな三人の関係が、少しだけ羨ましかった。




