↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一章完結】異世界就職したら、神様の学園に出向することになりました ~普通に働きたい新人社員、『歩く人間凶器』のちょっと騒がしい異世界生活~  作者: 牛
第一章 二週目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/60

第四十一話 「せっかくやし、神楽耶行こか」

 午前中の授業が終わると、教室にチャイムが響いた。


 先生が「では、お昼休みです」と言い残して教室を出ていく。


 その途端、張りつめていた空気がふっと緩んだ。


 席を立つ人。


 友達のところへ駆け寄る人。


 お弁当を広げる人。


 教室はあっという間に賑やかになる。


 ……こういう光景って、どこの学校でも同じなんだなぁ。


 異世界だから何もかも違うと思っていたけれど、こういう何気ない日常は日本とあまり変わらない。


「お姉ちゃん」


 月依が私の机まで歩いてきた。


「お昼どうする?」


「食堂?」


 そう聞くと、月依は首を横に振る。


「今日は違うところ」


「せっかくやし、神楽耶行こか」


 後ろからヒルコちゃんが笑いながら割り込んできた。


「神楽耶?」


 聞いたことのない名前に首を傾げる。


「陽花さんは、まだ行かれたことがありませんでしたね」


 サクヤちゃんがいつもの穏やかな笑顔を向ける。


「学園でも人気のカフェなんです」


「カフェ?」


 学園の中にカフェなんてあるんだ。


 社員食堂みたいなものを想像していた私は、少しだけ興味が湧いた。


「よし、決まり!」


 月依が嬉しそうに笑う。


「案内するね」


 ◇


 教室を出て数分。


 中庭を抜けた先に、一軒のおしゃれな建物が見えてきた。


 木目調の外壁に、大きなガラス窓。


 入口の横には季節の花が飾られていて、まるで街中のカフェみたいだ。


 看板には大きく、



『カフェ神楽耶』



 と書かれていた。


「かわいいお店だね」


「中入ったらもっと驚くで」


 ヒルコちゃんが意味ありげに笑う。


「え?」


 そんなに驚くことがあるんだろうか。


 首を傾げながら扉を開ける。


「お帰りなさいませ」


 明るい声が響いた。


 そして。


「…………」


 私はその場で固まった。


 店員さんが全員、うさ耳だった。


 メイド服の女性店員さん。


 モーニングコート姿の男性店員さん。


 みんな頭に立派なうさ耳を付けている。


「……うさ耳」


 思わず呟いてしまう。


「やっぱりそこ気になるよね」


 月依が苦笑した。


「最初は私もびっくりしたもん」


「神楽耶姫は月のお姫様やろ?」


 ヒルコちゃんが説明してくれる。


「月いうたら兎や」


「ああ……」


 なるほど。


 そういう理由なのか。


 納得したような、してないような。


 ……まあいいか。


 ここは異世界だし。


 今さら「うさ耳くらい」で驚いていたら、この先やっていけない気がする。


 ◇


 窓際の四人席へ案内され、それぞれメニューを開く。


 思っていたより種類が多い。


 パンにサンドイッチ、パスタ、オムライス。


 デザートまで並んでいる。


「迷うなぁ……」


「陽花はん、初めてやろ?」


 ヒルコちゃんがメニューを覗き込む。


「限定ランチがおすすめやで」


「限定?」


「毎日変わるんや」


「へぇ」


 それは気になる。


 でも、今日は焼きたてパンのランチセットにも惹かれる。


 うーん……。


「決めた?」


 月依が笑う。


「うん。私はパンのランチセットにする」


「無難やなぁ」


「初めてだからね」


「ウチは限定!」


「私はいつもの紅茶セットです」


 サクヤちゃんは迷う様子もなく注文を決めていた。


「サクヤちゃん、毎回同じなの?」


「ええ。お気に入りですので」


「ぶれへんなぁ」


 ヒルコちゃんが笑う。


 ◇


 料理が運ばれてくると、テーブルの上は一気に華やかになった。


「いただきます」


 四人で手を合わせる。


 焼きたてのパンを一口食べると、外は香ばしく、中はふわふわ。


「美味しい……」


 思わず声が漏れた。


「でしょ?」


 月依が嬉しそうに笑う。


「会社の食堂も好きだけど、こっちもいいなぁ」


「陽花さんのお口に合ったようで安心しました」


 サクヤちゃんが上品に紅茶へ口をつける。


 そんな穏やかな空気とは対照的に。


「月依先輩、それ一口ちょうだい」


「やだ」


「えぇ~」


「さっき私のポテト食べたでしょ」


「一本だけやん」


「一本でもダメ」


「ケチやなぁ」


「ケチじゃないもん!」


 二人は今日もいつも通りだった。


 ヒルコちゃんがちょっかいを出して。


 月依がぷくっと頬を膨らませて。


「お二人とも、そのくらいになさいませ」


 サクヤちゃんが苦笑しながら止めに入る。


「サクヤはんは月依の味方や」


「私は公平に申し上げております」


「ほら!」


「月依先輩が嬉しそうや」


「嬉しくないもん!」


「顔が笑っとる」


「笑ってない!」


 ぽんぽんと続くやり取りに、私は思わず吹き出した。


「ふふっ」


 三人が同時にこちらを見る。


「あ、ごめん」


「いや」


 ヒルコちゃんが笑う。


「陽花はんも笑うんやな」


「笑うよ」


「もっとおとなしい人や思っとった」


「そんなことないよ」


 会社では緊張していることが多いけれど。


 こうしてみんなと話していると、自然と笑ってしまう。


 ……でも。


 少し前までは、こんなふうに笑えるとは思っていなかった。


 朝、校門で聞いた言葉。


『歩く人間凶器が来た!』


『逃げろー!』


 もちろん冗談だと分かっている人もいる。


 アカリが面白半分で書いた記事だということも分かっている。


 でも。


 自分の知らないところで、自分がそんな名前で呼ばれているという事実は、少しだけ複雑だった。


「お姉ちゃん?」


 月依の声で我に返る。


「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」


「……また気にしてる?」


 月依はすぐに気付いた。


「大丈夫だよ」


 私は笑う。


「だって……」


 目の前を見る。


 ヒルコちゃん。


 サクヤちゃん。


 月依。


 みんな、いつも通り接してくれている。


「こうして普通に話してくれる人もいるから」


 そのことが、今の私には何より嬉しかった。


 異世界に来て。


 会社に入って。


 学園へ通うことになって。


 最初はどうなることかと思っていたけれど。


 いつの間にか、私は一人じゃなくなっていた。


 そんなことを考えながら、私はもう一度紅茶へ口をつける。


 少し冷めた紅茶は、それでも不思議なくらい温かく感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。