第四十話 「その経験、できれば無かったことにしたいんだけど」
ホームルームが終わると、先生が教卓の前へ立った。
「それでは今日の授業を始めます」
教室が静かになる。
「今日はグループワークです。四人一組で話し合いを行ってください」
そう言って先生は黒板に課題を書いた。
『カムイを安全に扱うために大切なこと』
……なんだろう。
このお題、ちょっと嫌な予感がする。
「グループはいつも通りで構いません」
先生の一言で、みんなが席を動かし始めた。
月依が私を手招きする。
「お姉ちゃん、こっち!」
「うん」
月依の席へ向かうと、ヒルコちゃんがにやりと笑った。
「陽花はん、今日は経験者がおるから安心やな」
「その経験、できれば無かったことにしたいんだけど」
「昨日の新聞見たら説得力ないで」
「うぅ……」
まだ引きずるんだ。
「陽花さん」
サクヤさんが穏やかに頭を下げる。
「本日もよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくね」
こうして四人で机を寄せ合う。
何度か一緒に授業を受けてきたけれど、改めて向かい合うと少し不思議な感じがした。
「じゃあ始めようか」
月依がプリントを開く。
「『カムイを安全に扱うために大切なこと』かぁ」
「まずは基本やな」
ヒルコちゃんが鉛筆をくるりと回す。
「慌てへんこと」
「確かに」
私も頷いた。
「焦ると上手くいかないもんね」
「うんうん」
月依もメモを書き込む。
「次は?」
サクヤちゃんが静かに口を開いた。
「正しい知識を身につけること、でしょうか」
「なるほど」
「感覚だけに頼るのではなく、理論を理解することも大切だと教わりました」
「さすがサクヤちゃん」
月依が尊敬するように笑う。
サクヤちゃんは少し照れたように微笑んだ。
「ありがとうございます」
「ほな最後は陽花はん」
「えっ、私?」
三人の視線が集まる。
「経験者の意見や」
「その言い方やめてぇ……」
少し考えてから答える。
「えっと……」
「無理をしないこと、かな」
三人がこちらを見る。
「『これくらい大丈夫』って思った時ほど、危ない気がする」
昨日の安全講習で何度も聞いた言葉が頭をよぎる。
柚木さんも言っていた。
焦らないこと。
無理をしないこと。
「それ、大事」
月依が大きく頷いた。
「うん」
サクヤちゃんも賛同する。
「自分の限界を理解することも、安全には欠かせません」
「陽花はんが言うと重みあるな」
ヒルコちゃんがしみじみと呟く。
「なんで!?」
「実体験やし」
「否定できない……」
四人で顔を見合わせる。
そして。
「あははは!」
自然と笑い声が重なった。
さっきまで少しぎこちなかった空気が、嘘みたいに和らいでいく。
「この調子なら、すぐ終わりそうだね」
月依が嬉しそうに言う。
「そうですね」
「楽勝や」
「今のところはね」
私も笑いながらプリントへ視線を落とした。
会社では新人社員。
学園では研修生。
立場は少し特別だけれど、こうしてみんなと机を囲んで話している時間は、なんだか普通の学生みたいで。
――悪くないな。
そんなことを思いながら、私はもう一つの答えをプリントへ書き込んだ。




