第三十八話 「その人、『歩く人間凶器』ですよ!」
「歩く人間凶器が来た!」
誰かが叫んだ。
「逃げろーっ!!」
その一言を合図にしたように、校門前にいた生徒たちが一斉に左右へ散っていく。
ざわざわざわっ――。
目の前の人混みが、まるで道を譲るように割れた。
「……え?」
私は思わず立ち止まった。
後ろを振り返る。
誰か偉い人でも来たのかな。
でも。
誰もいない。
「……?」
前を向く。
すると、生徒たちと目が合った。
「こっち見た!」
「目を合わせるな!」
「刺激するなって!」
ささっ。
また距離を取られる。
「…………」
あれ?
なんだろう。
すごく避けられている気がする。
……いや。
気のせいかな。
一昨日、安全講習なんて受けたから、ちょっと考えすぎているだけかもしれない。
私は気を取り直して歩き出す。
すると。
「きゃっ!」
前から歩いてきた女子生徒が、小さく悲鳴を上げて飛び退いた。
「ご、ごめんなさい!」
反射的に謝る。
でも彼女は慌てて首を横に振った。
「い、いえ! こちらこそ!」
そのまま友達の腕を掴み、小走りで去っていく。
「…………」
私は何もしてないよね?
制服もちゃんと着てる。
寝癖も……たぶんない。
顔に何か付いてるのかな。
スマホを取り出して画面を見る。
「うん、普通」
少なくとも、自分ではそう思う。
じゃあ、なんで?
首を傾げながら歩いていると、
「お姉ちゃーん!」
聞き慣れた声が聞こえた。
「あ、月依!」
人混みの向こうから、妹が笑顔で手を振っている。
ほっとした。
いつも通りの月依だ。
ところが。
「月依さん!」
近くにいた男子生徒が慌てて叫んだ。
「近付いちゃ危ない!」
「え?」
「その人、『歩く人間凶器』ですよ!」
「……へ?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
月依はきょとんとしたまま私と周囲を見比べた。
「歩く……人間凶器?」
「昨日の号外、読んでないんですか?」
「え? 号外?」
月依が首を傾げる。
読んでないんだ。
よかった。
……いや、よくない。
そもそも号外って何だろう?
「みんな、落ち着いてよ」
月依は私の隣まで歩いてくる。
周囲からは、
「危ない!」
「離れてください!」
「巻き込まれますよ!」
と悲鳴のような声が飛ぶ。
巻き込まれるって何に!?
「お姉ちゃんは危なくないよ?」
月依が笑顔でそう言うと、
「でも新聞に……」
「教育部でも……」
「暴発が……」
あちこちから小さな声が聞こえてくる。
教育部?
暴発?
私のこと?
頭の中が疑問符でいっぱいになった、その時だった。
「見つけましたぁぁぁぁぁっ!」
校舎の方から、ものすごい勢いで誰かが走ってくる。
片手には、何枚もの新聞。
肩からカメラ。
そして見覚えのある赤いポニーテール。
「あっ」
嫌な予感がした。
「霧島先輩ーっ!」
アカリが満面の笑みで駆け寄ってくる。
片手には学園新聞。
「本日の号外です!」
そう言って新聞を差し出した。
そこには大きく。
『歩く人間凶器、学園に現る!!』
という見出しが踊っていた。
「…………」
え。
これ。
私?
隣で新聞を覗き込んだ月依が固まる。
「……アカリ」
にこり。
笑っている。
でも、目が笑っていない。
「はい?」
「これ、お姉ちゃんのこと?」
「もちろんです!」
アカリは胸を張る。
「昨日、教育部関係者から新しい極秘資料を――」
そこまで言ったところで。
「ア・カ・リ?」
月依の笑顔がさらに深くなった。
「人の姉を『歩く人間凶器』扱いするなんて、どういうことかな?」
「えっ?」
アカリの笑顔が固まる。
周囲の生徒たちも、
「月依さんが怒ってる……」
「やばい」
「逃げよう」
と小声でざわつき始める。
「ま、待ってください! 新聞として事実を――」
「事実でも書いていいことと悪いことがあるよね?」
「ひっ」
アカリが一歩下がる。
月依は一歩前へ。
「お姉ちゃん、行こ?」
さっきまでとは打って変わって、優しい笑顔で私の手を取る。
「え? う、うん」
私は何が起きているのか分からないまま頷くしかなかった。
その後ろで。
「アカリ」
「は、はい!」
「あとでお話ししようね?」
「ご、ごめんなさぁぁぁぁい!」




