第三十話 〇〇の想い出
昔の話。
まだ私がお姉ちゃんと一緒に暮らしていた頃。
私は人と話すのが苦手だった。
知らない人に声をかけるのが苦手。
みんなの前で何かをするのが苦手。
失敗すると、ずっと気にしてしまう。
そんな子だった。
◇◇◇
反対に。
お姉ちゃんはいつも明るかった。
……と言っても。
何でも完璧にできる人ではなかった。
「月依」
「なに?」
「大変なことに気付いた」
「どうしたの?」
「明日の提出物、まだやってない」
「……」
「しかも」
「うん」
「どこに置いたか分からない」
「……」
「探してくれる?」
「お姉ちゃん」
「はい」
「まず自分で探そう」
「はい……」
今思えば。
お姉ちゃんは結構危なっかしかった。
でも。
そんなところも含めて。
私は好きだった。
◇◇◇
ある日の帰り道。
私は少し落ち込んでいた。
学校で小さな失敗をした。
誰かに責められたわけでもない。
大きな問題になったわけでもない。
でも。
私にとっては、それだけで十分落ち込む理由だった。
帰り道。
お姉ちゃんは、何も聞かなかった。
ただ。
少し歩いたところで。
「月依」
「うん?」
「アイス食べよう」
「……」
「なんで?」
お姉ちゃんは首を傾げる。
「え?」
「いや、なんで急にアイス?」
「だって」
お姉ちゃんは真面目な顔で言った。
「落ち込んでる時に食べる甘いものって、大事じゃない?」
「……」
「理由がふわふわしてる」
「でも効果はあるよ」
「お姉ちゃん、今まで試したことあるの?」
「毎回」
「自分用じゃない」
「……」
「否定しないんだ」
思わず笑ってしまった。
たぶん。
お姉ちゃんは、それを狙っていたわけじゃない。
ただ。
私が笑ったことに安心していた。
◇◇◇
「月依」
「なに?」
アイスを食べながら。
お姉ちゃんが言った。
「失敗って、そんなに悪いことじゃないと思うよ」
「……」
「私なんて失敗ばっかりだし」
「それは知ってる」
「妹が冷静すぎる」
「事実だから」
「ひどい」
いつもの会話。
いつものお姉ちゃん。
でも。
その時。
私は思った。
この人は。
私が失敗しても。
嫌いになったりしないんだ。
◇◇◇
お姉ちゃんにとっては。
きっと何でもない一日だった。
アイスを食べたことも。
私が落ち込んでいたことも。
いつか忘れてしまうくらいの、小さな出来事。
でも。
私にとっては違った。
あの日。
私は思った。
この人がお姉ちゃんでよかったって。
◇◇◇
――現在。
「月依?」
「……」
気付くと。
目の前には、お姉ちゃんがいた。
「どうしたの?」
「ううん」
私は首を振る。
「なんでもないよ」
お姉ちゃんは不思議そうな顔をする。
きっと。
覚えていない。
あの日のことも。
私がどれだけ救われたのかも。
でも。
それでいいと思う。
だって。
お姉ちゃんはいつもそうだった。
自分では特別なことをしたつもりなんてなくて。
でも。
何気ない言葉や行動が。
誰かの心に残っている。
たぶん。
お姉ちゃんは、これからも気付かない。
自分が誰かにどれだけ大切なものを渡しているのか。
◇◇◇
でも。
私は知っている。
あの日のアイスも。
あの日の言葉も。
全部。
私の大切な思い出だから。




