第三話 新入社員の新人研修だけど〇〇
「まずは研修室へ案内するね」
那直兄さんに案内され、私は研修室へ入った。
部屋には十人ほどの新入社員が集まっている。
年齢は私と同じくらいだろうか。
緊張した表情を浮かべている人が多く、それを見て少しだけ安心した。
どうやら、この世界に来て戸惑っているのは私だけじゃないらしい。
やがて一人の女性が教壇へ立ち、一礼する。
「本日、午後の新人研修を担当します。宮内柚木です。よろしくお願いいたします」
黒髪を後ろでまとめた、落ち着いた雰囲気のお姉さんだった。
静かな口調なのに、不思議とよく通る声をしている。
「まずはこちらをお配りします」
一人一枚、銀色の薄い板が配られた。
大きさはスマートフォンほど。
でも、厚みはずっと薄い。
「こちらはデバイスです」
手に取ると、ひんやりとした感触が伝わってきた。
「社員証、身分証、通信端末、決済機能など、業務に必要な機能を一つにまとめた端末になります」
便利すぎない?
そんなことを思っていると、柚木さんが付け加える。
「紛失した場合は再発行手続きと始末書になります」
始末書。
その単語だけは異世界でも共通らしい。
教室に小さな苦笑が広がった。
「それでは起動してください」
全員がデバイスへ触れる。
画面が淡く光り、『ようこそ、高千穂株式会社へ』という文字が表示された。
「まずは、この世界で働くうえで必要なことを説明します」
教室の空気が少しだけ引き締まる。
「皆さんは日本から採用された社員ですが、ここは日本ではありません」
それはもう嫌というほど実感している。
「この世界には日本とは異なる法律や生活ルールがあります」
画面には『異世界生活基礎』という文字が表示された。
「とはいえ、日本と交流を続けてきた歴史が長いため、文化や価値観には共通点も少なくありません」
なるほど。
だから日本語が通じるんだ。
食事も、日本で見たことがある料理が多かった気がする。
「次に、皆さんが今後扱うことになる特殊能力について説明します」
教室がざわついた。
特殊能力。
その言葉だけで現実味がなくなる。
「この世界では、それぞれが固有の力を持っています」
画面が切り替わる。
『カムイ』
初めて見る単語だった。
「この力を総称して『カムイ』と呼びます」
私は思わず顔を上げた。
さっき那直兄さんが見せてくれた光。
あれも、この『カムイ』なんだろうか。
「カムイは便利な反面、誤った使い方をすると事故につながります」
柚木さんは落ち着いた口調のまま説明を続ける。
「そのため、資格取得前の使用は禁止されています」
一人の男性が手を挙げた。
「資格って、運転免許みたいなものですか?」
「はい。その認識で問題ありません」
なるほど。
免許がないのに車を運転しちゃいけないのと同じなんだ。
「なお、デバイスにはカムイの補助・制御機能も搭載されています」
だから一人一台配られたのか。
社員証というより、仕事道具なんだ。
「最後に一つ」
柚木さんは画面を切り替えた。
『困ったことがあれば、一人で抱え込まないこと。』
「この世界に来たばかりの皆さんは、不安なことも多いと思います」
その言葉に、何人かが小さく頷いた。
「遠慮なく、先輩社員や担当者へ相談してください」
少しだけ肩の力が抜ける。
異世界でも、一人放り出されるわけじゃないらしい。
「以上で共通研修を終了します」
教室に安堵の空気が流れた。
「これより部署別研修へ移ります」
社員証を下げた担当者たちが、次々と部屋へ入ってくる。
「研究部の皆さんはこちらへ」
「営業部の皆さんはこちらです」
一人、また一人と席を立っていく。
気づけば教室には数人しか残っていなかった。
「霧島陽花さん」
「はい」
立ち上がる。
……誰も一緒に立たない。
「あの」
「はい」
「私だけですか?」
「はい。今年度、教育部配属は霧島さんお一人です」
一人。
なんだろう。
その言葉だけで少し不安になる。
柚木さんは私の前へ一枚の資料を置いた。
「それでは教育部の研修について説明します」
表紙へ目を落とす。
『タカマガハラ学園 新入生オリエンテーション』
…………。
私は一度資料を閉じた。
もう一度開く。
やっぱり書いてある。
会社。
教育部。
学園。
頭の中で何度並べ替えても、つながらなかった。




